第1377話 放してやった
ピエロ型のレッドラムは、まだ死んでいなかった。
そして、ここまでピエロ型のレッドラムを相手してくれていたマイケルはとうとう致命的なダメージを負わされ、倒れてしまった。
前線基地にいる兵士たちが、息を呑む。
マイケルは、ここにいる兵士たちの中でも最強格。
彼がやられたということは、他の兵士たちもピエロ型にはまず敵わないということ。
「サァ、楽シイ楽シイ殺戮ノ時間ダヨォォ!!」
そう言ってピエロ型は、両手に握るシンバルの回転刃をすり合わせてみせる。刃は火花を散らし、ひどく耳障りな金属音が鳴り響いた。
チェーンソーといい、丸ノコといい、駆動する刃というのは人間に恐怖心を与える。他の兵士たちは、「ピエロ型に斬られてしまったマイケルや他の兵士たちを早く助けないと」と思いながらも、ピエロ型を恐れてしまい、動けずにいた。
「前線で戦ってる連中は、こんな化け物を毎回相手にしてるのか……。すっかり動けなくなってしまった自分が情けない……!」
「俺は普段は前線働きだけどよ、マイケルって下手な突撃兵よりずっと強いんだぜ……? マイケルが勝てなかった以上、俺だけじゃ絶対無理……」
このままでは、前線基地壊滅は時間の問題。
おまけに、マイケルたち負傷兵の治療も急がなければならない。
兵士たちの動きが止まっている間に、ピエロ型が襲い掛かってきた。近くにいた兵士めがけて回転刃のシンバルを振りかぶる。
「ヒヒヒィ!!」
「こいつ……!」
兵士は手から電撃を撃ち出して、ピエロ型に命中させる。
だが、やはりピエロ型は止まらなかった。
そして、ピエロ型がシンバルを振り下ろす。
その時。
兵士とピエロ型の間に、一つの人影が素早く割り込んできた。
そして、その人影は、迫ってきたピエロ型の下顎を、アッパーカットで見事に捉えて殴り飛ばしたのだ。
「YOー! オレっち、グーパンチ!」
「BUUU!?」
”地震”の震動エネルギーが、拳の威力を増幅させる。
骨格が激震によってシェイクされて、ピエロ型の頭部は砕け散った。
駆けつけたこの男はロドリゴ・マルティン少尉。先ほどまでスピカ型のレッドラムと戦って、この前線基地まで一時撤退してきた兵士だ。
「ロドリゴ! 応援に来てくれたのか!?」
「やー、普通にチームが壊滅しちゃって一時撤退してただけなんだけどな、そしたら前線基地が襲われてるって連絡を受けて、オレっちだけ急いで駆けつけたってワケ。後からジョーンズと、ちょっと意気消沈しちゃってるけどニコちんも来る予定だぜ」
「ジョーンズが来るのか! あいつたしか治療系の異能が使えたよな!? これでマイケルたちを治療できる!」
「どうやら、けっこうグッドなタイミングで帰ってきたみたいだなオレっちたち。まぁでもそれは、まずこのピエロ野郎をどうにかしてからだよな」
そう言ってロドリゴは、ボクシングのファイティングポーズを取る。
頭を吹っ飛ばされたピエロ型は、まだ生きていた。
散らばった血液が崩れた頭部に集まり、元の形を取り戻し始めている。
「マタ邪魔ガ入ッタ……! アア、ツマラナイ! ツマラナイ!」
「気を付けろロドリゴ! こいつ何を喰らわせても全然死なないんだ! それこそ、日本チームが持っている『太陽の牙』とやらでも使わないと倒せないかもしれない!」
「ふーん……? けどコイツ、いくら目付きのレッドラムとはいえ、『星殺し』でもなければ鮮血旅団でもない木っ端っしょ? 不死身なんて御大層な異能を持っているモンかねぇ? 何か弱点とか、不死身のカラクリでもあるんじゃないか?」
そう言うと、ロドリゴの眼がわずかに光を宿す。
その光る瞳で、ピエロ型をジッと見つめている。
「ナンダオ前、ナニ見テンダヨ」
「……はっはぁ、なるほどねー。こりゃズルいわ。オレっちじゃなきゃ倒せなかったかもな」
するとロドリゴは突然、ピエロ型に背中を向けてダッシュ。この前線基地の資材が積まれている場所を目指して走る。
「え、ロドリゴどこに行くんだ!?」
「ソノ方向ハ……オイ待テオ前!!」
ピエロ型は、逃げるロドリゴを嘲笑うかと思いきや、明らかに焦った様子でロドリゴを追いかけ始めた。
ロドリゴは資材の山の前までやってくると、その資材と資材の間あたりに左手を突っ込む。どうやら何かを探しているような様子だ。
