第1375話 道化の矜持
パウンド・マイケルは、前向きな男だった。
子供のころから肥満体型だった。
同年代の子供たちは、マイケルを見てデブだと嘲笑った。
それを、マイケルは特に気にしなかった。
むしろ、自分の笑いの持ちネタにした。
『ぶふふ! デブじゃないもーん!』
『デブじゃないやつは、そんな笑い方しないんだよー!』
昔から、人を笑わせるのは好きだった。
滑稽なものを見た時の笑い。
驚いて、もう笑うしかないような時の笑い。
ただただ、楽しい時間を過ごしている時の笑い。
どんな種類の笑いも、それぞれ趣があって好きだった。
それこそ、コメディアンやピエロといった職業が向いているのかもしれない、と彼自身も思うほどに。
現在のような動けるデブを目指したのも、元々はといえば、その動きを見た人に驚いてもらいたいと思ったからだった。驚いて、そして笑ってもらいたいと、そう思った。
マイケルにとって人生で最大の幸運だったのは、このふくよかな体型を馬鹿にされても、それをまったく苦に思わない性格に生まれてこれたことだ、とマイケル自身がそう考えていた。
だからこそマイケルは、今の状況は、ピエロ型の隙を突く絶好のチャンスなのではないかと考えたのだ。
◆ ◆ ◆
自身の失態を笑われて、ピエロ型のレッドラムが怒ったようだ。それも、殺意を全開にした、どす黒い怒りだ。
「ソンナニ死ニタイナラ、オ望ミドオリ殺シテヤル……!」
この剣幕、この最初の口調からの変貌ぶりには、さすがのアメリカ兵たちも驚き、それぞれ大なり小なり恐怖を感じた。
ピエロ型のレッドラムが、これまで武器として使ってきたシンバルを、兵士たちに見せるようにおもむろに掲げてみせる。
そのシンバルの円形の縁に、何らかの機構が現れた。
回転ノコギリのような、ギザギザとした刃だ。
そのギザギザとした刃が、シンバルの縁に沿って高速で回り始める。それこそまるでシンバル型の回転ノコギリだ。回転ノコギリ特有の機械的な駆動音まで鳴り出している。
「あ、あいつマジか……!?」
「あんなので斬られたらひとたまりもないぞ!?」
「撃て撃て、撃ちまくれ! アイツを近づけさせるな!」
兵士たちは慌てて一斉射撃を再開。
だが、先ほどよりも狙いがまばらだ。
回転ノコギリの圧が強く、もしもあれに斬られたらと考えてしまって、兵士たちの手元が狂わされる。
さらに、ピエロ型がシンバルを鳴らした。ジャンジャンジャンジャンと連続で。怒りに任せて何度も打ち付けるように。
「ぐぁ!? またあのシンバル……!」
「ダメだ、目が回る……」
シンバルの響きに乗せられた”念音波”が、兵士たちの脳髄に良くない刺激を与える。
そうして動きを止めてから、ピエロ型は近くにいた兵士の一人に襲い掛かった。
「マズハオ前カラ、スプラッターショーニシテヤルァァ!!」
「ひっ、ひぃ……!?」
ピエロ型のシンバルの回転ノコギリが、兵士に迫る。
……が、ピエロ型は、ちょうど起き上がって復活したマイケル曹長に横から殴り飛ばされ、兵士を切り裂くことは叶わなかった。
「グギャ!? オ前、マタ邪魔ヲ……!」
「ぶふふ……さっきはよくもやってくれたねぇ。僕ちゃんのハンサムなお顔に傷が入っちゃったよぉ? どうしてくれるのかなぁ?」
「黙レ不細工! ダッタラオ詫ビニ殺シテヤルヨォ!!」
そう言って、ピエロ型はマイケルに襲い掛かった。
その動きは、先ほどマイケルが戦った時よりも一段と速い。
ピエロ型は右のシンバルを振りかぶり、回転する刃をマイケルめがけて振り下ろす。
「KYAAAAAA!!」
マイケルは左にずれて、シンバルを回避。
