第1372話 不可思議の一太刀
東エリアでは、ジャックとアカネがスピカ型のレッドラムの”念動力”に囚われて、今まさに潰し殺されようとしていた。
バリアーに入れられたヒビをあえて放置し、ジャックたちの狙いをバリアーのヒビに集中させ、自身はそこを集中的に注意することで反応速度を上げるスピカ型の奇策。ジャックもアカネも、その策にまんまと嵌ってしまった。
「ヤロウ、指一本動かねぇ……! マグナムが撃てねぇ……!」
「アタシらの能力じゃ、コイツらには敵わないのかよ……!」
「それじゃあ、おつかれさまー」
二人の無念を堪能しながら、スピカは”念動力”を行使した。
……しかし、その直前。
スピカ型の背後から、ブレード兵のカインが斬りかかる。
「俺を忘れてもらっちゃ、困るんすよね……!」
……が、スピカ型は振り返ることすらせず、接近してきたカインの上から念力を叩きつけ、彼を地べたに這いつくばらせてしまった。
「ぐぅぅぅ……!? つ、潰れるっす……!」
「むーだ。ワタシの目の前のこの子たちの心を読めば、キミが後ろから接近してたのもお見通し……」
……と、スピカ型が得意げに語っていた、その途中で。
どこか遠くから銃声。
そして同時に、スピカ型が放置していたバリアーのヒビに、一発の弾丸が食い込んだ。
これは、六百メートル先のビルの屋上にいるコーネリアスの狙撃。
戦車の装甲をも貫通する対物ライフルの弾丸だ。
バリアーのヒビに命中した対物ライフルの弾丸は、そのままノンストップでスピカ型のバリアーを撃ち抜き、破壊。その先のスピカ型に弾丸が迫る。
いきなり飛んできた弾丸に、スピカ型はまったく反応できなかった。
しかし、弾丸の入射角の関係で、スピカ型の急所を撃ち抜くことはできず、右肩上部を少しかすめただけに終わった。
「くぅっ!?」
驚愕と苦悶が混じった声を上げるスピカ型。
ビルの上のコーネリアスは、今の狙撃の成果を見て、あまり良い表情は浮かべていなかった。
「頭部か心臓ヲ狙いたかったガ……あの二人を確実ニ助けるにハ、一発でバリアーを確実に破壊するためニ、あのヒビを狙うしかなかっタ。ヒビごと急所を狙えル位置に移動すル余裕もなかっタ。妥協だらけだガ、このタイミングしかなかっタ」
そしてジャックとレイカはというと、狙撃によってスピカ型の集中が途切れたため”念動力のパワーが弱まり、その隙に念力拘束からの脱出に成功。
三人の間合いは至近距離。
とにもかくにも、動かなければならない。
まずはジャックがほぼ反射的に、構えたままだったデザートイーグルの引き金を引いた。銃口はスピカ型の顔面に向けられている
「らぁッ!!」
スピカ型も反射的に上体を反らし、ジャックの銃弾を回避。
「おっと……!」
今度はアカネが、スピカ型に斬りかかる。
鋭い踏み込みで、もう彼女たちの間合いはわずか数十センチ。
「りゃああああッ!!」
スピカ型は、アカネを見る。
アカネは刀を振り上げて縦斬りを繰り出そうとしている。
一方で、彼女の中のレイカは横斬りを繰り出すつもりのようだ。
念力拘束は間に合わない。
”瞬間移動”もしかり。
スピカ型は、この攻撃だけは、自力で回避しなければならない。
「上等だよー……! ”読心能力”が使えるワタシだけど、これでもアーリア屈指の王家直属兵士なんだよ? 心を読まずとも、見切りの一つや二つくらいは習得してるんだからねー!」
猶予が許す限り、スピカ型はアカネの攻撃をよく観察する。はたしてアカネがそのまま斬りかかるか、それとも途中でレイカに切り替わるか、見極める。
アカネが、振りかぶった刀を振り下ろした。
繰り出したのは、アカネの縦斬りだ。
だが同時に、スピカ型の右からも斬撃が飛んできた。
青いエネルギーのような、実体無き刃が。
