第130話 新しいクラス
引き続き、朝の学校にて。
日向と北園がクラス割りを確認したところ、やはり二人は2年D組であった。現在、新しいクラスに向かって二人一緒に廊下を歩いているところである。
「そういえば、日向くんの名前も少し変わってるよね。日下部日向って。お日様の下の日なた? 暖かそうな名前だよね」
「うん。『名前が変わってる』とはよく言われる。父さんが考えたらしい。もっとも、俺の名前は戦艦の『日向』から来てるらしいけど」
「戦艦? 日向くんのお父さん、戦艦好きなの?」
「うん、めっちゃ好き。俺はそうでもないけど。せいぜいが戦艦の擬人化ゲームで遊んだくらいで」
「ふぅん……。それにしても、いかにもお日様な名前の日向くんが『太陽の牙』を拾うって、何か運命を感じるよね!」
「万が一、あの剣が俺を選んだ理由が名前だったとしたら、俺は今すぐ改名を考える」
「あははは……。ところでさ、日向くんのお父さんってどんな人なの? お仕事は何してるの?」
「海上自衛官やってる。山口県下関の基地の寮で生活してて、家には滅多に戻ってこない。一年に一回会えるかどうかで、最後に会ったのは高校の入学式の時……ちょうど今から一年前くらいかなぁ」
「うわぁ……なんかすごいね……。寂しいとは思わないの?」
「あまり思わないかなぁ。父さんには悪いけど。もう母さんと二人の生活に慣れちゃったよ。ちなみに父さんは家族をないがしろにしているワケじゃなくて、ちょっと仕事が好きすぎるタイプの人で、会った時は普通に良くしてくれるし、おかげで生活にも困ってないよ。……ところで、北園さんのお父さんはどんな人なんだ?」
「私のお父さん? とっても優しい人だっ……よ! 会社員してるの!」
「…………なるほど。さすが北園さんに良い名前を付けるだけのことはある」
「えへへー。似合ってる? 私の名前、似合ってる?」
「うん。めっちゃ似合ってる」
……先ほど、北園は「優しい人だったよ」と言いかけたように聞こえたが、日向はあえて追及しないことにした。他愛のない会話でごまかしながら、新しい教室の扉を開く。するとそこには、日向たちが見慣れた顔があった。
「あ、ヒューガ! キタゾノ! また一緒のクラスだね!」
「あら二人とも、おはよう。知ってる友達とクラスが一緒でホッとしたわ」
「シャオラン、リンファさん、おはよう。また一年間よろしくね」
「二人とも、おはよー! 今年もよろしくお願いします!」
◆ ◆ ◆
「今年の二年D組を受け持つことになった、椚木錬司だ。よろしくなー、お前ら」
(うわぁまたお前かよ。おさらばできると思ったのに。総勢数十人いる教師陣からなんでよりによってお前、うわぁ……)
日向たちの担任となったのは、前年に引き続き椚木錬司であった。
見た目がちょっと怖いオッサン教師であるため、日向は彼を苦手としている。
始業式、ホームルームも滞りなく終わり、すでに今日の学校は終わった。放課後の教室にて、皆が思い思いに過ごしている。
そんな中、日向は自分の席から、窓の外をボーっと眺めていた。
(冬休みの終業式、こうやって外を眺めていたら、『太陽の牙』が落ちてくるところを目撃しちゃったんだよなぁ。それを拾いに行った結果があと1年の命。くそ、止めておけばよかったかな……)
日向が浮かない表情をしていると、彼に声をかけてくる男子が一人。
「よう、日向。今年は同じクラスだな」
「お、田中。やーっとゲーム仲間が同じクラスだ」
声をかけてきたのは日向の数少ない友人、田中剛志だ。
180センチの長身に坊主頭、ガッシリとした体格で女子からもモテるし、性格も良いので男子たちにも頼りにされている。小学校からの付き合いとはいえ、自分には釣り合わない高スペックぶりだと日向は思っていた。
「この間のガチャ、どうだった? お目当てのキャラは来ましたか……?」
「全っ然ダメだったわ。お前は? 日向」
「いやー、スミマセンね旦那。二人抜きですよ」
「こいつ! 一人よこせ!」
「アニラおりゅ……?」
「おりゃん!」
「アンチラおりゅ……?」
「おりゃん!!」
久しぶりに話が合う友人と会話できて、日向もウッキウキである。
と、そこへ北園がとてとてとやって来た。
「日向くん! 舞ちゃん見つけたよ! これから二人でご飯食べに行くんだけど、一緒に行く?」
「舞ちゃん……ああ、本堂さんの妹さんの! そっか、ウチの高校に来たのか! でも俺が来たら邪魔じゃない?」
「舞ちゃんはオーケーって言ってるよー」
「そっか。どうしようかな……」
日向は思案し、視線を泳がせる。
その時、こちらを物凄い形相で見つめてくる田中と目が合った。
(…………あ、ヤバい)
この時、日向は思い出した。
この田中という男、北園に惚れていたということを。
そして、日向は察した。
この田中という男、絶対に面倒くさい勘違いをしているだろうということを。
「ひ、日向……。この子、北園良乃さんだよな……? なんだ、お前ら……? 仲良いのか……?」
「え、えーとだな、田中。北園さんとは友達だけど、それ以上の関係では……」
「く、くそ! やっぱりそうか! 俺が彼女の事を話している間、『悪いな、もう俺が貰っちゃったんだよね』とか考えてほくそ笑んでいたんだろ!」