「お、見っけ」
ロドリゴが資材の山から左手を引き抜いた。
彼の手には、一体の真っ赤な人形のようなものが握られていた。
「その真っ赤な小さいの、まさかレッドラムか?」
「ああ。あのピエロ型の本体ってところだな。こいつがここで隠れて、ピエロ型を操っていたみたいだぜ」
「そうか、あのピエロ型は、この小さいレッドラムの武装に過ぎなかったから、いくらピエロ型を攻撃しても、本体であるこいつにダメージは届かなかったし、ピエロ型を倒しても本体が遠隔で修復して再起動させていたということか……」
「コイツを倒さない限り、ピエロ型は永遠に復活し続けていただろうな。けど、オレっちの超能力”千里眼”にかかれば、どんな探し物も一発解決! たとえ、敵の弱点だろうとな!」
得意げに語るロドリゴ。
その彼の左手の中で、小さなレッドラムは暴れている。
「クソ! 僕ニ触ルンジャネェ! 放セ!」
「お、放してほしいのか? 良いぜ」
「ヘ?」
そう言うとロドリゴは、小さなレッドラムを左手で掴んだまま、右拳を大きく振りかぶり……。
「んじゃ、放すぜぇ!!」
”地震”と”暴風”を合わせた砂塵が渦巻く拳を、小さなレッドラムに全力でぶち込んだ。
小さなレッドラムはロドリゴの足元の道路に叩きつけられ破裂。それと同時に、ロドリゴの背後に迫っていたピエロ型のレッドラムもピタリと動きを止めて、崩れるように自壊して血だまりに成り果てた。
どうにか、前線基地の危機は去った。
ロドリゴと一緒に前線基地に戻ってきたジョーンズが、さっそく怪我人たちの治療を始める。
「ひどい怪我ですね……! マイケル、しっかり! もう大丈夫ですよ!」
「ぶふぅ……ありがとう、ジョーンズ……。今回は本当にダメかと思ったぁ……」
怪我人は皆、どうにか助かった。マイケルも一命をとりとめたが、彼は脊髄を傷つけられる重傷だったため、運が悪ければ後遺症が残るかもしれない。
また、こちらでは通信兵のジュディが、コンピューターに通信が入っているのを確認。南エリアで行動中のデイビッドからだった。
『こちらデイビッド! 前線基地、無事か!? 応答願う!』
「あ、こちら前線基地、ジュディです! 今ちょうどレッドラムたちが全滅しました!」
『ああ、ようやく返事が来た。だいぶ取り込んでいたようだな、心配したぞ』
「想定よりも強力な敵がいまして……。ですが、マイケル曹長とロドリゴ少尉の活躍で、なんとか乗り切れました」
『そうか。こちら……南エリアもあらかたレッドラムが片付いたようだ。俺たちもそっちに戻って、新手の襲撃に備えて防衛に当たろうと思うのだが』
「わかりました! お待ちしてます!」
そしてこちらでは、ピエロ型のレッドラムを倒したロドリゴが、一緒にここまで連れて帰ってきたニコに声をかけていた。
「ニコちん! 見てたかオレっちの活躍! 果たしたぜ大役! ぶっ飛ばしたぜ敵役!」
「……ん」
「元気ないなー。やっぱりまだ、スピカ型のせいでローガンの爺さんを撃っちゃったこと、気にしてる?」
「当たり前でしょ……。割り切れないわよ、あんなの……」
重々しい声色で答えるニコ。
さすがに声のかけ方が軽すぎたか、とロドリゴも少し気まずい表情。
しかし、ニコはため息を一つ吐いて、再びロドリゴに声をかけた。
先ほどよりも、ほんの少しだけ軽くなった声色で。
「……はぁ。今は放っておいて。夜までには気持ちに決着つけて立ち直るから」
「お、そう? ニコちんがそう言うなら大丈夫かなー」
「それとアンタ、人を元気づけるのが下手くそ。軽すぎよ、声のかけ方」
「むむ。ここは長年のパートナーとして声の一つでもかけてやろうと思ったオレっちの心遣いに対してあまりにもひどすぎないー? まぁ、その後でどう会話を続けようかなってちょっと後悔したけどさー」
「言うほど長年のパートナーでもないでしょ。アンタと初めて会ったの、マモノ討伐チームが結成されてからだし。だいたいアタシとアンタ、パートナーって呼ばれるほど付き合い無いでしょ」
「え、そう?」
「はぁ……。まぁ良いわ、ありがと」
ロドリゴに手を振りながら、この場を後にするニコ。
「最後の方はいつもの調子が戻ってたな」と、ロドリゴは一人で微笑んでいた。