第127話 皆の将来の夢
春休みも終わりに差し掛かるころ、日向たち五人は狭山に呼ばれ、マモノ対策室十字市支部に集められていた。何やら「君たちに見せたいものがあるんだ。特に本堂くんにね」とのことだった。
しかし当の狭山本人は現在、「『見せたいもの』の最終調整のため」とやらで研究室にこもっており、彼が戻ってくる間、五人はリビングにて思い思いに時間を過ごしている。
「いい、日影くん? 次はあんなにやりすぎたらダメだからね?」
「ああ、分かってる……」
日影が北園に詰め寄られている。
話の内容は、この間のましろの一件である。
サキが呼んできた不良、ヒロシを日影は必要以上に痛めつけてしまった。
彼を治療するために北園が呼ばれたのだが、元々彼女は信頼する人間以外に超能力を見せることを良しとしない。
とはいえ仕方ないのでヒロシに治癒能力をかけたが、それゆえに日影に抗議しているのだ。
日影は、大人しく北園の言うことを聞いている。
普段は傍若無人な性格の彼だが、なぜか北園には頭が上がらないようだ。
その様子を遠巻きに眺める日向とシャオラン。
「意外だなぁ。アイツの性格なら北園さんにも容赦なく反抗すると思ったんだけど。いつもの態度が嘘みたいに大人しくなってら」
「ヒカゲも、女の子には優しいってことなんじゃないかな?」
「アイツが? まっさかー、絶対ないわ。アイツ性格悪いもん」
「聞こえてんぞコラ」
日影が日向を威嚇。
そしてこの会話に、本堂が勉強を続けながら参加してきた。
狭山の教え方が良いこともあり、彼は前回の試験時からさらに学力をつけていた。
「まひろか。あの子は中々に将来有望な子だった」
「将来有望って……一体、どこの話をしてます?」
「胸」
「中学生相手でも見境無しですか……」
「大きければ、歳の上下は区別しない」
「救いようが無い……」
すっかり巨乳ハンターと化した本堂に、日向はただひたすら呆れるしかなった。
ここで一度、話題が途切れる。
話し声がなくなり、本堂がノートに問いの解を書き記すシャーペンのカリカリ音だけが聞こえる。
そこへ話題を提供するためか、北園が唐突に口を開く。
「突然だけどさー、みんなって将来の夢とかある?」
「本当に突然だね……」
「気になっちゃってー」
日向のツッコミに、北園は「てへへ」と照れ笑いで返す。
「本堂さんは……まぁ、医者だよねー」
「そうだな。現在進行形で勉強中だ」
「じゃあ、シャオランくんは?」
「え、ボク?」
北園に尋ねられたシャオランは、しばらく考え込むそぶりを見せて、唸りながら返答し始める。
「うーん……まぁ、故郷の家に帰って、農業の手伝い、かなぁ?」
「えぇー意外。シャオランくん、けっこう頭も良いのに。もっといい仕事に就けるんじゃないかな?」
「良い学校に行くためのお金が無くてさ……。今はマモノ退治のためにサヤマが出してくれてるけど、いつまでもってワケにはいかないでしょ?」
シャオランの実家は、中国の山中にある町のはずれの、小さなボロ家だった。シャオランには悪いが、確かに金銭的に余裕があるようには見えない。
「……でも、狭山さんがマモノ退治の報酬をくれるでしょ? あれで行けるんじゃないかな?」
北園がそう返した。
突然だが、ここで『予知夢の五人』のマモノ討伐における報酬の関係について軽く説明。
五人はそれぞれ、自分たちの学業と併せてマモノ討伐もこなしてもらっている身、マモノ対策室に身を置くということは曲がりなりにも国家公務員の一員であり、そして何より、マモノ討伐は命を懸ける仕事である。
そう言った理由から「無報酬ではあんまりだ」ということで、狭山から皆にマモノ討伐の報酬が支払われている。月給の他、マモノを討伐したら、その数や敵の強さに応じて追加ボーナスがプラスされる。
この報酬の受け取り方は、五人それぞれで違っている。
北園や本堂は、自身の口座に振り込まれる。
日向は、通帳が親に管理されている。彼は自分がマモノ討伐に参加していることを、まだ親に黙っているため、通帳に振り込まれたらバレる。そのため、普段は報酬を狭山に管理してもらい、必要な時に必要なぶんを狭山から受け取るようにしている。狭山とひとつ屋根の下で暮らす日影もまた似たような形式だ。
そしてシャオランは仕送りのために、報酬のほぼ全額を実家の口座に振り込んでもらっている。ここまでの報酬を合わせれば、いまや彼の家にはかなりの額の貯金があるはずだが……。
