第1376話 死なない道化師
「前線基地! 応答しろ! 前線基地!」
一人の兵士が、何度も通信機に向かって呼びかけている。
彼の名はデイビッド。先ほど前線基地に爆撃支援を要請して、前線基地が襲撃されているという報告を返された兵士だ。
あれからどうにか爆撃機へのプログラム送信を終えて、自分たちの状況を落ち着かせた。それから前線基地の様子が気になり、こうして通信を入れているのだが、前線基地からの応答がない。
デイビッドの部下が声をかけてくる。
「敵を撃退しきれずに壊滅してしまったのでしょうか……?」
「あるいは、まだ戦闘中で、応答できない状況にあるか、だな……」
一回目の通信の後、デイビッドは他のチームにも一斉通信で、前線基地が狙われていることを伝えておいた。同時に、手が空いているチームは前線基地の応援に向かってやるように言っておいたが、他のチームもそれぞれ自分たちのことで精いっぱいだったようだ。
「我々がいるのは南エリア。前線基地があるのは東エリア。ここから駆けつけるには、あまりに遠い……。くそ、もどかしいな!」
いったい、前線基地はどうなってしまったのだろうか。
◆ ◆ ◆
デイビッドが通信を入れる、少し前。
前線基地では、マイケルがピエロ型のレッドラムによって、背中を丸ノコ型のシンバルで斬られてしまった。
「ぶ……ぐぅぅ……! お前はさっき、確かに身体が爆ぜて血だまりになったのに……!」
「ヒヒヒ! レッドラムハ身体ガ崩レタラ死ンダ証拠、ダトデモ思ッタ? コレクライジャ僕ハ死ナナイヨォォン!!」
そう叫びながら、ピエロ型のレッドラムはシンバルを鳴らしまくる。
マイケルの援護をしようとしていた兵士たちが、”念音波”によって怯まされてしまった。
「あぐぁ……!? 駄目だ、この音を聞いたら動きが止まってしまう!」
「マイケルを死なせるわけには……うぷっ、げぼぉ……!」
無理をして動こうとした兵士の中には、音波による気分の悪さに耐え切れず、嘔吐してしまった者も。
マイケルもまた”念音波”に苦しめられている。加えて、先ほど斬られた背中の傷もひどく痛む。幸い、斬られたのは背中の表層だけだったようだが、それでも、あの肉を抉る回転刃の激痛と感覚は、言葉にできないほど壮絶なものだった。
おまけに、マイケルは己の両腕に力が入らないことに気づく。
背中を斬られた時、脊髄を傷つけられたのかもしれない。
そして神経系への伝達に支障が出て、それで腕が動かなくなったか。
背中の痛みと”念音波”で、マイケルの気分は最悪だ。彼の人生において間違いなく最悪の気分である。激痛と二日酔いと貧血の症状が一度に襲ってきているような。
「う……ぶ……」
「ヒヒヒ! キミモスッカリ弱ッチャッタネェ! ソレジャ満ヲ持シテ、豚肉解体ショー、始マリマァス!!」
そう宣言し、ピエロ型はシンバルの回転刃を起動させ、マイケルめがけて振り下ろした。
右か左に転がって回避したいマイケルだったが、腕に力が入らず、それもままならない。自身の巨体のせいで、腕が動かないと身体も満足に転がせない。
最後の最後で、この自分の肥満体型が足を引っ張るのか。
笑える終わり方だなぁ、とマイケルは思……わなかった。
「だって、笑える幕引きを飾るのは、キミの方だからねぇ……!」
そう言うと、マイケルは右足を上げた。
身体は転がせなくとも、足を上げる程度の余力はまだある。
マイケルが上げた右足は、シンバルを振り下ろしているピエロ型の右腕に当たり、その振り下ろしを止めた。
するとピエロ型は勢い余って、止められたシンバルの回転刃に自分から突っ込んで、前頭部に刃を食い込ませることになった。
「ハ……ハァァァァァ!?」
怒りと困惑と苦悶の絶叫を上げるピエロ型。
回転刃が食い込んだ頭部から、真っ赤な血潮が噴出する。
ピエロ型が仰け反り、大きく怯んだ。
その隙に周囲の兵士たちが銃を構え、あるいは異能を起動し、一斉攻撃。
「今だ! 今度こそトドメを!」
「銃弾、炎、冷気、電撃、何でもいいからぶつけてやれ! どれか一つくらいは弱点かもしれない!」
ピエロ型に次々と銃弾が撃ち込まれ、火球や冷気弾、さらに電撃や風の衝撃波などもぶつけられ、大爆発が巻き起こる。
そして爆発の黒煙が晴れたころには、そこにあるのはピエロ型だった血だまりのみであった。
他の通常個体のレッドラムもすでに全滅している。
兵士たちは後始末のため、それぞれ動き出す。
「ピエロ野郎め、今度こそ復活しないだろうな……?」
「それより、マイケルを治療してやらねぇと! ひどい怪我だぞ!」
「誰か回復の異能が使える奴はいるか!?」
「いるけど、さっき別のレッドラムにやられて意識不明だ! 命に別状はなさそうだが、まだ目が覚めるのに時間はかかると思う……」
「くそ、よりによってこんな時にか」
「とりあえずマイケルを医療チームのテントに運ぼう! 誰か手を貸してくれ! 俺一人じゃ運べん!」
「ほらマイケル、肩を貸すぞ……!」
「私も手伝うわ。それにしても、よくあの怪我で反撃できたわねマイケル。不死身だわあなた」
「ぶふ……ありがと……」
二人の兵士に肩を貸してもらい、もう一人の女兵士から身体を支えられ、計三人の兵士の手を借りて、マイケルはどうにか立ち上がる。
マイケルの前方には、ピエロ型だった血だまりが広がっている。
その周囲では数人の兵士が、もうピエロ型が復活しないように、異能の冷気で血だまりを凍らせようとしているようだ。
その時。
ピエロ型の血だまりが、ブクブクと泡を吹き始める。
「こ、こいつまさか、また復活を!?」
「急いで凍らせろ! 急げ!」
「モウ遅イィィ!!」
血だまりから二本の赤い腕が出てきた。
その腕は回転刃のシンバルを持っており、周囲の兵士たちを切り裂いてしまう。
「ぎゃあああ!?」
「うああああ!? 腕があああ!?」
周囲の兵士たちを切り裂いたピエロ型は、まるで自分の復活を周囲に知らしめるかのように、シンバルを思いっきり一回鳴らす。
「ぶふっ!?」
「くぁ……!?」
シンバルの音に乗せられた念波が、皆の脳髄に悪い刺激を与え、気分を害させる。
それからピエロ型は、前方にいるマイケルたちに向かって、持っている二つのシンバルを投げつけた。
「今度コソ死ネ!! 豚野郎ガァァッ!!」
これを見たマイケルは、ほとんど動かなくなっていたはずの両腕を反射的に振るい、自分を支えてくれていた兵士たちを左右に吹き飛ばす。
「あ、危ないぃ!」
「うわっ!?」
「ま、マイケル!」
その結果、マイケル一人に、二つのシンバルの刃が食い込んだ。
一つは右胸側面に。もう一つは左わき腹に。
「ぶ……ぁ……」
とうとうマイケルは、力尽きて倒れてしまう。
ズシン、という重々しい音が響き渡った。
マイケルを仕留めたピエロ型は、両サイドのポケットから、そのポケットよりも明らかに大きい回転刃のシンバルを取り出す。
そして、周囲の人間に向けて言い放った。
「邪魔ナ豚ハ、ヤット排除シタ。サァ、地獄ノショーハココカラダヨォッ!!」