第1370話 読み違い
ビルの十階、オフィスのような一室で、ミオンと光剣型の戦闘が再開される。
光剣型が剣を振るうごとに、デスクやパソコンといった機材が薙ぎ払われる。そうして部屋が散らかっていくものの、それでミオンの動きが鈍ることはなく、引き続き光剣型に負けない立ち回りを見せる。
するとここで、光剣型の光剣の出力が増大。
赤黒いエネルギーの刀身は、奔流となって大きく延長される。
そして光剣型は、この十メートル近くにもなった二振りの光剣で、身体ごとターンしての回転斬りを放った。
「KAAAAAAAA!!」
ミオンはその場で屈んで、この回転斬りを回避。
その一方で、このビルの外壁、四方全てが回転斬りに巻き込まれ、切断され、ここ十階から上の階層がずれ落ち始めた。ビル一つをまるごとぶった斬ってしまったのだ。
恐るべき力を見せた光剣型だが、ミオンは怯まない。
むしろ、大技を繰り出した直後の今こそ隙が生まれると見て、光剣型に向かって鋭く踏み込んだ。
ミオンが拳をまっすぐ繰り出し、光剣型の顔面を殴り飛ばす。
殴られた光剣型は、すぐに体勢を整えて、ミオンに反撃を仕掛ける用意。
光剣型が反撃に移るころには、すでにミオンは光剣型の次の一手を先読みしていた。
「恐らくは、交差斬りね。あの体勢、あの剣の握り方、この距離の詰め方、まず間違いない」
ミオンはすでに、この光剣型のレッドラムの正体が、アーリアの民のテュベウソスだと看破している。敵の正体が分かれば、攻撃も見切りやすい。
光剣型のレッドラムが攻撃を仕掛けてくる。右の光剣を左から右へ、左の光剣を右から左へ、×の字を描くような交差斬り。ミオンの予想通りだ。
……ところが。
光剣型の斬撃の軌道が捻じ曲がる。
そして最終的に繰り出したのは、左右の光剣を素早く振るっての、すれ違いざまの連続斬りだった。
「なっ……!?」
普段のミオンであれば、反応するのはそう難しくない攻撃。
だが、今回は事前の攻撃予想が完全に外れ、不意を突かれてしまった。
その結果。
ミオンの全身が切り刻まれ、鮮血が噴き出した。
「く……!? わ、私が、読み違え、た……?」
ぐらりと揺れて、ミオンはその場に倒れてしまった。
「不覚だわ……。油断したつもりは無かったのだけど……こうまで見事に読み外すなんて……」
まだミオンは生きている。
今の光剣型の攻撃が手数重視で、今までのような威力重視ではなかったことが幸いした。もしも威力重視の攻撃だったら、すでにその身は真っ二つにされていただろう。
とはいえ、現状でも、ミオンが受けたダメージは致命傷一歩手前レベルの深手だ。全身から大量に出血し、すぐにはとても立ち上がれない。
”怨気”を受けたため、”水の練気法”によるダメージ回復もできない。ミオンは呼吸で血流をコントロールし、斬られた傷からの出血を極限まで抑制して延命措置を図る。
「それにしても……今の光剣型の剣技、妙だったわ……。来ると思っていたはずの攻撃が、繰り出されている途中で別の攻撃に変わったかのような……。それも、光剣型……テュベウソスくんならこの場面では絶対に使わなそうな技を……」
出血でぼんやりとしてきた頭で、そう思考するミオン。
そんなことを考えている場合ではないが、どうしても気になった。
そんな彼女の前に、光剣型のレッドラムが立つ。
これは、終わった。
いくら延命しようが、この光剣型の前で無防備に倒れている姿を晒していれば、それはもう死んでいるも同然。まな板の上の魚類。ぜひ殺してくださいと言っているようなものだ。
「ここまでかしらね……。あれだけ大見得切っておいてこのザマなんて、みんなに顔向けできないわね」
光剣型のレッドラムが、右の光剣を振り上げる。
それを振り下ろして、ミオンにトドメを刺すために。
ミオンは覚悟を決めたように、静かに瞳を閉じた。
……が、その時。
何者かが光剣型の背後から飛び掛かり、光剣型を捕まえた。
「おりゃああああっ!!」
「え!? あなた、さっき私が逃がした兵士さん?」
「よぉさっきぶりだなレディ! オレの名前はルカン! 以後よろしくな!」
光剣型を捕まえたのは、サミュエルチームに所属しているルカン少尉だった。異能によって進化した筋肉を存分に発揮し、両腕で光剣型をガッチリとホールドしている。
さすがの光剣型も、ここまでしっかりと捕まえられると、すぐにはルカンを振りほどけないようだ。
しかし、やはり光剣型のパワーは凄まじいもので、ルカンを振りほどくべく激しく動いて暴れ回る。
「状態、拘束。脱出行動開始」
ルカンも光剣型を逃がさないように、必死の表情だ。
「うおおおおなんつう馬鹿力だぁぁ!? 中尉! リカルド! 早くそのレディ逃がせ! もうあと五秒くらいしか耐えられんぞぉぉ!!」
「分かっている! もう少し耐えろ少尉!」
サミュエルとリカルドも姿を現した。
ミオンを援護するために、ずっと彼女と光剣型の戦闘を追ってきていたのだろう。
サミュエルは、ボロボロになってしまったミオンを抱え上げ、リカルドと共に窓へ向かって走る。
「少尉が抑えてくれている間に、光剣型にトドメを刺すこともできそうだが……」
「光剣型の動きが激しい、ルカン少尉を巻き込むかもしれない、攻撃を仕掛けようとしたときにはルカン少尉を振りほどいているかもしれない、失敗したら彼女を逃がせなくなる、諸々の要素を冷静に考えて、今ここは撤退に徹するべきかと!」
「だろうな! 名残惜しいがな!」
「あなたたち、私を抱えてここから飛び降りるつもり? 大丈夫なの? あなたたちは空を飛ぶような異能は持っていなかったと記憶してるけど……」
「方法は考えてある! 准尉!」
「了解!」
そして、ミオンを抱えたサミュエルと、リカルドが窓からジャンプ。
すると、リカルドがビルの外壁に冷気を吹き付ける。垂直に落下しながら冷気を起こし、空気を凍らせ、氷の滑り台を作り上げていく。
その氷の滑り台を作りながら滑っていくリカルド。
サミュエルもミオンを抱えたまま、滑り台を滑る。
氷の滑り台が、落下の勢いを滑走に転化してくれて、三人はどうにか無事に地上まで降りることができた。
「あとはルカンか! 早く来いルカン!」
サミュエルが地上からルカンを呼ぶ。
だが、ちょうどその時。
ビルの十階では、とうとうルカンが光剣型に振り払われていた。
「ぐ……振りほどかれる……!」
「拘束解除成功。反撃スル」
ルカンを振り払った光剣型は、素早くルカンの方へ振り返り、彼の腹部に二本の光剣を突き刺した。
「がっ……は……」