第14話 雨は止み、光が差す
ライジュウを倒し終えてから数分後。
河の近くの公園のベンチに、二人は隣り合って座っていた。
「……日向くん、身体は大丈夫……?」
「え? あ、あぁ。もう治ってる」
「良かった……。私、日向くんが死んじゃったと思って……」
安堵の表情を浮かべる北園。
しかし、日向は浮かない面持ちのまま、北園に告げた。
「……実際、俺は死んでたよ」
「え……?」
彼自身の言うとおり、日向はあの時、間違いなく死んでいた。
「いきなり大きな音が鳴ったかと思ったら、頭の先からつま先にかけて今まで感じたことのない衝撃が走って、フッと視界が暗くなって、地面に倒れていた、と思う。あの感覚、あの暗さと肌寒さは、今でも身体に染みついて離れない」
「う、うそ……ホントに?」
「うん。けれど、だんだん身体が熱くなってきて、目が覚めた。そして辺りを確認すると、北園さんがライジュウに襲われていた。そこからはもう必死で、正直、何がどうなったかよく覚えていない」
だが、現に日向は生きている。
心臓は正常に脈打っているし、雷撃の焦げ跡はすでに微塵も無い。
せいぜい、ぬかるんだ芝生に倒れて泥まみれになっているくらいか。
その後も、日向が改めて死ぬような様子も無い。
これは一体どういうことか。
「要は、俺の再生能力……”再生の炎”って呼ぼうか。これは、俺が死んでも復活させるほどのパワーがあるらしい」
「す、すごいね、日向くん……。私の超能力なんかより、よっぽど……」
「いや超能力の方がすごいと思うけどなぁ俺。俺の能力なんて、この剣の借り物だし」
「けど、その借り物の能力が無かったら、私は今頃死んでいたかもしれないし、本当に助かったよ……」
「ね、ねぇ、北園さん。なんか元気無くない?」
「え?」
日向から見ても分かるくらい、今の北園は消沈していた。
自分が怪我したことで心配させてしまったのだろうか、と日向は北園に尋ねてみたが、返ってきたのは予想よりやや斜め上の答えだった。
「う、うん。その……日向くん、やっぱり怒ってる?」
「へ? 怒ってるって、何が……?」
「えっと、ほら、日向くんが死んじゃったのって、元はと言えば、私がマモノ退治に誘ったからだし、私を恨んでいないかなって……」
「あー、そういうことか。俺は大丈夫だよ。ほら、もう怪我一つ無いし。めっちゃ元気だよ」
「そ、そっか。ごめんね、ありがとう」
日向に礼を言う北園の表情が、少し綻ぶ。
北園が少し持ち直してくれたところで、改めて日向が話を切り出した。
「さて、これからどうする?」
「どうするって?」
「いや、この、世界を救う活動……みたいなの? 多分、この間のアイスベアーも、今日のライジュウも、北園さんがみた『世界を救う予知夢』には絶対に関係していると思うんだ」
「まぁ、それは私も思ってたかな。いかにもって感じだもんね」
「うん。……それで、これからも予知夢を信じて、アイツらと……マモノと戦っていくのかなって」
「それは……」
北園が言いよどむ。
まだ二回しか戦っていないが、マモノというのは非常に危険な存在だと、二人は身を以て知った。
そんな危険な生き物を相手に、戦闘の素人である二人がこれからも戦っていくのか、それとも大人しく手を引くのか、改めて決断する必要がある。
北園が返答に詰まっているのは恐らく、そんな危険な戦いに日向を巻き込んで良いものか悩んでいるのだろう。少なくとも日向から見て、彼女の表情はそんな風に見えた。
日向はじっと返事を待つ。
やがて、北園が口を開いた。
「私は……たとえ自分一人でもマモノと戦おうと思う。マモノの予知夢を見て、その中で私がマモノと戦っているようなら、どんな相手でも、必ず」
「何が何でも、予知夢を信じるってワケか」
「うん。私は、私の予知夢を信じないワケにはいかないの」
そう語る北園の表情に、日向は強い決意を感じた。
しかしそれは、どことなく悲痛な表情にも見えた。
「……で、やっぱりマモノと戦うのってすごく危ないと思うし、日向くんは別に、『あの予知夢』の瞬間まで待機ってことでも……」
