第1341話 消火の条件
水をかけようが消すことができない、巨竜型のレッドラムの赤黒い”怨気”の炎。
道路に燃え移っているその炎を見て、日向が何かに気づいた。
「あの炎……黒っぽさが抜けて、普通の炎になってる?」
日向の言う通り、道路上で燃え盛っている赤黒い炎の中で、黒い色が抜けて普通の赤々とした炎になっている部分がある。エヴァと日影も確認した。
「本当ですね。普通の色の炎になってます」
「さっきまで、あの場所の炎はたしかに赤黒い色だったはずだが……」
黒色が抜けた。
それはつまり、あの炎は”怨気”が抜けて、ただの炎になったということかもしれない。
「ということは……。エヴァ、もう一度津波を出せるか!? 今ならあの炎を消せるかも!」
「わかりました! ”ポセイドンの怒り”!!」
エヴァが『星の力』を水へと変換し、生み出した水球を足元に叩きつける。すると見上げるほどの高波が発生し、前方の巨竜型のレッドラムに襲い掛かった。
巨竜型は大きく飛び退き、この高波を回避。
地上で燃え盛っていた炎が、押し寄せる水に巻き込まれた。
すると、黒色が抜けていた部分の炎が消えていた。
日向の推測通り、”怨気”が抜けた炎は消火できるようだ。
炎が消えて、日向たちも先ほどより自由に動けるようになったことだろう。周囲を包み込んでいた熱気もいくらかマシになった。
「やった、消せた! けど……いったい何がきっかけになって消せるようになったんだ?」
恐らく時間経過ではない。
昨日、コロンバスの街で巨竜型が吐いた炎は、一日経った今もなお燃え続けているらしい。
先ほど日向たちが消火に成功した炎は、巨竜型が吐き出してから一分も経っていない。よって、時間経過による”怨気”の消失という可能性は、まず有り得ない。
もっとじっくり考えたいところだが、そういうわけにはいかない。先ほど飛び退いた巨竜型のレッドラムが、こちらに向かって突進してきているからだ。
「GUUUOOOO!!」
「戦いながら考えるしかないか」
巨竜型の突進は迫力満点で恐るべきスピードだが、まだ距離がある。
日向は右へ全力疾走して、巨竜型の突進を回避した。
巨竜型は日向たちを通り過ぎた後、ブレーキをかけながら日向たちに向き直る。そして薙ぎ払うように炎を吐き出した。
「GUUUUOOOOAAAA!!!」
炎のブレスの規模は凄まじく、離れている日向たちにも余裕で届く。このままでは壁のように迫ってくる炎に巻き込まれてしまう。
日影は”オーバーヒート”の能力で飛翔し、炎のブレスを飛び越えた。
エヴァは日向の側まで近づいて地面に手を突き、ブレスを防ぐための岩壁を生成してくれた。
岩壁に炎のブレスが浴びせられる。
ブレスをやり過ごしている間、日向は自分の位置の真後ろにある、先ほどエヴァの水で消すことができた赤黒い炎の跡を見た。
「そういえば……あの場所で燃えていた炎は、俺が巨竜型に向けて撃った”紅炎奔流”に巻き込まれていたな……」
もしかすると、それが原因かもしれない。
『太陽の牙』の炎で、あの赤黒い炎の中の”怨気”が焼き尽くされ、それで水によって消火できるようになったのではないか。
巨竜型のレッドラムが、炎のブレスを吐き終えた。
岩壁の向こうは、再び赤黒い炎の焼け野原だ。
「まーた焦熱地獄の出来上がりだぜ。それで日向、あの炎を消せる条件は分かったのかよ?」
「ああ、分かったと思う! というわけで……”紅炎一薙”ッ!!」
日向は『太陽の牙』の刀身に炎を宿し、それを横薙ぎに振り抜いて射出。道路上に燃え広がっている赤黒いの炎を、緋色の炎の波が呑み込んだ。炎の向こうの巨竜型は、またも飛び退いて日向の炎波を回避。
日向の炎に呑まれた赤黒い炎はというと、まるで日向の炎に上書きされたかのように、黒っぽさが抜けて普通の炎になっていた。
そこへ、エヴァが間髪入れず津波を発生させる。
荒波が道路を洗い流すと、燃え盛っていた炎はキレイさっぱり消えていた。
「なるほどな。ヤツの炎の中の”怨気”を、『太陽の牙』の炎で浄化したわけか。火で火を焼いて消すたぁ、その発想は無かったな」
これで日向たちは、巨竜型の赤黒い炎への対抗策を手に入れた。今後、この戦場が炎に包まれたら、そのつど『太陽の牙』の炎で焼き、エヴァの津波で消火すれば良い。
……と、言うだけなら楽だが、事はそう簡単な話ではない。
日向にせよ日影にせよ、攻撃に回せる炎のエネルギーには限りがある。
特に日向の場合、巨竜型にトドメを刺すための”星殺閃光”の分のエネルギーも残しておかなければならない。
つまり、どのタイミングで巨竜型の炎を消火すれば良いか見極める必要があるということだ。片っ端から炎を消火していけば、すぐに日向たちはガス欠になってしまう。
「ったく、考えることが多くて、面倒な戦いだぜ」
「だったら、お前が大好きそうな作戦を提案してやるよ。極力、あの巨竜型に張り付いて戦え、日影」
「何か狙いがあんのか? 『勝手なこと言うなら踏み潰されてこい』ってだけの提案ならお前ごと蹴っ飛ばすぞ」
「心配するなよ、ちゃんと考えてる。あいつ、至近距離にいる相手に対しては、ブレスはあまり吐かずに噛みつきや踏みつけを多用するみたいだ。あと尻尾」
言われて日影が思い返すと、確かに日向の言う通りだった。
日影は、巨竜型のレッドラムに触れるくらいの至近距離にいた時に、ブレスを吐かれた記憶が無い。
「ちゃんとした考えだったかよ。なら乗ってやる。だが、オレ一人が距離を詰めたところで、お前ら二人が離れていたら、けっきょく巨竜型はお前らに向かって火を吐きまくるだろ?」
「分かってる。俺も距離を詰める。エヴァも行けるな?」
「任せてください。あんな竜、ゼムリアと比べたらずっと遅いです」
エヴァがそう言うと、彼女の杖の先端からバチバチと稲妻が発生し始める。恐らくは、この杖の雷撃を直接、巨竜型に叩き込むつもりなのだろう。
先ほど日向の炎を回避するために飛び退いた巨竜型も、ゆっくりと歩いて元の位置まで戻って来た。
これから、あの巨大な竜を相手に、一切の距離を取ることなく戦わなければならない。
きっと、噛みつかれるだけで即死だろう。
きっと、踏み潰されるだけで即死だろう。
強烈な緊張が日向を襲うが、日向は大きく息を吸い、そして緊張の気持ちと共に息を吐いた。
「よし……やってやる……!」
そうつぶやき、日向は巨竜型めがけて正面から駆け出した。
「GUUUUOOOOAAAAAA!!!」