「え……!?」
これにはスピカ型も面食らった。
一度の斬撃で、二つの斬撃が飛んできたのだから。
もはやどうすれば良いか分からず、とっさにスピカ型は後ろへ跳んだ。
その結果、横から来た斬撃は回避されたが、アカネが振り下ろした斬撃が、スピカ型の右眼を切り裂いたのだ。
「っつぅ……!」
顔に縦線の傷が入り、スピカ型が顔をしかめる。
そして”瞬間移動”を繰り出し、背後の五階建てビルの側へ。
そこはビルが遮蔽物となって、コーネリアスの狙撃が通らない。
ひとまずの安全を確保してから、スピカ型は、彼女の眼を切り裂いたアカネに声をかけた。怒りなどは無く、心底驚いているような様子で。
「今の斬撃は……いったい何だったのかな……?」
そう聞かれたアカネもまた、何が起きたのか分からないという表情をしていた。
「いや、アタシだって分かんないよ!? 何も特別なことはしていないはず……。レイカ、アンタがやったのかい!?」
(わ、私も分からないわよ!? ただ、まぁ、私も攻撃するんだーって、強く考えてはいたけれど……)
アカネの中のレイカもまた、今の「二つに増えた斬撃」が何だったのかは分からないようである。
スピカ型は、残った左眼でアカネを見て、彼女の心の中を読む。
「ウソはついていないね。本当に、彼女たち二人にも、今の攻撃が何だったのかは分かっていないみたいだ。けど、それはそれで厄介だなー」
当事者であるアカネとレイカにもまた、今の攻撃の正体が分からない。
それはつまり、この二人でさえも思いもよらない攻撃が、これからも繰り出される可能性があるということ。
それは、スピカ型にとっては非常に困る。
二人が思ってもいない攻撃は、スピカ型としても先読みができない。
「右眼は潰されたし、なんか敵はパワーアップしちゃったみたいだし、おまけにやっぱり狙撃手がワタシを狙ってた。状況悪すぎ。これは……このあたりが潮時かなー」
そう考えたスピカ型は、改めてジャックとアカネの二人に声をかけた。
「いやーまいったまいったー! キミたち思ったより強いねー! 仕方ないから観念して、今日はこのあたりでお暇させてもらうよー。次に会う時まで精進したまえ、若人たちー!」
「ヤロウ、ここまで来て逃がすか……!」
ジャックがすかさずデザートイーグルを発砲。
だが、その時すでにスピカ型は”瞬間移動”を行使し、姿を消していた。彼女の後ろのビルの外壁に弾痕が刻まれたのみである。
この場は静寂に包まれ、遠くではまだ戦いの音が聞こえる。
ひとまず、スピカ型の撃退には成功したようだ。
ここに残っているのは、ジャックとアカネと、無力化されて地面の上に倒れていたマードック、それからスピカ型に潰されかけていたカインの四人のみ。
「ジョーンズたちは、ニコを連れて離脱できたみたいっすね。あー全身が痛い……」
「潰れたカエルみたいになってたモンな。さて、俺はマードックを助けてやるか」
そう言ってジャックは、どうにか左腕だけで全身を引きずるようにこちらへ向かっていたマードックのもとへ歩み寄り、彼を助け起こす。
「大丈夫かよマードック」
「面目ない、失態を晒したな……。スピカ型も逃がしてしまったか」
「まぁ、生き残れただけ良しとしようぜ。それと、アカネたちは……」
アカネを見てみるジャックとマードック。
彼女は、スピカ型の右眼を奪ったあの攻撃を、レイカと共に振り返っているようだった。
「……なぁ、レイカ。アタシ、もしかしたら、あの攻撃の正体、ちょっと分かったかもしれない」
(あら奇遇ね。私もちょうど、もしかしたらと思っていたところよ)
「ああ。アタシらは”二重人格”の超能力を……」
(……字面ばかりに囚われて、本質を把握できていなかったのかもね)