第1397話 メインコンピュータールームへ
施設研究員の手記を発見し、その内容を読んだ日向たち。
その結果、この施設のセキュリティーが最高レベルに引き上げられた理由は、レッドラムに対抗するためなどではなく、人間同士の諍いの結果であることが判明した。
手記を読んだマードックは、頭をかいた。
「……恥ずべき真実だな。極限状況下であったとはいえ、それがこの国の重要施設を任された人間の行動であっていいものか」
呆れ返ったふうにつぶやき、それからマードックは日向たちに頭を下げた。
「自分だけ助かろうとした馬鹿な施設長に代わって謝罪する。面倒ごとに巻き込んでしまってすまない、日本チーム」
「い、いえ、マードック大尉が謝ることじゃ……」
慌てて顔を上げるよう促す日向。
同じく国の要職に就いている人間として、マードックは責任を感じたのかもしれない。
一方で、ハイネもまた、いつになく真剣な表情で、この手記を読んでいた。読み終わった後も神妙な表情のままである。
レイカがハイネに声をかけた。
「ハイネちゃん、大丈夫ですか?」
「あ、レイカ。うん、大丈夫……」
「お世話になっていた施設がこのような末路を辿って……その……心中お察し申し上げます……」
「うん……ありがと、レイカ。この手記を書いたモーリスって人も知り合いでさ。あたしと一緒で兵器開発関係の人間で、その縁でこの施設を色々と案内もしてもらったりしてさ」
「そうだったんですね……」
レイカに語りながら、ハイネは思う。
ここの突入チームの一員として参加したいと申し出た時、皆の役に立ちたいという思いは間違いなく本心だった。しかし同時に「役に立ちたい」とはまた別の、何か心のざわめきのようなものも感じていた。
そのざわめきの正体が、ここに至ってようやく分かった。
ハイネは恐らく、自分の目で確かめたかったのだ。
この施設の無事と、現状を。
一時期のみ身を寄せていた場所だが、それでもこの施設で過ごした日々は刺激的だった。自分に勝るとも劣らない開発者たちと日夜、新技術に関する話に花を咲かせていた。ハイネにとっては、自身も知らない内に、マモノ討伐チームの次くらいに大切な場所になっていたのかもしれない。
この手記を書いたモーリスは、最後に後悔していた。
兵器ばかりを造り、それ以外を疎かにした自分のことを。
今はまだ、レッドラム相手に兵器が大活躍する現状だ。
しかし、この星に平和が戻れば、きっと兵器は要らなくなる。
彼の二の舞にならないためにも、自分もまた、兵器造り以外の生き方を模索しなければならないなぁ、とハイネは思った。
その後、日向たちは居住スペースを後にして、施設の探索に戻る。
ちなみに結局、あの手記以外に有用な道具は、何も見つけられなかった。
向かう先は、この施設の最奥に設置されているメインコンピューター。
これにアクセスして、この悪夢のセキュリティーシステムを停止させる。
前進しながら、日向がハイネに声をかけた。
「ハイネさん。さっきのメモに書いてあった『ファフニール』っていうのは何? そいつも戦闘マシン?」
「うん。竜型の戦闘マシンだよ。対マモノ制圧兵器の決定版として開発されてたんだ。あたしがここに来た時点ではまだ試運転段階だったんだけど、いつの間にかメインコンピューターを防衛させる程度には実用化されてたみたいだね」
「竜……そっかぁ。昨日のセントルイスの巨竜型レッドラムに続いて、また竜と戦う羽目になりそうなのか俺は」
「でも、あたしが知っているスペック通りのファフニールだと、メインコンピュータールームには入れないと思うんだよね。大き過ぎて。よしんば入れたとしても、部屋が狭すぎてファフニールは戦うどころじゃないよ」
「けれど、あのメモでは、メインコンピューターにアクセスするにはファフニールは避けては通れない、みたいな書き方だったけど」
「そこはあたしも気になってたんだよねー。まぁでも、運がよければ戦わずに済むんじゃないかな!」
「期待しないでおくよ」
苦笑いして、日向はハイネの言葉にそう返事した。
施設の深くまでやって来た。
ここまで来ると、ハイネもロクに存在を覚えていない、あるいは知らないトラップも増えてきた。
