第1386話 反則技
セントルイス攻略戦から、一夜が明けた。
日向の存在のタイムリミットは、残り十日。
ついに、両手の指で数えられるほどにまで期限が迫った。
「だ、大丈夫……なんだよな、俺?」
心配そうに日向がつぶやく。
さすがにここまで来ると、彼も冷静ではいられない。
そんな日向に、後ろからマードック大尉が声をかけてきた。
「気持ちは分かるが、落ち着いてほしい。ひとまずグラウンド・ゼロ討伐は、上手くいけば二日後には達成できる予定だ」
「おお、そうなんですね。そうなると、最後の”生命”の星殺し、ロストエデンの討伐に使える日数は七日か八日……。狭山さんと戦う準備をする日も欲しいから、五日くらいが現実的になるかな。それだけあれば、いける……かな……?」
「まぁ、心配だろうな。だが、今は冷静さを保ってくれ。『星殺し』をも倒しうるお前の能力は、人間たちにとっての……いや、この星にとっての希望だ。こちらのチームの人員にも、今やお前を旗印として見ている者もいる。そんなお前が暗い表情をしていては、チームの士気にかかわるのでな」
「厳しいことを言ってくれますね……。ところで、今日はどう行動する予定なんですか? 俺たち、珍しく昨日は何も聞いてないんですけど」
「ああ、それなのだが……」
……と、ここで、アメリカチームの通信兵のジュディが、慌てた様子でマードックのもとへ走ってきた。
「大尉! 大変です! 次に向かう予定の街ですが、偵察の結果、昨日のセントルイスと同規模の戦力が集結している模様です!」
「やはり、敵はまだ戦力を残していたか。分かった、報告ご苦労」
いたって冷静に返事をするマードック。
その一方で、今の報告を隣で聞いていた日向は、慌てふためいていた。
「き、昨日と同規模の戦力!? 嘘でしょ!? 昨日と同じ激戦を今日もやれって!? アメリカチームの兵士さんだって昨日の戦いで大勢が戦死してしまったのに!?」
日向の動揺も、もっともだ。
昨日は兵士だけでなく、戦闘機や爆撃機も撃墜された。
銃器や弾丸、ミサイルや焼夷弾など、装備も多く消耗した。
もうこのチームには、昨日と同じレベルの戦争に勝利できるほどの余力は残っていない。よしんば勝利できたとしても、前線の兵士は恐らく一桁にまで減少し、それ以上は戦えなくなるだろう。
何よりも、それだけ犠牲が出ることが確定している戦いを何度も繰り返すのは、日向の良心も痛む。なまじ彼自身は死なないため、なおさら他人に死を押し付けるような行ないは罪悪感が強い。
「マードック大尉、その街には絶対に向かわなきゃいけないんですか? この戦闘は回避するべきです!」
マードックに声をかける日向。
声をかけられたマードックは、ゆっくりとうなずいた。
「分かっている。この戦闘は回避するべきだ」
「あ、回避してくれるんですね。よかった……」
「だが、その街……。正確には、その街の近辺の『ある施設』にだが、避けては通れない用がある。その街のレッドラムを放置しては、施設に街中のレッドラムが一斉に攻め込んでくる危険性があるな」
「じゃあ回避できないんじゃないですか!」
「慌てるな。何も、避けて通るだけが『戦いを避けること』ではない」
「え? それってどういう……」
首をかしげて、マードックに質問する日向。
マードックは少し複雑な表情で、ため息を一つ吐いていた。
「できれば、この手段は使いたくなかった。合衆国の大地に『傷』を残すことになるからな。だが同時に嫌な予感がして、この手段を確実に成功させるために、部下たちを犠牲にしてまで仕込みをしていたのも事実。ならば私も覚悟を決めて、この『反則技』を使わせてもらうとしよう」
◆ ◆ ◆
一方、こちらは、ジュディの報告に挙げられていた街。
地理的には、コロラド州デンバーの近郊。
数年ほど前に人が集まり始め、そして建設された新興都市だ。
そんな輝かしい新興都市も、今はレッドラムに占拠されていた。
七百体規模の通常個体レッドラム、六十を超える目付きのレッドラム、街の各所に配置されたミサイル砲台型レッドラム十基、さらには、セントルイスで見たものとは造形が違うが、巨竜型らしき目付きのレッドラムの姿もある。しかも二体だ。
その総戦力は、セントルイスの時よりさらに強大。
極めつけに、鮮血旅団の姿もあった。
将軍型のレッドラムと、スピカ型のレッドラムだ。
「人間ドモ、マサカ昨日ノ戦闘ノ後デ、コレダケノ戦力ガ残ッテイルトハ思ウマイ。連中ノ絶望シタ表情ヲ、是非見テミタイモノダナ」
腕を組みながら、満足げにつぶやく将軍型。
そんな彼に、スピカ型が声をかける。
「将軍ー。剣士くんはまだこっちに来てないのー?」
「アア。奴ハ我々ト違ッテ、瞬間移動系ノ能力ヲ持ッテイナイカラナ。セントルイスカラ徒歩ダ」
「かわいそー。キミの次元の裂け目で一緒に移動させてあげればよかったのに」
「昨日ノ戦闘デ、シバラク消息不明ニナッテイタノダ。今日ニナッテ反応ガ復活シタカラ無事ヲ確認デキタガ、正確ナ位置ハ掴メテイナイ」
「でも、やろうと思えば、正確な位置も把握できるんでしょ? 意識の分散……だっけ? それを停止すれば……」
「アレハ、今ハ使ウツモリハナイ。王ノ『ポリシー』ダソウダ」
「遊びが好きだねー、ワタシたちの王子さまは」
……と、その時だった。
将軍型とスピカ型は、この街のはるか上空に、アメリカチームの無人機らしき飛行物体が飛んでいることに気づく。
「なんか飛んでるねー。たしかにあの高さじゃ、こっちのミサイル砲台じゃロックオンできないか。どうする? ワタシが”瞬間移動”で近づいて叩き落としてこようか」
「ソウダナ……。ソウシテモラウカ……イヤ、少シ待テ」
空を飛んでいた飛行物体が、この街めがけて急降下を開始した。高高度強襲だ。
飛んできたのは無人爆撃機だ。中に人間は乗っていない。
やがて、ミサイル砲台型レッドラムの射程圏内に突入する。
砲台が発射したミサイルが、無人爆撃機に命中。
爆撃機は空中でバラバラになり、街へと墜ちていく。
まるで自ら墜とされに来たかのような、無人爆撃機の挙動。
これを見た将軍型は、何かを察した。
「コレハ……ヤラレタナ」
「うーん、ワタシもあの爆撃機が何をするつもりか、分かっちゃったかも」
「コウナッテハ、止メニ行ク方ガ危険ダ。我々ダケデモ退避スルゾ」
「らじゃー」
やり取りを終えると、将軍型は次元の裂け目を開いて、その中に入る。スピカ型も”瞬間移動”の超能力で姿を消した。
そして同時に、街中に向かって落下していた無人爆撃機が、突如として発光。
次の瞬間。
無人爆撃機を中心として、街全体が真っ白な光に包まれた。
光が治まると、全てが消えていた。
七百体規模の通常個体レッドラムも。
六十を超える目付きのレッドラムも。
街の各所に配置されたミサイル砲台型のレッドラム十基も。
二体の巨竜型のレッドラムも。
新興都市そのものも。
光に包まれた総てが、消滅した。