第1383話 ”二重人格”の本質
こちらはセントルイス前線基地、技術チームのテント。
その中では、マードック大尉が技術チームの人間から義体の修理を受けていた。
彼はスピカ型のレッドラムとの戦闘時、彼女の”念動力”を受けて、義体の機構を内部からいじられ、機能停止させられていた。故障した電子回路などを点検し、新しいものに取り換えてもらっている。
やがて、その修理も終わった。
マードックは寝台から起き上がり、身体の調子を確かめる。
中心となってマードックの修理を担当したハイネが、彼に声をかけた。
「どう大将? 動作がおかしいところとかない?」
「良好だ。思う通りに身体が動く。相変わらず良い仕事だ、ハイネ」
「えっへへー、でしょー。まぁ、大将の義体が内側から壊されるとか初めてのことだから、ちゃんと修理できているか、実際はこっちもビクビクだったんだけどさ。その大将の感想を聞いて安心したよ」
プラスドライバーをくるくると回しながら、得意げに答えるハイネ。
会話していたこの二人のもとに、ジャックとコーネリアスがやって来た。マードックが快復したかどうか確認しに来たようである。
「よぉマードック、調子はどうだ?」
「ジャックか。少尉もいるな。ああ、ハイネのおかげで無事に再稼働できた。先の戦闘ではすまなかったな。足を引っ張ってしまった」
「ま、良いってことよ。誰でも上手くいかない日ってのはあるわな」
「新兵時代ジャックのやらかしニ比べれバ、これくらいハ大したことないかラ気にしなくテいいぞ大尉」
「おいこらコーディ、他人のカバーのために俺をディスるなよ」
「ふっ、そうだな。あの時のジャックのやらかしに比べればな」
「かーっ、当のマードックまで言い出しやがった。せっかく俺が大人なコメントで気遣ってやったってのによー」
「冗談だ。……だが、スピカ型に無力化させられ、地面に転がされた状態で、部下たちをみすみす死なせてしまったあの悔しさは本物だ。次に相対した時は、必ず勝つ」
「……ああ、そうだな」
マードックの言葉に、ジャックとコーネリアスも力強くうなずく。今回の戦闘で得たスピカ型に関するデータは、次に彼女と相まみえた時に大きく役立つはずだ。
スピカ型にやられた者たちだけでなく、今回のセントルイス攻略戦では、チーム全体で大きな犠牲を払ってしまった。特に、前線を担当する兵士たちは半数近くを失うことになった。
この責任はいつか、必ず取らなければならない。
ジャックとコーネリアスと会話する裏で、マードックは固く誓った。
それから、ふとマードックは何かに気づいたように、再びジャックとコーネリアスに声をかける。
「そういえば、レイカとアカネはどうした?」
「あの二人なら、ヒュウガたちのとこのスピカに会いに行っているみてーだぜ。レッドラムの方のスピカと戦っていた時に発現した『例の能力』について、アーリアの民としての考えを聞いておきたいそうだ」
「そうか、なるほどな。私もあの時、目視で確認していたが、いったいあの能力は何だったのだろうか。一度の斬撃で二つの斬撃。超能力とはいえ、ただの二重人格というだけで、あのような芸当が可能になるのか? それとも、全く別の超能力が覚醒したのだろうか」
「あるいは、アイツら二人でも今まで気づいていなかった、”二重人格”の隠された能力なのかもしれねーな」
◆ ◆ ◆
一方、こちらはレイカとアカネ、そして彼女ら二人が会いに来たスピカの様子。
今はレイカの人格が表に出ている。
黒髪青目の清廉な女性が、ふよふよと漂う幽霊女に、背筋を伸ばして声をかけていた。
「お時間を取らせてしまってごめんなさい、スピカさん」
「いいよいいよー、気にしないで。どうせ幽霊のワタシは肉体労働とかできないからねー。皆が事後処理で忙しそうな中、むしろ時間を持て余してたよ」
「そうおっしゃってもらえると助かります。それで、私たちの”二重人格”についてなのですが……」
「うん。ワタシもキミたちの戦闘データを見せてもらったよ。いやぁなるほどなるほど、そういうわけだったんだねー」
レイカたちが持つ”二重人格”の超能力は、アーリアの民は誰も持っていない、地球人オリジナルの超能力だ。なので、スピカは自身の推察が多めであることを念押ししてから、”二重人格”についての考察をレイカたちに語る。
「まず結論から言うと、あの時、アカネちゃんがワタシのレッドラムに斬りかかった時に、同時に発現した青いエネルギーの刃……。アレはたぶんレイカちゃんの斬撃だね」
「それは私もそう思いました。冷静に思い返してみれば、あれは私が繰り出そうと強く思っていた攻撃でした。アカネが私に切り替わったら、すぐにそれを実行しようとして……」
「うんうん。で、なぜそんなものをキミたちが繰り出せたか。これは恐らく”二重人格”の能力によるもので間違いないと思う。ワタシたちはキミたちの能力を『二つの人格がある』という風に捉えていたけど、それは正確じゃなかったんだ」
スピカが語る”二重人格”の本質。
それは、「一つの肉体に『魂が二つ存在すること』」だという。
これは、世間一般に認知されている、脳のバグが原因による「普通の二重人格症状」とは、似ているようで明確に違う。
それがよく示されている例は、レイカやアカネが気絶した時に見られる反応だ。
レイカとアカネは、どちらかの人格が外部からの衝撃などにより気絶してしまった時、気絶していないもう一方の人格が、肉体を再起動させることができる。沖縄で日影と戦った時に、それを見せたことがある。
だが、これは「普通の二重人格症状」の人間には不可能な芸当だ。一つの肉体にどれだけ人格が宿ろうと、その人格は全て、脳に保有されている。肉体が気絶して脳が機能停止してしまえば、全ての人格もまた停止する。
つまりこれは、レイカとアカネの人格は、彼女らの肉体である脳が保有しているのではなく、肉体と分離して動くことができる魂が保有していることの証左に他ならない。
アーリアの民の超能力の本質は精神エネルギーの発露。
つまり、魂の操作。
スピカ型のレッドラムと戦っていた時に、アカネの攻撃に合わせてレイカが繰り出した二つ目の斬撃。あれはレイカの精神の成長に合わせて、彼女の精神エネルギーが具現化したものだろう、とスピカは語った。
それを聞いたレイカは、納得したようにうなずいた。
「なるほど。良かったです、私たちが予想していた答えとおおむね合っていました」
「なんだ、キミたちも予想済みだったんだねー。けれど、それじゃあキミたちはワタシに何を聞きにきたのかな? ただ予想済みの答えを確認しに来ただけにしては、もっと強い『これを聞かなきゃ帰れない』って感じの意志を感じるんだよね」
「それはもちろん、あなたをアーリアの民……超能力の大先輩と見込んで、この能力をさらに鍛え上げる方法を聞きに来ました。『一度に二つの斬撃』は、いわば序の口、登竜門。この能力はきっと、さらに上を目指すことができるはず」
「なるほどねー。よぉし、そういうことなら力を貸すよー! まずは、キミたちの精神エネルギーをしっかりと形にするところから始めよっか!」
「はい! よろしくお願いします!」
こうしてレイカとアカネは、スピカからの教えを受けて、”二重人格”の超能力をさらに高めるための鍛錬を開始した。