第1382話 セントルイス攻略完了
街一つを舞台に繰り広げられた、長く激しい戦闘。
これを制して、日向たちはセントルイスの街をレッドラムから奪還することに成功した。
現在、日向たちとアメリカチームは、セントルイス攻略戦で築いた前線基地をそのまま使い、コロンバスの街で留守番させていた人員の呼びつけや、負傷兵の手当てなどを行なっている。
勝利はしたが、支払った代償も大きかった。
今回の戦闘で、アメリカチームは半数近い戦闘兵が戦死してしまった。
また、今回の作戦では、当初は鮮血旅団を構成する三体の目付きのレッドラムの討伐も目標としていたが、光剣型は生死不明。スピカ型と将軍型は撃退止まりとなり、討伐には至らなかった。
スピカ型には多少の手傷は負わせたものの、再戦する時には万全の状態に回復してしまっているだろう。彼女の実力を嫌というほど見せつけられた者たちにとって、『今回の戦闘での努力は全て無駄となり、また振り出しに戻る』というこの事実は、非常に重い。
陽が落ち始め、空が暗くなり始める。
現在、この星は曇り空に覆われているため、空は夕焼けづくことなく、曇ったまま暗くなっていく。雲と雲の間から、わずかに暗い夕焼け色が見えるのみだ。
そんな空の下、日向とシャオランが走る。
彼らが向かっているのは医療チームのテント。
目的は、ミオンの見舞いだ。
ミオンは光剣型のレッドラムと交戦し、大きな傷を負ってしまった。セントルイス攻略戦終了直後、すぐに北園とエヴァがミオンの傷の手当てのために呼ばれていた。
幸い、北園とエヴァがミオンのもとへ駆けつけた時には、ミオンが光剣型から受けていた”怨気”はほとんど抜け落ち、傷も北園の”治癒能力”で治すことができた。
しかし、その時はミオンも消耗が激しく、普段はお喋りな彼女も、ずっと辛そうに呼吸を繰り返しているだけだった。戦闘時の詳しい状況などについては、とても聞ける状態ではなかった。
そのミオンが、意識を回復したと連絡が入った。
なので、改めてお見舞いに行こうというわけである。
六人全員で見舞いに行きたかったところだが、北園と本堂、それからエヴァは他の負傷兵の手当てを担当し、日影は残存しているレッドラムがいないかの警戒。残った日向たち二人が、ミオンの容態を確認することになった。
「血まみれの師匠を見た時はホントにビックリしたけど、ひとまず意識が戻ったみたいで良かったよぉ……」
「普通に死んでてもおかしくない傷の深さだったよな。あの人だから耐えられたってところなのかな。ともあれ、ミオンさんはどれくらい回復したんだろうか」
会話しながら医療チームのテントに入り、日向とシャオランはミオンが寝かされているベッドへ向かう。
ベッドの中のミオンは眠ってはおらず、日向たちが来ると上体を起こして出迎えた。
「あらあら、シャオランく~ん! それに日向くんも~! お見舞いに来てくれたの? 嬉しいわ~!」
「あ、思ったより元気そう?」
「なんだかボクはそんな予感がしてたなぁ」
ここに担ぎ込まれた時には間違いなく死にかけていたのに、あれから半日と経たずにいつもの調子に戻っているミオンを見て、日向とシャオランは思わず肩の力が抜けた。
「ともかく、無事でよかったですミオンさん。具合はどうですか?」
日向がミオンに尋ねる。
ミオンはいつものように元気いっぱいに返事。
しかし……。
「おかげさまでバッチリ! ……と言いたいところなんだけど」
「え、何か問題が?」
「傷のほうは、本当におかげさまですっかり塞がってるわ。けれど、やっぱりちょっと血が出過ぎちゃったみたいで、貧血気味なのよね。医療チームの人たちからもドクターストップを受けちゃって、私はしばらく戦闘はお休みしないといけないみたい」
「あー……それは、仕方ないけど痛いですね……」
