第1336話 戦争の予感
コロンバス空港での夜が明ける。
日向の存在のタイムリミットは、残り11日。
その日の早朝、日向たちとアメリカチームは、セントルイス攻略のためのブリーフィングを行なっていた。日向たち六人、スピカとミオン、オネスト・フューチャーズ・スクールの子供たちと大鷲ユピテル、アメリカチームの兵士たち、全員が一か所に集結している。
皆の前には、一台のスクリーン。
マードックがそのスクリーンの前に立ち、ブリーフィングの司会を務める。
「今日の我々の目標であるセントルイスには、尋常ならざる量の敵戦力が集中している。この戦闘に確実に勝利するため、こちらも出し惜しみはせず、全力でぶつかりに行くことを決定した。人員、装備、戦闘機にタクティカルアーマー、使える物は全て使うぞ」
その言葉を聞いて、多くのアメリカ兵たちが息を呑んだ。
戦争だ。
戦争が始まる予感がした。
「敵陣営の主要戦力は、例の鮮血旅団。そして昨日の戦闘で乱入してきた巨竜型のレッドラム。この四体を排除し、グラウンド・ゼロ戦に向けて後顧の憂いを断つのが今回の戦いの最大目標である」
そのマードックの言葉を聞いて、手を挙げたのはノイマン准尉。
昨日、ラプター戦闘機部隊を率いて、空から日向たちを援護してくれた兵士だ。
「タイガー。そうは言うがな大尉、あの巨竜型のレッドラム、恐ろしく強いぞ。さすがに飛行速度は戦闘機には及ばないが、セントルイスの街を一分足らずで横断できる程度の速度は出る。おまけに甲殻はミサイルの直撃にも耐え、火力については昨日ご覧になった通り」
「そうか、お前は昨日、奴が我々の前に降りてくる前に、奴と交戦したのだったな。つまり准尉、お前が言いたいのは……」
「タイガー。街の攻略、鮮血旅団の相手、そういう作戦のついでに片付ける荷物としては、あまりにも重すぎるということだ。あの大火力と飛行能力で、街中に展開した部隊は片っ端から叩き潰されるぞ」
ノイマンの警戒はもっともだが、その発言によってチームの皆が動揺。早くもブリーフィングの雰囲気が悪い方向へ向かい始めてきた。
そんな雰囲気を払拭するべく、マードックが口を開く。
「それでも、避けられない相手だ。だから、勝つための作戦を用意してきた。この作戦には、日本チームの日向と日影、そしてミス・アンダーソンの協力が必要不可欠になる」
「オレと、日向と、エヴァの?」
「すぅ……すぅ……」
「おいエヴァいい加減に起きやがれ。お前の名前呼ばれたぞ」
「ねむねむ……」
寝ぼけまなこを右手でこするエヴァ。
それでもまだ眠そうである。
これにはマードックも肩をすくめた。
「……やむを得ん。話が進まなくなりそうだから続けるぞ。エヴァには後でそちらから説明しておいてくれ」
「悪ぃな。それじゃ続き頼むぜ」
「うむ。まずは巨竜型の飛行能力を封じるため、エヴァの重力操作能力を利用する。これを使って、巨竜型が空を飛ぶのを封じる」
「だが、エヴァの重力操作は、そこまで遠くまでは届かねぇ。使うなら巨竜型に近づかねぇと……って、ああ、そのためのオレかよ」
「そういうことだ日影。エヴァの護衛、それから巨竜型が陸路で逃げるのを防ぐため、お前に頑張ってもらう。お前の火力と機動力、そして不死身性なら、単騎でも十分に巨竜型を抑え込める、と私は見ている」
「そこまで言われちゃ、やらねぇわけにはいかねぇよな。いいぜ、やってやる」
マードックの作戦を、日影は承諾。
つまるところ、エヴァで飛行を封じ、日影で削り、巨竜型の動きを鈍くしたところで、日向にトドメを刺してもらう。これが、マードックが打ち出した対巨竜型作戦の大まかな概要だ。
「結論、巨竜型の相手は俺たち三人だけで担当ってことですか? いけるかな……」
心配そうな声を上げる日向。
そんな彼に、マードックが言葉をかける。
「主軸となってもらうのはお前たち三人だが、もちろんこちらも手を貸そう。ラプター戦闘機部隊には、お前たち三人を集中的に支援するよう指示を出す」