「何言ってるんだよ、付き合うよ」
「へ?」
苦笑しながら返事をした日向。
まさかそんな言葉がもらえるとは思わなかったか、北園は戸惑っている。
「い、いいの? 日向くん……?」
「もちろん。北園さんが言うには、俺は一応、勇者ポジションらしいし。それ以前に女子一人を戦いに行かせて自分だけ待機とか、人としてどうかと思うし」
「む、無理はしなくていいんだよ? 勇者なんてそんな、私が勝手に言っただけなんだし、それにほら、自分で言うのもなんだけれど、私の超能力って強いし、一人でもいけるかも……」
「北園さんの力を十分に活かすには、前で敵を引き付ける奴が必要だろ? これまで通り、俺が前衛で、北園さんが後衛。俺は今のところ死なないみたいだし、心配しないで」
「……いいの? きっと、あぶないよ……?」
申し訳なさそうに尋ねる北園。
そんな彼女に、日向は力強くうなずいた。
「いいよ。現状、この剣は俺にしか使えない。俺にしかできないなら、俺がやるしかない」
「日向くん……」
「まぁ、俺って運動神経悪いし、逆に『俺で大丈夫?』って感じではあるんだけど……」
「ううん、ありがとう。ごめんね、日向くん」
「う、うん。どういたしまし、て……」
真っ直ぐ礼を言われることに慣れていない日向は、照れ臭さで目を逸らす。今の北園はいつも以上にしおらしく、余計に動揺してしまう。
二人はその後、お互いの家に帰っていった。
日向は「やっぱり送っていこうか?」と北園に聞いてみたが、「大丈夫」の一点張りだった。日向が見送った北園の背中は、いつも以上に小さく、そして弱々しく見えた。
(何とか元気づけてあげたいけど、俺には気の利いた言葉もアクションも思い浮かばないし……。はぁ、気が利かない奴だな、俺って……)
何とも言えない気持ちを胸に、日向は家まで歩いて帰った。
河に自転車を忘れていたことに気づいたのは、家まで帰り着いた後だった。
◆ ◆ ◆
次の日。
朝起きて、顔を洗う。
洗面台の鏡には、誰も映っていない。
「へー。鏡に自分が映らないと、鏡の景色はこんな風に見えるのかー。こんなこと体験できたのは、世界で俺くらいだろうなー。ハハハハ……はぁ」
日向が鏡に映らなくなって数日が経つ。
それによって身体に何か異常が出たりはしていないが、不便な点はとにかく多かった。歯を磨くにしても、寝ぐせを治すにしても、完全に手探りでやるしかない。
先日、母親から「日向、白髪が生えてるわよ」とか言われた時は、自分で抜こうと思って一旦鏡を見に行った日向だが、即座に諦めて母親に白髪を引っこ抜いてもらった。
だが、引っこ抜いた白髪はすぐに再生した。
”再生の炎”は融通が利かないらしい。
「くっそ、絶対許さんからな、あの剣。事が済んだら必ず叩き折ってやる……」
するとその時、日向の部屋から電話の着信音が聞こえた。
部屋に戻り、スマホを見ると、そこにはやはり「北園さん」の文字が。
「……まさか、俺が『剣を叩き折る』なんて言ったから? いや、それは流石に……」
そんなことを考えながら電話に出ようとして、ふと日向は思う。
昨日の北園はひどく落ち込んでいたが、その落ち込みようを今も引きずっていたらどうしようかと。間違いなく気まずくなる。しかし電話がかかってくるのがいきなりすぎて、北園を元気づけられそうな言葉など何一つ出てこない。
とにもかくにも、電話に出ないことには始まらない。
意を決して、日向は北園からの着信に出た。
『あ! 日向くん! 聞いて聞いて! 私、また予知夢を見たの!』
(うーん、なんで彼女は俺より元気そうなんだろう)
だがまぁ、とりあえず元気なのは良いことである。
気を取り直して、日向は北園に返事をする。
「お、おはよう北園さん。とても元気そうだね、うん。良い夢でも見たの?」
『うん! 良い夢が見れたよ! もしかしたら、三人目の仲間が見つかるかもしれないの!』
「マジでか」
それなら、北園に元気が戻るのも納得だ。
詳しい話を聞くために、二人は今日の昼に、街のレストランで待ち合わせることにした。