「ボクの両親ってさ、ちょっと良い人すぎるんだよね……。募金とかあったらすぐにお金入れようとするし、しかもその金額がこっちの身に余るくらい高くなるのもしばしばで、全然お金が貯まらないんだよ……」
「そ、そうなんだ……」
「ボクがこれまで送ったお金も、はたしてどれだけ残ってることやら……」
シャオランはトホホ顔で、ため息を一つ付いた。
シャオランの事情が聞けたところで、北園は次に日影に話を振る。
「それじゃあ、日影くんの夢は……」
「決まってる。日向を始末して、存在を勝ち取る」
その言葉に、場が凍り付いた。
いきなりの、日向に対する殺害宣言。
皆が、どう反応すれば良いのか困っている。
北園やシャオランが、気まずそうに目を合わせている。
「……悪かったよ、さすがに今のはオレが空気を読めてなかった」
「ご、ごめんね、こっちから聞いたのに」
「気にしてねぇよ。そうだな……直近の目標と言えば、まぁ、強くなりたいってところか」
「強く……。マモノ退治のために?」
「それもあるが、それだけじゃねぇ。誰にも負けない、強ぇ奴になりてぇんだ。オレが発生してから、その目標だけがぼんやりと頭の中で定まってる」
「そうなんだー。日影くんはすごい頑張ってるし、きっと誰にも負けないくらい強くなれるよ!」
「おう」
北園のその言葉に、日影は気を良くしたように返事した。
そして北園は、今度は日向に問いかける。
「それじゃあ、日向くんの夢は?」
「俺の夢か……」
日向がそう呟いた時、日影がピクリと反応したように見えた。
他の皆の話よりも、ひときわ大きな反応で。
「そうだなぁ……決まってない、かな?」
「えぇー。なんとなくでも良いから何か言ってよー」
「な、なんとなく……」
「聞きたいー。聞きたいー」
ねだってくる北園に、日向は困りながら返答。
「……なんとなくなら一応、無いワケじゃないんだけれど、笑わない?」
「笑わないよー。他人の夢を笑えるワケないでしょー」
「そっか。それじゃあ……。俺、正義のヒーローに憧れてる」
「正義のヒーロー?」
「うん。困っている人を助けたり、人を困らせる悪い奴をやっつけたり。変かもしれないけど、そういうのに昔から憧れてた。だからまぁ、仕事で言えば、警官とか自衛官とかが将来の夢ってことになるのかな……」
その日向の答えを聞いた北園は、微笑みながら感想を述べる。
「えへへ、素敵な夢だね」
「そ、そう? そう言われるのは、嬉しいかな……」
「それに日向くんは、今はマモノと戦ってるし、ある意味もう夢を叶えてるんじゃないかな?」
「そう……だと良いんだけどね」
複雑そうな表情で返事をする日向。
その一方で、日影もまた終始、複雑そうな表情をしていた。
そして今度は、日向が北園に尋ねる。
「それじゃあ最後に、北園さんの将来の夢は?」
「え? 私?」
「みんな言ったんだから、ここまで来たら最後は北園さんでしょ」
「うーん……それじゃあ私は、好きな人と結婚して、幸せに暮らしたい、かなぁ」
「ふ、普通! 最後を締めくくるには、あまりにも普通!」
思わず日向がツッコむ。
しかし北園は、満面の笑みを崩さず日向に返答。
「えへへ~。日向くんにとっては普通でも、私にとってはこれ以上無いくらいの、最大の目標なのだ」
「……そっか。叶うと良いね、北園さんの夢」
北園の言葉に、日向も改めて穏やかな表情で返答した。
ここで再び話題が途切れる。
あまり間を置かずして、本堂が話を切り出した。
「……で、俺たちは随分と話し込んでしまったワケだが、狭山さんはいつ来るのだ?」
「さぁ……? そもそも何の用事で俺たちを集めたんでしょうね? 『見せたいものがある』って言ってましたけど」
「おおかたマモノ討伐関係だろうな。……そういえば、そのマモノ討伐関係で、お前たちに見せたいものがあった」
「本堂さんが? 珍しいですね、一体何を?」
「それは――――」
「いやぁ、お待たせお待たせー。やっと最終調整が終わったよ」
日向と本堂の話の途中で、狭山がリビングに戻ってきた。
その左手には、なんとナイフのようなものを数本持っている。
「あの、狭山さん。手に持ってるソレは一体……?」
「ふふふ。これは新装備さ。本堂くんのね!」
「…………む? 俺のですか?」
突然自分に話が飛んできて、本堂は無表情ながら困惑していた。