第1405話 ”崩界”グラウンド・ゼロ
夜が明ける。
日向の存在のタイムリミットは、残り九日。
今日はいよいよグラウンド・ゼロを討伐し、この北アメリカ大陸を奪還する日である。早朝から日米合同チームは起床し、作戦準備に取り掛かる。
グラウンド・ゼロ討伐用ミサイル、グングニルはすでに準備完了。この合衆国機密兵器開発所に造られているミサイル砲台三基に、それぞれ一発ずつ装填されている。
三発のグングニルを別々の砲台に装填したのは、もしもレッドラムにグングニルを狙われた場合、三発まとめて駄目にされるのを防ぐためである。
グングニルが予定通りにグラウンド・ゼロに通用すれば、それだけでグラウンド・ゼロは討伐できる予定である。
ゆえに日向たちやアメリカ兵たちの主な任務は、グングニルを破壊されないように警護すること。あとは、もしもグングニルでグラウンド・ゼロを倒しきれなかった場合の後詰といったところだ。
一方でグラウンド・ゼロはというと、この期に及んでもまだ何もしてこない。地震も発生させてこないし、宙に浮かべている岩を飛ばしてくるような様子もない。
ただ、昨日と違う点が一つだけある。
昨日のグラウンド・ゼロは自然体で佇んでいるだけだったが、今日は両腕を振り上げ、拳を握りしめていた。まるで、その両腕を大地に叩きつけようとしているような姿勢だ。
大陸のように巨大なあの腕が大地に叩きつけられたら、相当な衝撃が発生するのは間違いない。だが恐らく、優に五百キロほど離れている日向たちの位置までは、衝撃は届かないと思われる。
それにグラウンド・ゼロは、そのあまりにも巨大な外殻を持った代償として、動きが非常に緩慢である。
あの振り上げた両腕を振り下ろすのにも一時間はかかるだろう。それだけゆっくりであれば、両腕を叩きつけた時の衝撃は、自由落下させた時よりもさらに落ちる。ならば尚のこと、両腕叩きつけの衝撃が日向たちのところまで届くことはない。
午前十時。作戦決行時間がやって来た。
まず、一発目のグングニルが発射体勢に入る。
機密兵器開発所の外、木々が生い茂る森の地面がいきなり盛り上がって、その下からグングニルが装填されたミサイル砲台が姿を現した。
「さて……上手くいくでしょうか」
姿を現したミサイル砲台の近くにいた日向が、少し心配している様子でつぶやく。『星殺し』という大敵が、このたった一発のミサイルでそんなにも簡単に倒せるのかどうか、いまだに半信半疑といった様子だ。
そんな日向に、マードックが声をかけた。
「我がチームの技術力を信じてくれ。必ずやグングニルはグラウンド・ゼロの外殻を貫き、本体を消し飛ばすだろう」
「あぁもちろん、アメリカチームの技術力については信頼してます。ただ、グラウンド・ゼロが何か抵抗してこないかどうかが……」
「そうだな、そこが唯一の懸念点だ。地震、岩飛ばし、レッドラム襲撃、あらゆる妨害を仕掛けてきても、跳ね返せるよう備えているつもりだが……」
「たとえば、あのグラウンド・ゼロの周囲に漂っている岩で、グングニルをガードしてくるとか、やってきそうじゃないですか?」
「それについてはハイネたち技術班が、岩を回避してグラウンド・ゼロを狙うよう弾道プログラムを組んでくれている。もしもグングニルが岩に阻まれても、ただの岩であれば諸共貫いてグラウンド・ゼロを狙える。そのためのグングニルだ」
「た、頼もしい」
そうしている間に、グングニル発射まで秒読み段階。
日向たちも、アメリカ兵たちも、何事も無いことを祈りながら、あの岩の大巨人を貫く蒼い槍が放たれるのを待った。
……が、しかし。
ここで通信班から一斉連絡。
『こちら通信班、ジュディです! 緊急事態です! グラウンド・ゼロのエネルギーが急速に高まっていくのを観測しました!』
「む……! 奴め、攻撃を仕掛けてくるつもりか!?」
マードックが右腕を動かし、兵士たちを配備させる。
グラウンド・ゼロが何を仕掛けてきても対応できるように。
五百キロ先にいながらも、その姿が肉眼で見えるほどに大きいグラウンド・ゼロ。地平線の向こうから、そのあまりにも巨大すぎる上半身がはみ出している。
そのグラウンド・ゼロが振り上げていた両拳に、無色透明なエネルギーが宿った。左右の拳の両方にである。
「あれはまさか、地震の震動エネルギー……?」
日向がつぶやく。
それから再び、通信班から報告が入った。
『た、大変です! 解析の結果、あの拳に生成された震動エネルギーは、たった一つだけでも、この北アメリカ大陸を一撃で粉砕するほどのパワーを有していることが判明しました! 半壊どころじゃありません! 全壊です! あのエネルギーを叩きつけられたら、私たちのアメリカ大陸が終わりますっ!』
「何だと……!?」
これには、マードックも動揺を隠せなかったようだ。
他のARMOUREDの三人も、アメリカ兵たちも、日向たちも、衝撃を受けた表情をしていた。
昨日のマードックの話では、「グラウンド・ゼロは日数をかけて地震のエネルギーをチャージしてはいない」という話だった。それほどまでにエネルギーが高まっている様子は見られず、解析の結果も問題はなかった。
だが、たった一つだけでも、この北アメリカ大陸を崩壊させてしまうほどのエネルギー。それを、左右の拳を合わせて二つも用意した。これはグラウンド・ゼロも、日数をかけなければ用意などできなかったはずだ。
「解析の結果が間違っていたのか……? だが、可能な限り最高の精度で測定したはず。ああも全く何も引っかからないなど……」
マードックはいまだに動揺している。
それだけ、この結果が信じられないのだろう。
するとここで、シャオランが口を開いた。
「もしかしたら、内気功の要領かも……」
「内気功というと、中国武術に伝えられる技術だったか」
「う、うん。自分の肉体の内側に気……つまりエネルギーを生成して、そのエネルギーで自分の肉体を満たしたり、必要な時に外部へ放出する技。それと同じ要領で、グラウンド・ゼロは自分の身体の奥深くでエネルギーを生成しながら、隠してたんだと思う……」
「確かに、あの巨体だ。どれだけ強力なエネルギーでも、あの外殻の一番奥深い一か所にエネルギーを集められたら、解析が届かないか……」
『星殺し』もまた異能力者であり、こちらの裏をかく相手である。
そう肝に銘じていたはずだったが、マードックは改めて痛感させられた。