日向たち人間陣営の中でも最高峰の戦力を持つミオンが、しばらく戦闘から外れざるを得ない。これは日向の言う通り、極めて手痛い損失だ。
「一応聞きますが、この医療チームには輸血パックとかないんですか? いや俺も、負傷したばかりのミオンさんに輸血パックぶち込んでまで、すぐに戦場に引き戻すというのは、極めて気が引けるんですけれども」
「もちろん、用意はしているみたい。けど……地球の人間の血液は、どう足掻いても私には合わないのよ~」
「あぁそうか、そういえば宇宙人でしたねあなたは……」
「そういうこと。血液の成分それ自体が地球の人間とは違っているのよ、私たちは。たとえエヴァちゃんでも、私たちアーリアの民に適合した血液を生成するのは難しいでしょうね。地球には存在しない成分も含まれてるし」
こうなってはもう、どうしようもない。
やはりミオンには、しばらく休んでもらうことになるだろう。
「完全勝利なんて偉そうに謳っておいて、結果はこのザマ。光剣型は仕留め損ねて、助けるはずの兵士さんも助けられなかった。スピカちゃん型のレッドラムも、多くの兵士を殺してしまったと聞いたわ。やっぱり私は光剣型を相手にせず、スピカちゃん型を確実に仕留めておけば、犠牲は最小限で済んで、敵の戦力も確実に削げたのかなって、少し後悔というか、未練が残っちゃうわね……」
微笑みはしているが、いつになく暗い雰囲気で、ミオンはそうつぶやいた。
リカルド准尉は、この件についてミオンに「必要以上に気を落とさないでください」と話していたが、やはりこういった未練は簡単に蓋はできないものだ。黒くて重々しい泉のように湧いて出てくる。
ミオンの言葉を聞いた日向は、どう答えれば良いか迷ってしまい、彼女と共に押し黙ってしまう。
そんな中、シャオランが口を開いた。
「でも、師匠。師匠はそれでよかったんじゃないかな……。大きな目で見たら、たしかに師匠がスピカ型を倒しに行った方がよかったのかもしれないけど、それでも、目の前の命を見捨てずに、光剣型の相手をしに行ったのは、師匠が何よりもそうしたかったからでしょ?」
「シャオランくん……」
「だからさ、もしも師匠がスピカ型を倒しに行って、サミュエルたちを見捨てていたら、たとえスピカ型を倒せていたとしても、今よりずっと後悔してたんじゃないかなって思うんだ。だから、きっと師匠としては、これでよかったんじゃないかな……って思うの」
「そう……かもね。たしかに、後悔はしていたでしょうね。さすが”空の練気法”まで辿り着いたシャオランくんね。まんまと諭されちゃったわ」
「そ、そうかな。えへへ」
師匠のミオンに真っ向から褒められて、シャオランは顔が綻んだ。
そして、ミオンの表情にも活気が戻る。
「こうなった以上、いつまでも『たられば』の話をしていても仕方ないわよね。次の未来のために動かなきゃ! そうと決まればシャオランくん、紙とペンとかあるかしら? 光剣型の戦い方を振り返って、次に戦う人たちが少しでも戦いやすくなるよう、分析記録とか作ってみようと思うわ」
「わかった、アメリカチームの人たちにもらってくるね。けど……光剣型は生死不明、生きているかもしれないけど死んでいる可能性も高いって聞いたよ? 超至近距離から爆発に巻き込まれて、倒壊したビルの下敷きだって……」
「あれは絶対、あんなふうに終わるタマじゃないわ。必ずまた姿を現す。残念なことだけどね。だから、この私の行動も無駄にはならないはず。心配しないでシャオランくん」
「ん、わかった。じゃあ、もらってくるね」
そう言って、ミオンのもとを離れるシャオラン。
以上のシャオランとミオンのやり取りを見ていた日向は、ここまで共に戦ってきた仲間として、シャオランの成長をこの上なく実感していた。
「初めて会った時と比べると、もう『どちら様だよ』って言いたくなるくらいの変わりっぷりだな……。本当に、頼りになる仲間になってくれたよ」