第1420話 貴族の務め
スピカ型のレッドラムはニコの心を読み取って、合衆国機密兵器開発所の守りが万全であることを把握した。
「分かったでしょ? アタシらはここでアンタをぶちのめすのに集中できるってわけ」
「うん、よく分かったよ。それで……キミは本当に、ワタシを倒すための『秘策』ってやつを使うのかい? 使えるのかな?」
「…………。」
スピカ型の言葉を受けたニコは、黙り込んでしまった。
何が何でもスピカ型を倒すと意気込んでいた彼女からは想像もつかない、消極的な姿勢。
そんなニコを見て、ロドリゴもカインも、彼女が何か尋常ではない方法を取ろうとしていることは理解できた。
ニコは、まだ少しだけ迷っていた。
覚悟は決めていると思っていたが、いざこの作戦を実行しようとすると、口も身体も思うように動かなくなる。
だからニコは、最後の決意を固めるため、少しだけ自分のことを振り返ることにした。
ニコが生まれたブライアント家は、代々にわたって軍の武官幹部を輩出してきた名門一族であった。
女の子の第一子として産まれたニコは、軍務には就かせず、後に誕生するであろう弟たちに家督を任せ、彼女自身は普通の女性として生きていくことになるだろう、と彼女の両親や親戚たちは思った。
しかしその予想に反して、ニコの他に子供は産まれず、彼女がブライアント家次期当主として育てられることになった。
それでも、大事な我が子、しかも女の子を最前線に送るなどできない。そう考えたニコの父は、彼女を通信兵や衛生兵などの、後方支援を担当する兵科に就かせようとした。
だが、ニコ・ブライアントは負けん気の強い女性だった。
「女だからって前線には出せないとかナメてるの?」
親にそう反発して、ニコは歩兵隊所属となった。
負けん気が強いのと同時に、「自分は恵まれた家庭で育った、軍人のエリートだ」という自負がニコの中にはあった。それは驕りや傲慢の類ではなく、輝かしい誇りとして。
恵まれた家庭で育ち、恵まれた教育を受けて、当たり前のように軍人となった以上、軍人として敗北は許されない。
そういった気持ち、そういった目標を、ニコは持っていた。
彼女が敵に敗北して、その日のうちに反省会を開くのは、この目標を守れなかった自分が何よりも許せないからだ。
敗北は許さない。
ましてや、同じ敵に二度も負けるなど。
軍人のエリートとして育ったならば。
あらゆる戦闘に完全勝利して、祖国と国民を守り抜く。
それが、彼女が自身に課した貴族の務め。
ニコの中で、決意が固まった。
「見せてやる……見せてやろうじゃん……。これが、アンタを仕留めるために用意した、アタシの覚悟だよ!」
そう言ってニコがバックパックから取り出したのは、蒼い水晶玉のような球体だった。
取り出すや否や、ニコはすぐにそれを地面に叩きつけてしまった。
ガシャン、と蒼い水晶玉が割れて崩れる。
割れた蒼い水晶玉から、同じく蒼い色をした瘴気のようなものがまき散らされた。足元に水晶玉を叩きつけたニコは、あっという間にその蒼いガスのような気体に包まれる。
「ロドリゴ! カイン! 援護お願い! しばらくスピカ型を引き付け……て……うぐ、ああああ……!?」
何やらニコの様子が変だ。
蒼い気体の中でうずくまり、苦しみ始めた。
「ニコちん!? いったい何してるんだよ!?」
「これは……ブライアント少尉を助けた方がいいんすかね……!?」
「アタシに構わないで! アンタたちはスピカ型を……くぁぁぁっ……!」
一方、スピカ型はというと、ニコに向かって”念動力”を行使する構えを取っていた。
「やると分かっているパワーアップを、わざわざ待ってあげる必要もないよねー!」
そう言ってスピカ型は、念力の螺旋をニコめがけて発射。
空間のねじれに巻き込むように、ニコを捻り殺すつもりだ。
しかし、そのニコの目の前に、ロドリゴが地面を殴って岩壁を生成。スピカ型が射出した螺旋の念力の身代わりになる形で食い止めた。
さらに、その隙にカインが横から接近し、スピカ型に斬りかかる。
だがスピカ型は、接近してきたカインに左手を突き出し、ひとひねり。
念力によって空間がねじられ、カインの首もそれに巻き込まれてへし折られた。
……かと思いきや、突如としてカインの姿が霧散。
どうやら今のは霧で作り出した幻影だったようだ。
今度はたくさんのカインが、一斉にスピカ型に飛び掛かった。
もちろん、そのほとんどは霧の幻影だが、どれか一人は本物かもしれない。
「ワタシには”読心能力”がある。霧の幻影には心が無いから、無い心を読むことはできない。それで偽物と本物を見分けることはできるけど、やっぱりどうしても注意は逸らされちゃうよねー」
スピカ型は一目で、飛び掛かってきた全てのカインが偽物であることを見抜いてしまった。
しかしその間に、ロドリゴが能力で岩盤を隆起させ、岩のフェンスを作ってニコとスピカ型を隔離していた。
「ニコちんが何をしようとしているのかは分からないけどよー、あれだけ真剣な表情してたんだ。だったらオレっちたちも応援してやらなきゃなー!」
「ただ時間を稼ぐだけでもホントに命がけっすけどね……! 少し油断したら、すぐに”念動力”に捕まっちまうから……」
ロドリゴが拳を振り上げて、砂塵を舞い上がらせる。
砂の煙幕を張ってスピカ型の視界を封じ、”読心能力”も無効化してしまおうという作戦だ。
そこへカインが再び霧の分身を作り出し、スピカ型を攪乱。
スピカ型も、これは油断できないと考えたか、彼女の表情から微笑みが消えた。
スピカ型の周囲で、エネルギーが渦を巻く。
そして竜巻のような念動力”のエネルギー波が発生し、ロドリゴの砂塵も、カインの分身も、まとめて吹き飛ばしてしまった。
吹き飛ばされた砂塵が、逆にロドリゴの視界を覆ってしまう。
「ちっ! ホントにまったく隙がねぇ……」
……と、ロドリゴの視界が戻ったら、目の前にスピカ型がいた。
”瞬間移動”の超能力で、一気に距離を詰めてきたのだ。
「やっべ……」
スピカ型はすでに右回し蹴りのモーションに入っている。
そして容赦なくロドリゴのボディに回し蹴りを叩き込み、彼を勢いよく蹴飛ばした。
「ほいっ」
「ぐぅぅっつ!?」
蹴り飛ばされたロドリゴは、ニコを囲っている岩壁に叩きつけられた。
コンクリートほどの堅さではないとはいえ、岩壁にヒビが入るほどに激突の衝撃は大きかった。
「マルティン少尉! 大丈夫っすか!?」
「ああ、なんとか……!」
カインの言葉に返事をして、どうにか身を起こすロドリゴ。
一方、スピカ型はすでにロドリゴの目の前まで接近している。
「ニコちんの邪魔はさせねーぜ……! お前はここでオレっちと戦闘! お前はオレっちを無視できない運命!」
挑発するように、スピカ型に声をかけるロドリゴ。
……しかしスピカ型は、どこか憐れむような視線をロドリゴに向けていた。
彼の強がりを馬鹿にするような眼差しではなく、まるで、何の事情も把握していない無知な子供に向けるような、憐憫の眼。
「キミたちは本当に、彼女が何をしようとしているのか分かってないんだね。心を読んだワタシには分かる。彼女、人間をやめようとしているんだよ?」
「……は?」
スピカ型の言葉を聞いたロドリゴは、固まってしまった。