第1414話 活かす者
サミュエルがとうとう力尽きて、将軍型の前に倒れてしまった。
その様子を、少し離れた場所でリカルドも見ていた。
「中尉……」
力無く、つぶやくように呼び掛けるリカルド。
当然のように、サミュエルは何の反応も見せてはくれなかった。
それが悔しかったからか、悲しかったからか。
リカルドは拳を握りしめ、歯を食いしばる
そして、鋭い目で将軍型を睨みつけた。
「安心シロ。スグニ地獄デ再会サセテヤロウ」
「いいや……せっかくの申し出だけど、丁重にお断りさせてもらうよ。なにせ、僕とあの人はもともと仲が悪いものでね!」
そう言うと同時に、リカルドの周囲の気温が急速に低下。
空気中の水分が凍結し始め、氷となって落ちていく。
「肉弾戦が得意だと言ったな。なら、これはどうだ。近づいただけでもお前は氷像になる。あの次元の裂け目から殴ってくる攻撃でも無事では済まないぞ」
「ナルホド。死力ヲ振リ絞ッタ、最後ノ全力ノ能力行使トイッタトコロカ。ダガ……」
言いながら、将軍型は近くに埋まっている大岩の側へ近づいていく。
そして、その大岩を怪力で掘り起こし、持ち上げ、自身の頭上に向かって投げる。
その後、将軍型も、投げた大岩を追うようにジャンプ。
空中で大岩を蹴りつけて粉砕し、その破片をリカルドめがけて飛ばしてきた。
「肉弾戦一辺倒デモ、遠距離カラ攻撃スル手段ハイクラデモ有ル!」
破片とは言っても、一つひとつが成人男性の拳ほどの大きさもある石の塊だ。それが恐るべき速度で飛んでくる。一つでも当たれば確実に大きなダメージになってしまう。
「くっ……! あの厄介な作戦立案能力は、銃を使っていた時から変わらないか……!」
たとえ冷気で氷漬けになっても、飛んでくる岩の破片の勢いは変わらない。まるで雨あられのように降り注いでくる破片を、リカルドは必死に走って回避する。
やっと将軍型が岩を砕き終えて、破片攻撃が終わった……かと思いきや、将軍型は次元の裂け目を使って瞬間移動。また別の岩の側までやってきて、先ほどと同じように破片を飛ばして攻撃してくる。
リカルドは、これも走って回避する。
だが将軍型は、それで良いと思った。
なぜなら、リカルドが動けば動くほど、彼の中の毒が彼を蝕むからだ。
将軍型が二回目の破片攻撃を終えたところで、リカルドは将軍型に向かって走り出した。破片攻撃をこれ以上続けられて、サミュエルの二の舞になることを危惧したか。
「接近して、直接氷漬けにしてやる……!」
「ソウ来ルト思ッタゾ」
将軍型は次元の裂け目を開き、その中へ逃げ込む。
リカルドから距離を取り、無駄に体力を消耗させるつもりだ。
何とか追いつこうとするリカルドだが、とても間に合わない。
将軍型は次元の裂け目の中へ入り、リカルドから離れた場所へ移動してしまう。
「奴ノ仲間ノ、ブレードノ男ノ側ヘ移動スルトシヨウ。モハヤ助カラナイダロウガ、ソレデモ冷気デ仲間ヲ巻キ込ムノハ躊躇スルハズダ。アアイウ若イ人種ハ特ニナ……」
次元の裂け目を通って、サミュエルが倒れている場所まで移動する将軍型。
その瞬間。
そこで待ち構えていたサミュエルが、将軍型の胴体をブレードで刺し貫いた。
「……ナンダト?」
「ふん。もう少し様子を見て隙を突く予定だったが、下手を打ってくれたな将軍型。そちらから近づいてきてくれるとは思わなかったぞ」
突き刺したブレードを素早く捻るサミュエル。
そしてブレードを右へ振り抜き、将軍型の腹部を掻っ捌いた。
「はぁっ!!」
「GUUUUUUUU!? オノレ、オ前、ナゼ生キテ……!」
「お前が死ぬ時にでも説明してやろう! だからさっさと死ね! 准尉、やれ!」
「了解!」
いつの間にかリカルドが将軍型の背後に。
今のやり取りの間に、将軍型が通ってきた次元の裂け目を通って、後を追ってきたのだ。
将軍型を後ろから捕まえるリカルド。
それと同時に、全身から途轍もない冷気を放った。
「Have an Ice day!!(凍えるような一日を)」
