第1384話 チームの中で誰よりも
セントルイスの前線基地の一角にて、アメリカチームのサミュエル中尉とリカルド准尉が顔を見合わせていた。
「生き残ってしまったな、俺達二人は」
「そうですね……」
生き残った。
それは喜ぶべきことなのだろうが、二人の表情はやや暗い。
今日のセントルイス攻略戦の目標の一つに、鮮血旅団の討伐があった。
サミュエルとリカルドは今日、その鮮血旅団のうちの一体である光剣型のレッドラムと遭遇。光剣型の戦闘力は圧倒的で、まともな勝負ではとても敵わない相手だった。あのまま光剣型との戦闘を続けていれば、サミュエルとリカルドは光剣型に斬り殺されていただろう。
そんな状況を、途中から駆けつけてくれたミオンが助けてくれた。
彼女は本来、スピカ型のレッドラムを討伐しに行くはずだったが、その予定を変更し、サミュエルたちを助けに来てくれたのだ。
しかし、途中まではミオンが優勢だったが、最後に光剣型が逆転。
ミオンは光剣型に重傷を負わされ、逆に始末されそうになった。
ミオンの窮地になんとか駆けつけたサミュエルたちは、チームメイトだったルカン少尉の決死の行動により、ミオンを救出してその場を離脱することができた。
結果、サミュエルとリカルドは光剣型との戦闘から生き延びることができたものの、自分たちを助けたせいでミオンは一時戦線離脱、さらにルカンを犠牲にしてしまい、鮮血旅団は一体も討伐することができなかった。
「冷静でいるよう努めていますが、やはり堪えますね……。生き延びた喜びと、生き延びてしまった申し訳なさ、いったいどっちを優先すればいいのやら……」
「場合によっては自ら命を捨てることも覚悟する。そう誓った身としては、全く本当に、こういう立ち位置は自分が惨めに思えてくるな」
普段から不敵な態度を崩さないサミュエルも、今回ばかりは弱気な発言。
しかしサミュエルは、すぐにその弱気を振り払い、再び強い語気でリカルドに語り掛ける。
「だがそれでも、俺達二人は生き延びた。いや、生かされた。であるならば、その恩に報いる働きを、これから見せなくてはならん」
「そうですね……」
「そして、せっかく助けてもらった命だ。その報恩は、俺達二人の命を犠牲にしないという形で果たさねばならない」
「なかなか難しい注文ですね……。具体的に何をするつもりか、考えはあるんですか?」
「鮮血旅団の将軍型のレッドラム、これを倒す」
「は……?」
絶句するリカルド。鮮血旅団の討伐は、彼が考えていた報恩の中でも、最も命を犠牲にする確率が高いものだったからだ。
今しがた、サミュエル自身が「助けてもらった命を無駄にしないようにしよう」と言ったばかりなのに、この提案。
「ちょ、中尉、冷静に考えていますか? 鮮血旅団の討伐って……」
「冷静だ。俺達二人で光剣型に挑んでも歯が立たなかったのは、きょう体験した通りだ。スピカ型もARMOUREDを退けるほどの能力を持っている。これらを踏まえれば、将軍型があの三体の中で最もマシな相手だ。ゆえに俺達二人で倒す。至って冷静な判断だろう」
「それはそうかもしれませんが、そもそも僕たち二人で鮮血旅団を狙うということ自体が……」
「だが冷静に考えてみろ。俺達二人の埋め合わせとしては、それくらいはしなければならないだろう?」
確かに、サミュエルの言う通りではある。
ミオンが離脱した以上、光剣型やスピカ型は、予知夢の六人やARMOUREDが担当しなければならなくなる。そして鮮血旅団の先には、『星殺し』グラウンド・ゼロも待ち構えているのだ。彼らだけでは手が足りなくなる可能性は十分にある。
鮮血旅団やグラウンド・ゼロが一体ずつ順番に来てくれるのなら、予知夢の六人やARMOUREDだけで事足りて、サミュエルたちの出番はないかもしれない。だが、もしも今日の鮮血旅団のように、一度の戦闘で全戦力を一気にぶつけてきたら、どうするか。
いや、戦力は基本的に、分けるより集中させる方が効果的だ。
ならばきっと、鮮血旅団もその定石に則ってくる。今日のように。
であれば、せめて鮮血旅団の中でも最も戦闘力が低いであろう将軍型くらいは、予知夢の六人やARMOUREDに頼らない戦力で仕留める方法を考えておくべきだ。
サミュエルの言葉を受けて冷静に判断した結果、リカルドもまた、その結論に行き着いた。
「准尉」
サミュエルが、なにやら改まった様子で声をかけてきた。
リカルドもつられて気が引き締まるような思いをしつつ、返事をする。
「なんですか、中尉」
「率直に言って、俺はお前が好かん」
「いきなり喧嘩売ってるんですか?」
「しかし、予知夢の六人やARMOURED以外で、将軍型と相対する時に頼りになる戦力と言われたら、極めて、誠に、実に不本意ながらもお前しか思い浮かばん」
「褒めているようでやっぱり喧嘩売ってますよね?」
「よって、今回ばかりはいがみ合いを収め、将軍型のレッドラムを倒すため、そして本土奪還作戦を成功させてこの星に希望を取り戻すため、本気で共闘しないか。いや、してくれ。頼む」
誠実に頼み込んでいるように見せかけて、やっぱりいつもの傲慢さを隠し切れていないな、とリカルドは心の中でため息をつく。
(本当に、相変わらず頑固で不器用というか、なんというか……)
だが、リカルドも分かってはいる。
このサミュエル・カーライルという男は、こういう生き方しかできないということを。
彼は、誰に対しても厳しい。
新兵に対しても。同期に対しても。
時には上官に対しても。
そして当然のように、自分に対しても。
軍人たるもの、常に鍛錬を怠るな。
それが彼の口癖だ。
たるんでいる兵士、怠けている兵士の存在を、彼は許さない。
しかし同時に、彼が怠けている姿というのも、リカルドは見たことがない。
戦場では、時に非情にならなければならない。
助けてくれと叫んでも、期待するな。
事実、作戦成功のために部下を捨て石にしようとした時もあった。
しかし同時に、彼が誰かに助けを請う姿もまた、見たことがない。
彼はきっと、このアメリカチームの中で、誰よりも頑固で、不器用なのだ。
沖縄で日本チームと決着をつけることが決定した時、日本チームを全力で始末する意思を最初に表明したのは彼だった。
互いの立場から敵対することになるとはいえ、味方のチームに本気の殺意を向けるなど。
そう思い、サミュエルを白い目で見る兵士もいた。
しかしきっと、それは作戦の成功率を少しでも上げるため、彼なりに兵士たちの意見を一致させ、まとめ上げ、団結させようとしたのかもしれない。
そんなサミュエルが、言葉の端々に傲慢さが見え隠れしているとはいえ、こうして素直にリカルドに助力を願っているというのは、彼なりの最大級の努力と言ってもいいのだろう。
だからリカルドは、心の中で呆れた風にため息を吐きながら、返事をした。
「分かりました。こちらこそ超絶、究極、全くもって遺憾ですが、ここは全力で協力しましょう」
「なんだ、そんなに嫌なら断っても良かったのだぞ」
「いや、先に仕掛けてきたのはそっちでしょうがっ!」
思わず身を乗り出して、リカルドはサミュエルにツッコんだ。