それと同時に、ピエロ型に短い右拳の突きやキックを入れる。
その攻撃動作は小さく、それに比例するように攻撃の威力も小さい。
しかし、この攻撃にも”地震”の震動エネルギーが込められており、ピエロ型に命中すると同時に、彼の骨格を軋ませる。
「グッ……AAAAAA!!」
ピエロ型は左のシンバルを振り抜き、回転刃でマイケルの首を狙う。
マイケルは屈んでシンバルを回避し、同時に右掌底の突き上げ。ピエロ型の顎下を捉えた。
「GA……!?」
頭部が揺らされ、ピエロ型がふらつく。
その隙にマイケルがラッシュを叩き込み、皿にダメージを稼ぐ。
「KYIIIIEEAAAAAAAA!!」
ピエロ型は、シンバルで左右から挟み込むようにマイケルの頭を潰しにかかる。
マイケルは後ろに下がってこれを回避。
シンバルの音が鳴り響くが、マイケルも手拍子で音波を相殺。
するとピエロ型は、それからすぐに前方へ宙返りを一回。
マイケルに接近して、合わせている状態のシンバルを振り下ろす。
「脳ミソ、カッサバイテヤル!!」
これに対して、マイケルはサマーソルトキックを繰り出し、まだ空中にいたピエロ型を撃墜した。
「ぶふぅ!」
「ゲェェ!?」
ドシャリと落ちるピエロ型。
落下の拍子にシンバルの回転刃が自身に当たりそうになり、慌てて体勢を整える。
そして再び、ピエロ型がマイケルに猛ラッシュを仕掛ける。
だが、マイケルはその全てを悉く回避し、ピエロ型に反撃を差し込んでいく。
「ナ、ナンデダ!? サッキトハ大違イダ!? ナンデ僕ノ攻撃ハ当タラナイノニ、僕ハアイツノ攻撃ヲ避ケラレナイ!?」
マイケルに殴られながら困惑するピエロ型。
すると、その言葉にマイケル本人が答えた。
「ぶふふ……だってキミ、怒りすぎて動きが直線的になっちゃってるよぉ? さっきのふらふらくねくねってしてた方が、僕ちゃんはやりにくかったかなぁ」
「ナ、ナンダトォォ!?」
「道化が他人を馬鹿にするのは、他人に笑ってもらうためさ。断じて、自分だけが愉しむためじゃない……!」
ピエロ型の攻撃をかいくぐり、マイケルはピエロ型のみぞおちに右掌を押し当てる。そして全身を、波を打つように連動させて、ピエロ型のみぞおちに寸勁を打ち込んだ。
「ぶふぅっ!!」
「ゲボォッ……!?」
それは、マイケルが得意とするジークンドー式の寸勁ではなく、かつて彼が戦った的井美穂が使っていた、システマ式の寸勁だった。”地震”の震動エネルギーも込めておいたので、威力は抜群。
「ぶふふ……システマもなかなか、良いものだねぇ。これで趣味も同じってことで、あの時のお姉さんと少しはお近づきになれるかなぁ?」
ピエロ型は仰向けに倒れ、全身が弾けて血だまりになった。
余談だが、この時、日本にいる的井は、少し寒気を感じたという。
見事にピエロ型のレッドラムを倒したマイケル。
ふと、視界の端で、小さな何かが動いたように見えた。
マイケルはもう一度、目を凝らしてその場所を見てみるが、特に何も見つけられなかった。
それよりも、マイケルの健闘を見届けた周囲のアメリカ兵たちが歓声を上げている。マイケルも振り返り、その歓声に応えた。
「マイケル、すげぇぜ! さすが我が国最強の動けるデブ!」
「ぶふふ~! ありがと~!」
「カッコよかったわよ! 今度一杯奢るわ! マヨネーズでいい?」
「ぶふふ! さすがの僕ちゃんもマヨネーズは飲み物にしないよー」
「ま、マイケル! 避けろ!」
「ぶふ?」
その瞬間。
マイケルの背中に、シンバルの回転刃が食い込んだ。
「ヒヒヒヒ……ナァーンチャッテ! 死ンダフリィィィ!!」