真っ白な冷気がリカルドと将軍型を包み込む。
やがて冷気が晴れると、そこには氷漬けになった将軍型の姿が。
氷漬けになった将軍型の前に、サミュエルが立つ。
炎を宿したブレードで、将軍型を切り刻む。
そしてトドメの、左から右へ振り抜く一回転斬り。
それが終わると、サミュエルはブレードを背中の鞘に納めて下がる。
一拍置いてから、氷像となった将軍型の身体がバラバラに崩れ始め、地面に落ちる前に大爆発が起こった。
「GAAAAAAAAAAAAA!?」
サミュエルの炎と、リカルドの冷気のエネルギーが反発しあった結果、発生した爆発だ。それに巻き込まれた将軍型は、粉々に砕け散った。
「ヨ……予知夢ノ六人ヤ、ARMOUREDノ連中ナラ、マダ納得ガイッタノダガ……コノ私ガ、オ前達ノヨウナ雑兵ゴトキニ、敗レルトハ……」
肉体を完全に破壊された将軍型のレッドラム。
もはや誰がどう見ても戦闘不能。
この勝負は、サミュエルとリカルドの勝利だ。
爆発で残った将軍型の右の金眼が、忌々しそうにサミュエルを見ている。
その視線に気づいたサミュエルが、口を開いた。
「そういえば、貴様が死ぬ時に、俺が生きていたトリックを説明してやる約束だったな。なんてことはない話だ。あの時、俺が身体強化薬だと言って投与した薬は、貴様らレッドラムの毒に対する解毒剤だったのだ。体内の毒素を除去すると同時に、一時的だが抗体も生成し、貴様らの毒を無効化する」
サミュエルの話に合いの手を打つように、リカルドもまた話し始める。
「中尉がアレを取り出して『身体強化薬だ』なんて言ったときは『は?』ってテンパりそうになりましたけどね。すぐに冷静に考えて、意図を理解したので僕も芝居に乗りました。いや、中尉があんな小細工をし始めるなんて夢にも思わなかったので、本当に驚きましたけどね」
「お前が毒を使ってくるとは思っていなかった。だからこの解毒剤は、毒を使ってくる他のレッドラムへの対策として持ってきたのだがな。お前が毒を使ってくると知った時、これはお前を油断させるのに使えると考えた」
「セントルイスでの戦闘で隊員たちが受けた毒を元に、すでに僕たちの医療チームが解毒剤を開発していたんだ。まさか一日で解毒剤が開発されているとは思わなかっただろう? 合衆国の技術力を甘く見たね」
「以上だ。何か質問はあるか、敗戦の将」
質問があったとしても、すでに口も失っているので、将軍型は何も質問などできないのだが。
質問など無い。
そう言い返すかのように、やがて将軍型の瞳から光が消えていった。
戦闘が終了したのを確認したサミュエルとリカルドは。
まったく同時に、その場で倒れこんで横になった。
「はぁぁぁぁ疲れた……! 全身がガタガタのボロボロですよ……。あの解毒剤で毒の除去と予防はできても、奴に殴られたダメージが無くなるわけじゃないんですからね……」
「まったくだ。しかし准尉、よくぞ俺の作戦に気づき、話を合わせてくれたな。お前があの解毒剤のことについて、氷系キャラらしくツルツルと口を滑らせていたら、すべて水の泡になるところだった」
「珍しい中尉の素直な誉め言葉でも相殺できないくらい『氷系キャラらしく』のくだりが腹立つんですけど」
「ふん。……ああ、だが良かった。これでカークたちの……同僚たちの犠牲を無駄にせずに済んだ」
「……ですね。連中の毒は、動けば動くほど悪化する。意図的ではなかったでしょうけど、その性質を命を懸けて発見してくれたのはカークさんでした。それが分かっていたからこそ、中尉もあの場面で死んだフリを演出して、見事に将軍型を欺けた」
今の彼らは、犠牲を恐れない。
自分たちの死も、後に続く者たちが歩いていくための土壌となり、礎となると信じている。
だがそれも、死を土壌として耕してくれる者たちがいてこその話。
後に続く者たちが、先に逝った者たちの犠牲を最大限に活かしてこその話。
これで、将軍型の手にかかった仲間たちも浮かばれるだろう。
傷ついた身体を休めながら、二人の兵士はそう願った。