「本当ですか? ……あ、でもミサイル砲台型のレッドラムもいるから、まずは地上部隊が砲台を始末しないと戦闘機も活動できないんじゃ……」
「いや、今回の敵砲台は、初手から航空戦力で一気に叩く」
「え!?」
「飛空艇と、ラプター戦闘機部隊、それからニューヨークの作戦本部から呼び寄せている無人爆撃機。これらを使って、作戦開始と同時に四基のミサイル砲台、その全てを始末する。今回の作戦を円滑に進めるには、対地攻撃を始めとした航空支援を最大限活用しなければならない。そのためには、我々が制空権を独占することが必要不可欠だ」
「でもそれじゃあ、戦闘機部隊の皆さんが危険なんじゃ……」
日向はそう言うが、その言葉を遮ったのは、ほかならぬ戦闘機部隊のノイマン准尉。
さらに見れば、他のパイロットたちもそろって決意を固めた表情をしていた。
「タイガー。心配は無用だ日下部日向。いちいちミサイルごときにビビっているようではパイロットは務まらん。対空戦力の始末も立派な戦闘機の仕事だ」
「そこまで言うなら、分かりました……。皆さんどうかご無事で」
彼らの決意を邪魔するわけにはいかない。
日向は自分にそう言い聞かせて、己を納得させた。
マードックが作戦の説明を続ける。
「セントルイスの街を東西南北と中央の五エリアに分けた時、中央に巨竜型のレッドラムがいて、残りの四方にそれぞれミサイル砲台型のレッドラムと、その他のレッドラムたちが集まっている。ミサイル砲台型を始末した後、およそニ十組の地上部隊を投下し、それぞれのエリアを攻略する」
その説明を聞いて、今度はリカルド准尉が手を挙げた。
「戦力の分散はこちらもリスクがありますが……冷静な大尉のことだ。何か狙いがあるのですよね?」
「ああ。一番の狙いは殲滅力の向上だ。各部隊で片っ端からレッドラムを撃破していくことにより、中央の巨竜型に他のレッドラムを近づけさせないようにするのが大きな目的だな」
「そうか、巨竜型のレッドラムを相手するのは日下部くんたち三人だけ。いくら彼らといえど、きっと巨竜型の相手だけで手一杯。ここに別のレッドラムの乱入が入ったら、彼らの状況は一気に悪くなる。そして巨竜型が解放されてしまったら……」
「巨竜型は空を飛び、街中に展開する我々に火を吹いて回ることだろう。そうなれば最悪、我々の敗北まで一直線ということもあり得る」
それだけは避けなければならない。
巨竜型を逃がすことは、事実上の人間陣営の敗北条件だ。
ここで、サミュエル中尉も手を挙げた。
「巨竜型、ミサイル砲台型については分かったが、結局のところ、鮮血旅団は具体的にはどうするつもりだ? 『発見次第、各自で倒せ』とは言わんだろうな? それができたら苦労はせんぞ」
「それについても、いくらか考えがある。もっとも、運悪く遭遇してしまったチームには多大な負担をかけてしまう作戦だが」
「ふん、ならば良い。考えの一つでもあるならば、こちらも苦労をする甲斐があるというもの。元より楽に勝てる相手だとは思っていない。存分に負担を背負ってやろうじゃないか」
「すまん、感謝する。具体的な作戦内容については追々説明しよう」
ここまでの作戦の流れを大まかにまとめると……。
まず、航空戦力が、東西南北の四エリアに配置されているミサイル砲台型のレッドラムを排除する。
次に、東西南北と中央、計五つのエリアに地上部隊を投入。
中央の巨竜型のレッドラムは、日向と日影とエヴァの三人をぶつける。
東西南北の四エリアを担当する部隊は、担当エリアのレッドラムたちが巨竜型の援護にいかないよう、レッドラムを各個撃破していく。この流れで鮮血旅団の撃破も狙う。
この作戦の最大目標は、鮮血旅団と巨竜型のレッドラムの討伐。
これが達成できたのであれば、まだ他のレッドラムが街に残っていようと、体勢立て直しのために一時撤退しても構わない。それくらい大きな目標だ。
「長い一日になるぞ。諸君、心してかかってほしい」
その一言で、マードックはブリーフィングを締めくくった。