第1401話 死角無き鋼竜
ジャックを助けた本堂がファフニールに噛み潰されそうになっており、レイカとマードックにはファフニールの尻尾が振り下ろされようとしている。
まずはジャックたちの様子……を、この部屋の片隅で見守っていた北園とハイネとスピカの様子。
非戦闘員のハイネを守るため、北園は球状のバリアーを展開して、戦闘ドローンのホーネットからの銃撃を防いでいた。
その最中、彼女らの目の前でジャックがファフニールに噛み殺されそうになり、それを助けた本堂が、今度はファフニールの咬合力によって動けなくなってしまった。
「ど、どうしよう!? ホンドウがピンチだよ!? ジャックのせいで! ゴメンねウチのジャックが迷惑かけて!」
「ジャックくんやマードック大尉があらかじめ撃ち落としてくれたおかげで、ホーネットの数が減ってるね。北園ちゃん、今ならバリアーを解除して、キミが本堂くんを助けられるんじゃないかなー!?」
「そうだね、やってみようかな……!」
本堂とジャックを援護するため、北園はバリアーを解除しようとする。
だがその時、ファフニールが北園たちめがけて機関銃とミサイルを一斉射撃してきた。
「き、北園ちゃん! 援護やめ!」
「うん、りょーかいっ!」
北園はバリアーの展開に集中し直し、ファフニールが放ってきた弾丸とミサイルを防御した。やはりファフニールの機関銃とミサイルはかなりの威力で、さすがの北園のバリアーと言えど、そう何度も受け切れるものではない。
「あ、あぶなかったぁ……。けど、あのファフニールって竜、すごい反応速度だよ。私、ほんのちょっとしか動かなかったのに、それを見逃さずに私の動きを牽制してきた……」
「後ろにいる敵にも反応が良いよねー。ホントに、実は目が複数あったりするんじゃないー!?」
冷や汗をかく北園と、ファフニールのあまりの反応の良さに文句が出てしまうスピカ。
ともあれ、これで北園は、本堂たちの援護に動くわけにもいかなくなってしまった。彼女一人なら弾丸やミサイルは回避できるかもしれないが、非戦闘員のハイネが無事では済まない。
その二人の後ろで、ハイネは周囲を見回しながら、なにやらつぶやいていた。
「目が複数……複数か……。もしかして……」
そしてこちらはジャックと本堂。
本堂が両腕でファフニールの上顎を食い止め、右足で下顎を食い止め、その体勢のまま動けなくなってしまっている。
時間にして二秒も満たない数瞬。
ジャックは本堂を助けるための方法を閃き、実行に移す。
「ホンドウ! 一瞬だけ、ソイツの顎をこじ開けてやる! その隙に離れろ! いくぜ、”パイルバンカー”ッ!!」
全身の筋肉を一ミリ秒のズレもなく連動させて放つ、ジャックの会心の右拳。これを、ファフニールの上牙を突き上げるようにして放った。
ジャックが放った”パイルバンカー”は、何トンあるかも分からないファフニールの咬合力を一瞬だけ押し返すことに成功。その隙に本堂がファフニールから手足を放し、脱出に成功した。
ファフニールから距離を取りつつ、二人はやり取りを交わす。
「今度は俺が助けられたな。感謝する、ジャック。しかし今の技は、大丈夫なのか? 確かお前への反動が酷かったと記憶しているが」
「ああ、心配すんな。”生命”の異能のおかげで、これくらいの反動なら再生させて帳消しにできる」
「成る程。これは一応褒め言葉だが、何ともお前らしい小狡い異能だと感じる」
「いやホントに褒めてんのかそれ!?」
ジャックと本堂が危機を脱した一方で、こちらはレイカとマードック。
ファフニールの背後から接近し、弱点である背中に登ろうとしたが、その動きを察知されて、ファフニールが尻尾を振り下ろしてきた。
超電磁を帯びた、太くて大きい鋼鉄の尻尾。
直撃なぞしたら、まず命は助からない。
そんな攻撃が、もうレイカの目の前まで迫っていた。
今から回避は、とても間に合わない。
