第131話 予知夢は北を指し示した
4月も半ばに差し掛かるころ。
火曜日の午後、マモノ対策室十字市支部にて。
「違う! この人じゃない!」
「そうか……。じゃあこの人は?」
「うーん……ちょっと違う……次!」
リビングにて、狭山と北園がタブレット端末を覗き込みながら、何やら話をしていた。
……と、そこへロードワークに出ていた日影が戻ってきた。
二人を見つけ、背後から声をかける。
「ふー、戻ったぜ。……んあ? 北園じゃねぇか。精神修行でもしに来たか?」
「あ、日影くん。えっとね、私、今日の昼に予知夢を見たの」
「へぇ、予知夢をねぇ。……ん? 昼? 朝じゃねぇのか?」
「えへへー、昼寝してました。授業中に」
「おいおい……。んで、どんな夢だったんだ?」
「ええと、『雪の積もる街の中、私たち五人が、白人の女性と男性の二人組と会い、一緒に仕事をしに行く』って感じの夢だったの」
「雪の積もる森の中で、白人の男女か……。やっぱり、その男女が何者なのかは、北園には分からないんだな?」
「うん。だから今、狭山さんに調べてもらってるの。もしかしたらマモノ対策室の関係者かもしれないから、世界中のマモノ関係者のデータを見てもらってるんだよ。ちなみにこれがその男女の似顔絵なんだけど、日影くんは何か知ってたりする?」
そう言って北園が似顔絵を日影に見せると……。
「ぶっふぅ!?」
と噴き出して、即座に北園の似顔絵から顔をそむけた。
相も変わらず、北園の人物画は破壊力がある。
ギャラクティカファントムくらいの破壊力がある。破壊力ぅぅ!!
「……やっぱり、私の絵、ヘタ?」
「い、いや、そんなことないと思うぞ? 味があっていい絵だと思うねオレは。うん」
「目がめちゃくちゃ笑ってるけど……」
「『目は口ほどに物を言う』って言うからねぇ。それでも必死に評価点を見つけて誉めてあげるなんて、日影くんは優しいなぁ」
「テメ、狭山! 余計なこと言うんじゃねぇ!」
「それはそれとして北園さん、君が夢に見たのはこの人たちでは?」
そう言って狭山が北園にタブレットを渡した。
北園は、表示されている人物の写真を見ると、
「あ! この人です! この人たちですよ!」
と、興奮気味に声を上げた。
タブレットに表示されているのは、北園の言っていた通り、一組の男女。
女性は金髪のふわりとしたロングヘアーで、金色の眼をしているようだ。身長はデータによると132センチだそうで、北園はおろか、シャオランよりもさらに小柄だ。顔にも幼さが残るが、自信に満ち溢れた笑みが特徴的な少女である。
一方の男性は、背中までかかるほどの銀の長髪。瞳は女性と同じく金色。身長は185センチだそうで、本堂や狭山よりさらに高い。
そして写真上のその男は、文字通りの無表情。凍てついた氷のような視線が、写真越しにこちらを射抜いているかのようである。
「女性の名前はオリガ・ルキーニシュナ・カルロヴァ。年齢は25。
男性の名前はズィークフリド・グスタフヴィチ・グラズエフ。年齢は23。
ロシアのマモノ対策室に所属するエージェントたちだ」
「え、このオリガさんって人、25歳なんですか!? 小学生かと思った……」
「はは、確かに若くて可愛らしい外見だよね。けれど侮るなかれ。この二人はロシア……いや世界規模で見てもトップクラスのエージェントだ」
「トップクラスのエージェントねぇ。……なぁ狭山。今、マモノ対策室のエージェントって何の仕事してるんだ?」
マモノ対策室は、主に三つの部署に分かれている。
実働部隊の『マモノ討伐チーム』。
事務処理、オペレート、民間の質疑応答などに対応する『マモノ対策室本部』。
そして、『マモノ対策室エージェント』。
以前までは、エージェントの主な仕事は「人知れずマモノの捜索を行うこと」、「可能であれば、その討伐」、そして「現地でのマモノに関する証拠隠滅」などであった。しかしマモノの存在が世間に公表された今、これらの仕事はもはや意味を成さない。日影の言う通り、現在のエージェントたちはどのような仕事をしているのか。
「確かにマモノの存在が公になって、エージェントの仕事は激減したね。エージェントから討伐チームに転属させられた者も多い。……で、現在のエージェントたちの中心となる仕事、ズバリそれは『対人関係』だ」
「『対人関係』……?」
「つまり、マモノを利用しようとする犯罪者たちの取り締まりだよ」
「……ああ、なるほどなぁ」
狭山曰く。
世の中には『マモノを犯罪に利用しようとする』人間たちが後を絶たないらしい。
素材や密売を目的に、マモノを密猟する者たち。
今までにない珍しい生き物なので、手元に置きたいと考える者たち。
果てには生物兵器としてテロに利用できないかと考えている者たちまでいる。
