第1412話 次元を越える拳
将軍型のレッドラムを追い詰めたかと思ったサミュエルとリカルドだったが、素手による思わぬ、そして手痛い反撃を受けてしまった。
「奴め……素手格闘の方が得意だったとはな……!」
「ここまで、僕たちの攻撃を受けてでも近接戦闘が苦手なフリをしていたのは、こうやって確実に隙を突くためだったんでしょうね……僕たちのような一定以上の実力を持つ相手に対して……」
派手に殴り飛ばされたものの、どうにか身を起こそうとするサミュエルとリカルド。サミュエルはまだ大丈夫そうだが、リカルドはすでに少しふらついてしまっている。
その二人にトドメを刺そうと、将軍型のレッドラムが駆け寄ってくる。
二人のうち、狙いはサミュエルだ。
「くっ……!」
サミュエルは素早く体勢を整え、将軍型の攻撃に備えて身構える。
将軍型がサミュエルのブレードの間合いに入った。
サミュエルは目にも留まらぬ速度で、四発の斬撃を放つ。
しかし将軍型は上体を動かし、あるいは素手でブレードの腹をいなし、サミュエルの斬撃をすべて凌いでしまった。
そして将軍型がサミュエルの懐に潜り込む。
身をかがめながら、右の肘鉄をサミュエルの腹部に突き刺した。
「ぐぅっ……!?」
脊髄まで突き抜けるような、鋭い衝撃。
サミュエルは怯み、動けなくなってしまう。
その隙に将軍型がさらなる攻撃。
サミュエルの肩を掴みながら、彼のわき腹に左ひざ突き刺し。
よろめいて後退したところで、右フックで殴り飛ばす。
強烈なダメージを受けてサミュエルの動きが鈍り、それによって将軍型がさらなる大ダメージを喰らわせてくる。悪循環だ。このままではサミュエルが危ない。
「中尉……!」
サミュエルを援護しようと、リカルドもようやく立ち上がり、将軍型の背後から吹雪を撃ち出す用意。
だが、その瞬間。
リカルドの首の後ろで、痛烈な衝撃が奔った。
「あぐぁ……!?」
首の後ろを手で押さえながら、思わず膝をついてしまうリカルド。
何が起こったのかというと、将軍型がリカルドの背後につながる小さな次元の裂け目を開き、それを利用して彼の延髄に右ストレートを叩き込んだのだ。
延髄は、脳と脊髄をつなぐ重要な器官。
そんな部位に強烈な一撃を受けてしまい、リカルドの意識が朦朧としてしまう。
将軍型が自身の足元に小さな次元の裂け目を開き、その中に自身の右拳を勢いよく突っ込む。
その次元の裂け目の出口は、膝をついてうつむいているリカルドの顎下に発生しており、そこから突き出てきた将軍型の拳がリカルドを殴り飛ばしてしまった。
「かっ……」
リカルドは大きく打ち上げられ、背中から地面に落下。
その間にサミュエルがダメージから復帰し、攻撃を受けているリカルドを助けるべく、将軍型の背後から突撃。
「まだ俺は負けていないぞ!」
すると将軍型は、再び小さな次元の裂け目を開いた。
今度は自身の目の前に。その出口はサミュエルの正面に。
自分の目の前に次元の裂け目が開いたのを見たサミュエルは、直感する。
「俺の接近にカウンターを合わせる気か! そうはさせん! 今度は俺がその裂け目を利用させてもらう!」
そう言ってサミュエルは、目の前に開いた次元の裂け目に刺突を繰り出した。この裂け目が将軍が頼ん目の前に通じているのなら、ブレードを突き入れることで、その切っ先は将軍型へと届くはず。
だがしかし、将軍型はサミュエルの行動を先読みしていた。
目の前の次元の裂け目から飛び出てきたサミュエルの刺突を、上体を左に傾けて回避。それと同時に右ストレートを次元の裂け目へ突っ込む。
裂け目の向こうから飛び出てきた将軍型の右ストレートを、サミュエルはまんまと喰らってしまった。次元を越えたクロスカウンターだ。
「がはぁっ……!?」
次元の裂け目を利用することで、相手がどこにいようと打撃が届く。
実戦経験豊富なこの二人でさえも今まで見たことが無いような戦法に、まんまと翻弄されてしまっている。
それに加えて、この将軍型、素手の方が得意と豪語していた通り、戦闘技術も抜群に優れている。アメリカチームでも屈指の近接戦闘能力を持つサミュエルでさえ圧倒されてしまうほどに。
「中尉! 一度、後退しましょう!」
リカルドが声を上げて、サミュエルに呼び掛けた。
将軍型のカウンターを喰らって倒れていたサミュエルは、身を起こしながらリカルドの話を聞く。
「元々、将軍型が接近戦に弱いというのが大前提の作戦でした! だから僕と貴方の二人だけでも将軍型を倒せるだろうと、そう判断しました! その前提が覆された以上、ここは意地を張らず、冷静に撤退を選択するべきです! 援軍を要請しましょう!」
「ちっ……我らの過失を我らだけで取り返せなかったのは忌々しいが、お前の言うことに何も間違いは無いな。あとは、コイツの追撃をどうにかできるかどうかだが……」
「フッ。私ガオ前達ヲ追ウ必要ハ無イ。ナゼナラ、モウオ前達ハココカラ逃ゲラレナイ」
「何だと? それはどういう意味……」
……と、サミュエルが将軍型に質問をしていた、その最中。
サミュエルは吐血し、ひざまずいてしまった。
「ごふっ……!?」
「ち、中尉!?」
「案ずるな……これしきではまだ死なん……。だがこれは、毒か……?」
「ソウダ。オ前達モ既ニ知ッテイルダロウ? 我ラガ生成スル毒ノコトハ」
「激しく動けば一気に症状が進行し、対象を死に至らしめる、だったか。カークもこれで死んだのだったな……。しかし、いつの間に俺に毒を打ち込んだ?」
「私ノ肉体ソノモノニ毒素ガ含マレテイル。私ノ拳ヲ何度モ受ケタオ前ハ、症状ガ本格的ニ表出スルホドニ、我ガ毒ニ侵サレタトイウコトダ」
「なるほど、お前の拳はいわゆる毒手だったということか。俺を攻撃し続けて、毒素を蓄積させたか」
将軍型の追撃を振り切ってこの場を離脱するには、かなり激しく動かなければならないだろう。そうすると、サミュエルの体内に蓄積された毒が一気に悪化してしまう恐れがある。
「確かに、これでは逃げられんかもな……」
「中尉のように症状が現れてはいないけど、奴の拳を受けた僕も当然、毒に侵されている可能性が高い……。どうしましょうか、中尉」
サミュエルに尋ねるリカルド。
冷静でいるよう努めているようだが、その顔色には焦りの感情が隠し切れずにいる。
そんなリカルドの声と視線を受けたサミュエルは、普段通りの態度を崩さず、静かに答えた。
「愚問だな。逃げても助からないというのなら、死中に活を求めるだけのこと」
そう言ってサミュエルは、バックパックから一つの注射器を取り出す。
それを見たリカルドは、ハッとした表情を見せた。
「あ、それは……!」
「合衆国機密兵器開発所で開発された身体強化薬だ。反動のデメリットがあるため、長期戦には不向きだが、後先を考えず戦わなければならない今なら、使用するにはちょうどいい」
サミュエルは、その注射器の針を躊躇いなく、自身の首元へと刺した。