ズガン、と音がした。
ファフニールの尻尾が叩きつけられた音だ。
しかし、レイカは尻尾に潰されてはいなかった。
駆けつけたマードックが、シールドでファフニールの尻尾を受け止めて、レイカを守ってくれていた。
マードックが立っている床が蜘蛛の巣状に砕けている。
レイカを守るため、それほどの衝撃を受け止めてくれたのだろう。
「た、大尉ーっ!」
「ぬ、ぐぅ……!」
感激の声を上げるレイカだが、マードックは苦しそうだ。
それもそのはず。尻尾が帯びている電磁気が、シールドを通してマードックを現在進行形で焼いている。
彼が使っているシールドには耐電性能もあるが、完全ではない。あまりにも強力な電撃は防ぎ切れない。
このままではマードックの義体がショートしてしまう。
電撃を受け続けたら、いずれ彼の唯一の生身部分である脳も危ういだろう。
「た、大尉! 今助けますね!」
レイカはファフニールの尻尾の下から出て、その尻尾に”超電磁居合抜刀”を繰り出した。マードックを苦しめるこの尻尾を斬り飛ばすつもりだ。
「やぁぁぁっ!!」
……が、ファフニールは素早く尻尾を動かし、レイカの斬撃から尻尾を逃がしてしまった。
「う、嘘でしょ!?」
そしてすぐさまファフニールが反撃に移る。
動かした尻尾をそのままぶん回し、レイカとマードックを薙ぎ払いにかかった。
これも回避は間に合わない。
マードックが再びシールドを構え、レイカを庇うように尻尾を防御。
しかしマードックは押し負けて、シールドごと弾き飛ばされてしまった。
「ぬぐっ……!」
その弾かれたマードックをぶつけられるように、レイカも衝撃を受けて転倒してしまう。
「きゃあ!?」
「く……すまん。大丈夫か、レイカ」
「な、なんとか。尻尾を直接ぶつけられるよりは遥かにマシです。助かりました大尉……」
二人は弾き飛ばされた拍子に、ファフニールの尻尾の範囲外まで出たようだ。呼吸を整えるために、いったんファフニールから距離を取る。
「九死に一生でしたね……。それより、さっきの見ました!? あいつ、明らかに私の居合を見てから、尻尾を逃がしましたよ!?」
「ああ、見たぞ。奴が何らかの方法で、自身の背後などを確認しているのはほぼ確定か。後は、その手品の種だが……」
……と、ここでレイカとマードックのもとに日向が合流。
彼なりに必死に走って来たらしく、息を切らせている。
「はぁーっ、はぁ、やっとここまで来れた。それよりお二人とも、さっき危なそうな状況でしたけど、大丈夫でした!?」
「あ、日下部さん。はい、大尉のおかげでなんとか」
「それより日向、お前はファフニールの視野の広さについて何か――」
マードックが日向に尋ねている途中だったが、ここで戦闘ドローンのホーネットが五機ほど乱入。レイカとマードックの二人を狙って機銃を撃ってきた。
『射殺。射殺』
『目標発見。攻撃セヨ』
「ちっ、一息入れる暇も与えてくれんか。連中の機銃は、私にとっては豆鉄砲も同然。私が一方的に撃ち勝てる。レイカは接射してくる機体を撃墜してくれ」
「分かりました!」
「日向、お前は私の後ろへ隠れていろ。撃たれるぞ」
「あ、はい。けど、あいつらの銃口、俺には一切向いていないような……」
日向が小さくつぶやくが、もうマードックはホーネットとの撃ち合いを開始している。ホーネットの機銃をシールドで防ぎつつ、マードックはガトリング砲を撃ち返す。
猛烈な勢いで連射される徹甲弾によって、四機のホーネットが一瞬で鉄くずに成り果てた。残り一機がマードックのシールドの裏側に回り込もうとしたが、これはレイカが瞬時に斬り捨てた。
あっという間に五機のホーネットを殲滅したARMOUREDの二人。
その時、それと同時に、ハイネから日向たち全員に向けて一斉通信が入った。
『みんな! 聞いて! ファフニールの視野が広い理由が分かったと思う!』