どこでマモノの存在を嗅ぎ付けたか、こういった者たちはマモノの存在が公表される前から存在していた。しかし、公表してからはさらに数が増えてしまった。そういった者たちを取り締まるのが、エージェントたちの務めである。
「マモノは危険な存在だ。素人が手を出すべきではない。下手に扱った結果、周囲に甚大な被害を及ぼす可能性だってある。素材に関してはアレだ。マモノって、死んでしばらくすると、『星の力』が抜けて元の生き物に戻るからね。マモノの素材は残らない。ブラックマウントの時みたいに消滅するんだ。それを承知で素材を売りさばけば、もう立派な詐欺罪だよ。そして、生物兵器に転用など論外だ。とくに最近だとマモノの派閥も出てきたからね。自由派のマモノが犯罪に巻き込まれないよう、エージェントたちも日々奮闘している」
「そんな仕事もあったんだな……」
「あらゆるモノに価値を見出すことができるのは人間の良いところだけど、ちょっとたくましすぎるところもあるよねぇ……」
「違いないな。それで、北園の予知夢に出たっていうこの二人もエージェントなんだな? それも世界トップクラスの」
「うん。以前の『ARMOURED』が『世界最強のマモノ討伐チーム』なら、この二人は『世界最高のマモノ対策室エージェント』ってところかな。超能力者のオリガさんに、『人類の到達点』ことズィークフリドくん。二人がかりで数々のマモノ犯罪組織を叩き潰してきた無敵のコンビだ」
「超能力者!? オリガさんって、超能力者なんですか!?」
「そうだよ、北園さん。彼女の能力は『精神支配』だ」
精神支配。
自身と目を合わせた相手を、意のままに操ることができる能力。
オリガという女性は、この能力を潜入や捜査に活用しているのだという。
「……つまり洗脳ってことだろ? 敵じゃなくて良かったなぁそんな危ない能力」
「そこに関してはちょっとゴタゴタがロシア国内であったようだけど、彼女の個人的な話になるからここでは割愛しよう。……それで、北園さんの話では、彼らと仕事を共にする、だったっけ?」
「そうです! 一緒に戦うって言ってたと思います! 夢の中の『雪の積もる街の中』も、恐らくはロシアのものかと!」
「そうか……うーん……正直、気が乗らないなぁ……」
「えー!? なんでですか!? 理由を教えてください!」
「このオリガさん、少々性格に難があってね。小悪魔的というか……。それに、さっきも言った通り彼らは対人の仕事を主としている。つまり『彼らと共に仕事をする』ということは、『人間と戦う』ということになる。それも恐らくは銃で武装した連中とね」
「そ、それくらい、私の超能力と、皆の力を合わせればきっと……」
「それだけじゃない。場合によっては、君たちは人を殺さなければならなくなる」
「う……」
狭山のその言葉に、北園は口をつぐむ。
マモノは今まで何体も倒してきたのに、今度の相手は人間と言われると、途端にプレッシャーが重くのしかかってきた。
(なんでだろうな……。人間も、マモノも、同じ命なのに、なんで人間のほうが重く感じちゃうのかな……。同じ人間だからかな……? 区別してるみたいで、なんかやだな……。グラちゃんみたいに、良いマモノもいるのにな……)
目線を落とし、浮かない表情で思い悩む北園。
……そして。
「……でも、予知夢でそう出たのなら、私はやります」
「……本気かい? そこまでして予知夢を信じるのかい? 自分も君の予知夢を信じると決めた手前、こういうことはあまり言いたくないが、無理をしてはいないかい? たまには予知夢のとおりに動かなくても良いんじゃないかな?」
「ダメです! そうなれば一体、何が起こるか……。お願いします、行かせてください! 銃を持った人が相手でも頑張りますから! 人を殺すのがダメなら、殺さないよう頑張りますから! 逆に、殺さなければならないなら、その時は私が――――」
「北園」
最後の言葉を言い切る前に、日影が北園を止めた。
悲痛な表情で語る彼女を、見たくなかったのだ。
「無理すんな。きついモンはオレが背負ってやる。一人で突っ走んなよ」
「日影くん……ありがと……」
「狭山。北園の本気っぷりは伝わっただろ? 行かせてやれよ。オレだってついてる」
「……最後にもう一度忠告しておくよ? 今回の任務は、相当ショッキングなものとなるだろう。覚悟は、できてるね?」
「『世界を救う予知夢』を見た時から、できてます!」
「んなモン、今さらだぜ!」
「……分かった。他の三人には、自分から連絡しておこう。ロシアには今週の金曜日、北園さんたちの学校が終わり次第向かうものとする。あっちはまだ寒いから、防寒具は忘れないようにね」
「あ……はい!」
「おうよ!」
こうして、予知夢の五人のロシア行きが決まった。
そして、次に相対する敵は、人間。
五人はそこで、何を見て、何を感じるのか。