第1368話 達人と怪物
北園たちと将軍型のレッドラムが戦闘を繰り広げていた、その一方で。
こちらは西エリア。
ここではミオンと光剣型のレッドラムが戦っている。
両者の勝負は、熾烈という言葉さえ生温いほどに激しかった。人智を超えた高機動による、西エリア全体を駆けまわってのぶつかり合いだ。街のあちこちで、ミオンと光剣型が激突する轟音と衝撃が響き渡る。
ミオンは風の練気法”順風”を使い、光剣型のレッドラムに負けないスピードを発揮。まるで暴風のような光剣型の攻撃にも対応し、うまく回避するか捌いている。
ミオンはいったん大きく飛び退き、大型トラックの後ろへ。
その大型トラックを、”火の気質”を纏わせた右足で蹴り飛ばした。
大型トラックの車体が宙に浮き、光剣型めがけてまっすぐ飛んで行く。
すると光剣型は、避けるどころか自らトラックに突っ込み、左右二振りの”怨気”の光剣を振り下ろし、トラックを二刀両断して通過。
光剣型は止まらず、一瞬のうちにミオンとの距離を詰め、左右の光剣を×の字に振り抜いた。
ミオンは素早くこれに反応し、後ろに飛び退いて回避。
光剣型の斬撃の速度は恐るべきものだったが、ミオンは余裕をもって回避した。
だが、刀身が触れてもいないのに、ミオンの前髪がわずかに切れて、衣服の前部も少し破けた。光剣型の斬撃の余波によるものだ。
ミオンは余裕をもって回避したのに、それでも余波が届くほど、光剣型の斬撃は強烈ということである。
光剣型が続けて攻撃を仕掛けてくる。
……が、ミオンはこれを先読みし、光剣型が攻撃を仕掛けてくる前に、自身の攻撃を差し込む。光剣型の胸部に”火の練気法”の拳を叩き込み、殴り飛ばした。
「はいっ!!」
殴り飛ばされた光剣型は、何十メートルもまっすぐ吹っ飛ばされて、ビルの外壁に激突。その外壁も崩壊し、ビル内にぶち込まれた。
しかし光剣型は、何事も無かったかのように、壊れた壁の中から姿を現す。
「被弾。損傷軽微。戦闘続行可能」
すぐに光剣型は動き出し、再びミオンの目の前に、
両手の光剣を引き絞り、刺突のラッシュを繰り出した。
秒間十二発という圧倒的な手数で繰り出される光剣型の刺突。さすがのミオンでも、一発ごとに丁寧に回避するのは、反応はできても身体が追い付かない。
そこでミオンは”地の練気法”を発動。光剣の切れ味に負けないほどに肉体を硬化し、光剣型の六発の刺突を、右腕を一回振るうだけでいなす。指先、手の甲、手首、上腕、肘、二の腕、あらゆる部位を、余すところなく使って。
続く六発の刺突も、左腕の一回の動作で全ていなす。
一度の捌きで複数の刺突をいなす、ミオンだからこそできる絶技。
四秒間の間に光剣型が放った四十八発の刺突のうち、ミオンがダメージを受けたのは右肩にかすった一発と、左胸をかすめた一発の、わずか二発のみ。
「王義ちゃんの”神手”に比べたら、これくらいはね~!」
そして五秒目に入った瞬間、ミオンは光剣型の右手を抑えて、刺突を妨害。わずかに動きが止まった隙に懐へ潜り込み、左掌底で光剣型の顎を突き上げた。
「せいっ!!」
これは”地の練気法”の一撃。
先ほどの”火の練気法”よりは威力が劣る。
しかし、ミオンには”拳の黄金律”がある。
力加減、姿勢、拳の入射角、あらゆる要素をミクロ単位で調節し、拳が発揮できる最大効率の威力を実現させるテクニック。
これにより、光剣型の顎にミオンの掌底が命中した瞬間、その威力によって光剣型が大きく仰け反る。命中した際の殴打音も、強力な爆弾が爆発したかのようだった。
だが、光剣型もすぐに体勢を立て直し、二本の光剣を振りかぶって、目の前のミオンめがけて振り下ろしてきた。
ミオンは右にずれて、光剣型の斬撃を回避。
彼女がいなくなった道路に、光剣型の斬撃が食い込む。
振り抜かれた斬撃は地面を奔り、地割れのような切れ込みを刻んだ。
光剣型の斬撃を回避したミオンは、そのまま光剣型の側頭部を殴りつける。
「やっ!!」
光剣型の身体がぐらついたが、すぐさま光剣型も右足のソバットで反撃してきた。
「SHII!!」
思ったよりも光剣型が怯まず、早いタイミングで反撃を繰り出したので、ミオンも回避動作に入るのが遅れてしまう。光剣型のソバットが、ミオンの腹部を捉えた。
ミオンは脱力によってソバットの威力を散らし、その威力に逆らわずにわざと蹴り飛ばされ、その後で華麗に着地。ダメージを最小限に抑えた。
再び光剣型が斬りかかってくる。
ミオンもまた、光剣型の斬撃を捌き続ける。
戦いながら、ミオンは思う。
「どうにか向こうの動きにはついて来れているけど、身体スペックは雲泥の差。たとえ私が”地の練気法”をフル稼働させていても、この光剣型には及ばない。要は、一発でも良いのを貰っちゃったらマズイってこと」
例えるなら、生身の人間が素手でティラノサウルスに立ち向かっているようなもの。それほどまでに光剣型の基礎的な身体スペックは高く、ミオンとて直撃を受ければひとたまりもない。
しかし幸いなことに、敵は大型の恐竜ではなく、怪物的だが人型だ。
そして対人戦闘であれば、武の超人たるミオンの領分。
ゆえにミオンは、この圧倒的な身体スペック差でも、どうにか光剣型と互角に戦うことができていた。
そして、ミオンはこの光剣型との戦闘を通して、一つ気づいたことがあった。
「この子は……きっと、テュベウソスくんでしょうね」
テュベウソス。
それは、とあるアーリアの民の名前だ。
アーリアの民の中に、剣技において敵う者はいないと謳われた人物が二人いる。
そのうちの一人がテュベウソス。
もう一人の名はアルセスフラウ。
彼らは双子であり、若いながらもアーリア最強の剣客として名を馳せていた。若いとは言ってもアーリアの民基準なので、年齢は優に十億歳を超えていたが。
王族の身辺警護なども担当していて、王族の武術指南を務めていたミオンや、同じく王家の兵士を務めていたスピカとは同僚でもあった。
純粋な武の技量においては、テュベウソスよりミオンの方が圧倒的に強い。しかしそれでも、剣対剣の勝負であれば、ミオンであってもテュベウソスやアルセスフラウに勝てる自信は無かった。この双子はそれほどまでに強かった。
目の前の光剣型のレッドラムの動きは、その双子の兄の方、テュベウソスの動きに酷似しているとミオンは感じた。思い切りのいい大振りな斬撃を多用ながらも、その大振りを確実に当てるため、一瞬の隙を突いて距離を詰めてきたり、こちらの裏をかく動きを見せてきたりなど、細かなテクニックを大事にする。
この光剣型の異常な強さについて、ミオンは納得した。
そして同時に、彼がテュベウソスだと気づけたのはチャンスでもある、と彼女は感じた。
「昔から何度も手合せしてきた子だもの。手の内はよく分かってる。これで、よりいっそう、テュベウソスくんの……光剣型の動きが見切りやすくなるわね!」