一見すると何の変哲も無さそうな通路は、一度スピカに偵察しに行ってもらう。幽霊である彼女は壁などを透過できるため、壁の裏に隠れているトラップを発見することができる。
侵入者を焼き尽くす火炎放射トラップ。
火炎の放射口が壁から現れた瞬間、北園が超冷気で放射口ごと凍結させた。
火炎放射器内の燃料まで凍ってしまえば、もう炎は出せない。
侵入者の脳神経を狂わせる超音波トラップ。
これはマードックが義体の機構である外部音遮断を使い、自身の脳を震わせる超音波をシャットアウト。後はそのまま、超音波を発するスピーカーを破壊して回った。
センサーに触れた者に対して反応する、古典的な落とし穴。
見事に日向が引っかかって、穴の下の針山で串刺しに。
空中浮遊ができる北園が主になって、日向の救助活動が行なわれた。
通路を進む途中、近くの自動ドアの向こうから人間の声がした。
助けを求める声だった。
施設の生き残りかもしれない。
しかし、ちょうどレイカに代わって表に出ていたアカネが言うには、扉の先から匂うのは人間の匂いではなく、濃い鉄の匂いだという。
同時に、中から自動ドアが開かれる。
その先にいたのは、人型戦闘マシンであるガーディアンだった。
扉が開いた瞬間に、ガーディアンがアカネに斬りかかる。
しかしアカネもこの展開を先読みしており、先制してガーディアンの首を斬り飛ばした。
「ったく、姑息な罠を仕掛けるねぇ! 絶対ちょっと楽しみながら設計したよ、ここのトラップ担当はさ!」
「……お、見ろよ。そろそろゴールに着いたみたいだぜ」
乱暴に台詞を吐き捨てるアカネをなだめるように、ジャックが声をかけた。
彼が指さすその先には、メインコンピュータールームの看板が。
他とは違う、少し立派な造りの自動ドアを通って、日向たちはメインコンピュータールームの中へと入る。
内部は少し広めだが、その広い空間を埋め尽くすように、あちこちにデータサーバーのような大きな機器が並んでいる。そして部屋の中央には、メインコンピューターと思しき大型の六角形の筒状の機械が一つ。この筒状の機械は縦に長く、天井につながっている。
前もってハイネが言っていた通り、大きな竜がこの中で戦うにはいささか狭すぎる空間だ。そして、件のファフニールという竜型戦闘マシンらしき姿それ自体もない。
「ふむ。あれがメインコンピューターか」
部屋の中央の筒型の機械を見て、本堂がつぶやく。
ハイネがうなずき、彼の言葉に答えた。
「うん! あれにセキュリティーの解除コードを打ち込めば、施設のセキュリティーを停止させられるはずだよ! コードは大統領のおっちゃんにあらかじめ聞いてるから、操作はあたしに任せて!」
そう言ってハイネがメインコンピューターに駆け寄ろうとした……が、それを日向が制止。
「およ? なんで止めるのクサカベ?」
「待ったハイネさん。やっぱりと言うか、どうやら素直に止めさせてはくれないらしい」
そう言いながら、周囲に向けて警戒の目線を向ける日向。
見れば、部屋の壁や天井に設置された監視カメラが、一斉に日向たちの方を向いていた。映像の死角を生み出すことなくこの部屋を監視するためか、不自然なまでに監視カメラの数が多い。
次いで、無機質なアナウンス音が部屋の中に響き渡る。
『警告。警告。メインコンピューター室に侵入者。システム最終防衛機構、コードネーム・ファフニール出撃要請……承認。ファフニール、出撃します』
アナウンスが終わると、この部屋のあちこちに設置されていた機械群が、床の下へと引っ込み始める。部屋の中央のメインコンピューターは、天井へと収納されていった。部屋の中の壁も動き、部屋の面積がより広がる。
さらに、先ほどまでメインコンピューターがあったあたりの床が大きく開き、その下から一機の大型マシンが出現。
その造形は、一言で表すなら、竜。
四つ足で立ち、長い尻尾を持ち、背中に一対の巨大な翼を持つ、メタルシルバーの竜。
大きさは、日向たちが先日撃破した巨竜型のレッドラムには及ばないが、それでも十分に巨大。一軒家くらいならのしかかり、押し潰してしまうだろう。
この鋼鉄の竜を見たハイネが、声を上げた。
「うわ、ファフニールだ……! そっか、こうやって出てくるのかぁ……!」