第1396話 全滅の真相
●合衆国機密兵器開発所スタッフ モーリスの手記
○月○日
何やら、深刻な事態になってきた。
謎の赤い人型怪物が、アメリカ全土に攻撃を仕掛けているらしい。
おまけに、この施設の出入り口からも見えるのだが、空に届くくらいの有り得ない大きさの何かが出現した。岩の巨人のように見えるが……。
これもマモノ災害に関係する事案なのだろうか。
だとしても、これは、あれだ。
モンスターパニック映画の序盤の、人類が壊滅的な被害を受けるシーンだ。
ああいった映画のように、私も大勢のモブキャラと一緒に死んでしまうのだろうか。その可能性が高いと思う。覚悟を決めておいた方が良さそうだ。
我ながら、こんな事態だというのに、こんな一文を書いて、意外と冷静だなと驚いている。心のどこかで、自分は案外生き残れるかも、なんて思っているのだろうか。
×月×日
大きな地震が起こった。
いや、あれを地震と呼んでいいものだろうか。
どうやら、あの地上に出現していた岩の巨人が、大地を殴って地震を発生させたらしい。地上はひどい有様だ。何百平方キロメートルにもわたって、大地がビスケットみたいにかち割られてしまったようだ。
幸いにも、あれだけ巨大な地震の震源地近くにあったにもかかわらず、この施設は無事だった。さすが、当世最高峰の耐震技術を取り入れて建設された施設だよ。施設の発電機関も無事らしい。
さすがに内壁の一部は崩落してしまったらしいが、それでこの施設が完全にダメになるというわけではなさそうだ。慌てる必要は無い。
外部と連絡が取れなくなって数日が経つ。
どうやら、大規模な電波の妨害を受けているらしい。
地上は全滅したのか、それとも単に連絡が取れないだけなのか、不明だ。
どうしてこんなことになったんだろうな。
家に帰りたい。
□月□日
地上はどうなっているのか、地上に生き残りはいるのか、それを確かめるための調査チームが組まれるという話だ。
あまり人数は集まっていないようだ。
そりゃそうだ。
外は今、化け物がうようよしているともっぱらの噂だ。
その点、この施設はセキュリティーマシンが私たちを守ってくれるし、電気も通っているし、食糧の備蓄もある。立てこもるには最適すぎる。
こんな状況で外に出るというのは、自殺願望があるとしか思えない。
ここは国家にとっても極めて重要な施設だ。
国家が無事なら、放っておくわけがない。
必ず軍隊を派遣し、私たちを救出に来てくれる。
だから、待っているだけで良いんだ。
来なかったら、まぁその時はその時だ。
幸い、この施設は農作物の生産などもやっているので、贅沢をしなければ一生をここで引きこもりながら過ごすことだってできる。
こんな状況で調査チームに人が集まるとは、とうてい思えないがな。
△月△日
調査チームがここを出てから数日が経ったが、誰一人として戻ってこない。
やはり地上は危険地帯だったか。
それとも、彼らはまだ調査を続けている途中なのだろうか。
どちらにせよ、私たちは待っているだけでいい。
助けが来たら万々歳。
来なかったら、その時はその時。どうにかなるはず。
こんな状況なので、もう開発の仕事をする必要もない。少々窮屈で退屈な点以外は、快適な長期休暇とも言えるかもしれないな、この状況は。
(このページは、まるで怒りをぶちまけたかのように、ペンの筆跡でグシャグシャにされている)
◇月◇日
食糧の備蓄が少し危うくなってきた。
このままでは、この施設にいる全員を食べさせることが難しい。
何人かは、もうこの施設に居続けるのも限界だと言って地上へ向かってしまった。しかし、彼らが減った分を考慮しても、やはりこのままでは食糧がもたない。かと言って、強引な手段で施設内の人数を減らすわけにもいかないしな……。
どうしたものか。
施設長あたり、何か妙案を思いついてくれないものか。
☆月☆日
最悪だ。
施設長が裏切った。
この施設のセキュリティーレベルを最高段階の5に引き上げたんだ。
セキュリティーレベル5は、我々がこの施設を完全に放棄したことを想定し、外部の人間が施設内の研究成果を悪用しないように、セキュリティーマシンに全自動で、無差別に人間を攻撃させ、この施設を絶対に防衛させる。
その攻撃対象には、私たち一般研究員たちも含まれている。
施設長含む役職者は除外される。
施設長は、役職者である自分が施設内の食糧を独占するために、私たち下の人間を減らしにかかったのだ。おまけに、自分以外の役職者は射殺して排除してしまったらしい。
多くの研究員たちがセキュリティーマシンに始末されてしまった。地上へ逃げ出そうとした者たちも、恐らくトラップに引っかかって、もう生きてはいないだろう。
そして諸悪の根源である施設長も、彼に反発した研究員たちと撃ち合いになり、共倒れになったと聞いた。誰一人として幸せにならない最悪のシナリオだ。
今、私はこの記録を、自室のクローゼットの中に隠れながら書いている。
現在のところ、私はまだセキュリティーマシンに見つかっていないようだ。だが、こんなアナログな隠れ場所、いつ見つかってもおかしくない。
このまま見つからないことを祈りながら、外部の人間が助けに来てくれるのを祈るしかないか。
ああ、しかし、デストラップダンジョンと化したこの施設を、いったいどこの軍隊が好き好んで突入するというのだろうか。
何人かの研究員は、この施設のセキュリティーシステムを停止しに向かったようだが、レベル5時のメインコンピューターは、あの『ファフニール』が防衛している。このままではどうしようもないとはいえ、奴の監視をくぐり抜けることができるとは思えない。ましてや撃破など。
こんな状況になるのなら、私も早いうちに地上へ逃げていれば良かっただろうか……。
(ここからの記述は、筆跡がひどく乱れていて読みにくくなっている)
たぶん*月*日
あれからずっと、クローゼットの中に隠れ続けている。
最後に明るい光を見たのは何日前だったか。
腹が減った。
喉がカラカラだ。
今日が何日かも、よく分からなくなってきた。
後悔している。
私は兵器開発担当の一人として、多くの兵器を開発してきた。
兵器開発に関しては、世界有数の頭脳を持つという自負がある。
そんな頭脳を持ちながら、こんな状況に直面するまで、私は何もしなかった。
食糧開発の研究とか、施設外を探索して食糧を見つけるとか、色々と手立てはあったんじゃないか。いつかの呑気していた私を思い出すと、あの日の私を首を絞めて殺したくなる。
今となっては、何を考えても後の祭りか。
生き地獄だ。
呼吸をするだけで、胃が苦しい。
呑み込んだ唾がベットリとしていて、狂いそうになる。
もういっそ、セキュリティーマシンに殺されてもいい。
だが、このクローゼットの戸は私自身が接着してしまった。
セキュリティーマシンに開けられないように。
もはや、こじ開ける体力も残っていない。
頼む。
マシンでも、この際、人間でも構わない。
誰か、私を見つけて、殺してくれ。
#日
殺してくれ。
殺してくれ。
助けてくれ。