「話を聞け! そこまで行ってないって言ってるだろ!」
「くそう、くそう! お前ら俺の知らないところでデートしたり、イチャイチャしたり、将来子どもは何人欲しい?とか相談し合ってたな!?」
「なに勝手にお前の頭の中で結婚を前提に付き合わせてんだ!」
「おのれ! 祝ってやる! 孫に囲まれて老衰で死ねー!!」
叫びながら、田中は逃げ去っていった。
しかし日向は長年の付き合いの経験から分かる。今のは完全に悪ふざけだった。自分と北園が仲良くしてたのを見て、お互いの関係を冷やかす方向にシフトしたのだろう。
「あんにゃろう……。ゴメン北園さん、田中の言うことは気にしないで」
「う、うん。だいじょぶ。ちょっとびっくりしただけ」
「えーと、田中もあれで良い奴だし、北園さんのことは本当に気になってるみたいだし、仲良くしてくれると、俺も嬉しい」
「うん。おかげでまた一人友達が増えちゃった。ありがと、日向くん」
「いや俺、今回は何もしてない。本当に何もしてないから」
「それでも、ありがと。……じゃ、舞ちゃん待たせたら悪いし、行こっか」
「よしきた。もうお腹ペコペコだ」
北園の言葉に頷き、日向はバックを背負って立ち上がった。
◆ ◆ ◆
日向と北園と、そして舞の三人は、学校近くのハンバーガーショップで食事をとることにした。注文したハンバーガーを待つ間、雑談に興じる。
「……それにしても久しぶりだね、舞さん。最後に会ったのって、今年の元旦だっけ?」
「そうです! あの時はマモノが出て、私だけ逃げちゃったんですよねー。あれからずっとマモノと戦ってるんでしょ? お兄ちゃんから聞きましたよ」
「まぁ、ね。大変だけど、何とかやってるよ」
「マモノもどんどん手強くなってるよねー。最近の日向くん、一戦につき一回は死んでない?」
「そ、そうかも…………あ、いや、フレアマイトドラグの時は死んでないはず」
「た、大変そうですね……。……あ、お兄ちゃんといえば。えーと、いつも兄がお世話になってます。何かご迷惑などはかけていないでしょうか?」
「ご迷惑……うーん……」
「え、ホントに何かご迷惑を? 言ってください。私がぶん殴っておきますので」
「あ、いや、そこまでしなくても。ただ……最近、君のお兄さんがフリーダム過ぎて面食らってる」
「あー……」
日向の言葉を受けると、舞は頭を抱えて唸った。
彼女もまた、フリーダム本堂の被害者である。
「君のお兄さん、時おりフリーダムにならないと死んでしまう奇病にでもかかってるの?」
「そう言われると、そうかもしれません……」
「そうなの!? ホントに!? 心の底からの冗談だよ!?」
「一応、兄がああなったのには少しワケがあるんです」
曰く。
小さい頃の本堂は、今の物静かな彼からは想像が付かないほど明るく活発で、ちょっと下品なことも平気で口にするような少年だった。その活発さたるや、それこそ記録的な大雨の中、レインコートを着込んで嬉々として突撃するほどである。
しかしその結果、本堂は雷を受け、現在の超帯電体質を手に入れた。
当初は全くコントロールできなかったこの力のせいで、本堂は次第にふさぎ込んでしまった。それが現在の、無口な彼の性格形成に関わっている。
だが一方で、本堂は「コイツなら大丈夫」と判断した人間に対しては、はっちゃけた振る舞いをするようになったという。まるで、まだ明るかったあの頃を思い出し、取り戻しているかのように……。
「重すぎぃ!!!」
舞の話を聞き終えた日向が叫んだ。
「え、あのフリーダムな性格の裏にそんな重い設定があったの? 直接登場しなくとも、妹を通して俺にツッコませるとはなんつー人だ」
「えーと、まぁつまり、兄は日向さんのこと、すごく信頼してると思うんです。あんな兄ですけど、これからも仲良くしてあげてください、お願いします」
「ああ、うん。そこについては任せておいて。本堂さんだって、四六時中フリーダムってワケじゃないしね。ただ、ちょっと高低差がすごいだけだから。熱した石を急激に冷やしたらぶち割れるってくらいにすごいだけだから」
「分かります! 温度差で風邪ひくレベルですよねあれは! この間なんて私の胸を凝視しながら『いよいよ高校生だな。何か分からないことがあったら言えよ』ってイケボで言ってくるんですよ!」
「あの人、妹相手でも容赦無しかよ……」
と、ここで「お待たせしましたー」と言って、店員がハンバーガーを持ってきた。テーブルの上に大量のハンバーガーが並べられ、それらのほとんどは日向に集中している。
「お、来た来た。じゃあ食べようか」
「日向さん……それ、いくつ頼んだんですか……?」
「15個。」
「じ、じゅうご……」
「日向くん、すごいでしょ? これでも満腹手前で抑えてるらしいのよ?」
「ナクドナルドでそれだけ注文する人、私はじめて見た……」
驚嘆の眼差しを受けながら、日向は黙々とハンバーガーを食べ始める。
(こんな青春っぽい時間が過ごせるなんて、冬休み前までは想像もつかなかったなぁ。ぼっちだったもんなぁ、あの頃の俺)
今日の時間は絶対に忘れない。
記憶に刻もうと、日向は密かに誓った。
あるいは、今年が自分の最後の一年になるかもしれないのだから。