第1332話 悔いの多い勝利
「まずい! レイカさんが斬られた!」
日向が焦りの声を上げる。
レイカが光剣型のレッドラムの一手を見誤り、腹部に斬撃を受けてしまった。かなり深く斬られてしまったらしく、彼女の腹部から血が止まらない。
「く……うぅ……!」
地面に倒れ、痛みをこらえるレイカ。
目の前にはまだ光剣型のレッドラムが立っているが、レイカは動けない。
そのレイカにトドメを刺すべく、光剣型は右手の剣を振り上げた。
そこへ間一髪、本堂が光剣型に体当たりを仕掛ける。
「させんぞ……!」
スポーツカーもかくやというほどの猛スピードで、右腕の刃を盾にしながら突撃する本堂。
しかし、光剣型も本堂の接近に素早く反応。
光剣を振り下ろす先をレイカから本堂へ変更し、彼と正面からぶつかり合う。
本堂の刃と、光剣型の赤黒い光の剣がぶつかり合う。
青白と赤黒のスパークが周囲にまき散らされる。
「こいつ……細い見た目の割に、何というパワーだ……!」
渾身の体当たりを正面から受け止められ、本堂も驚愕している。
すると、光剣型が渾身の力を込めて、剣を振り抜いた。
とうとう本堂は光剣型に押し切られ、体勢を崩してしまう。
「くっ……!」
せめて急所は斬られないようにと、本堂は素早く両腕を戻し、自身の身体の正面で構える。
それを見越してか、光剣型が繰り出したのはソバット。
その場で一回転してからの蹴りで、本堂を吹っ飛ばした。
「ぬ……!」
光剣型のソバットは凄まじい威力だった。本堂は今やマモノとなり、身長がさらに高くなって筋肉量も大幅に増加し、体重は百キロを超えているというのに、その本堂が石ころのように軽々と蹴り飛ばされたのだから。
そして、吹っ飛ばされた本堂の先には、彼とレイカを援護しようと駆けつけていたシャオランが。
「わわ!? ホンドー!?」
吹っ飛ばされてきた本堂を、シャオランは受け止めた。
しかし、その優しさが今回は裏目に出た。
レイカを守るために光剣型を阻む者が誰もいない。
こうして本堂を振り払った光剣型のレッドラムは、今度こそレイカにトドメを刺すべく、右手の光剣を引き絞りながらレイカめがけて飛び掛かった。レイカの心臓を狙って光剣を突き出す。
……が、光剣型が光剣を突き出した時には、すでにその場にレイカはおらず、誰もいない道路に剣の切っ先が突き刺さるのみ。
レイカを助けたのはコーネリアス少尉だ。これまで狙撃のために遠くから光剣型を狙っていたが、レイカを助けるためにここまでやって来て、右の義手に内蔵されたトラクタービームでレイカの義足を掴み、引き寄せたのだ。
だが、コーネリアスはレイカを助けたものの、ここから離脱するだけの時間的余裕が無い。光剣型はコーネリアスともどもレイカを再補足し、二人めがけて再び飛び掛かる。
「迎え撃ツしかなイか……!」
片膝をつき、対物ライフルの銃口を光剣型に向けるコーネリアス。
その時、光剣型の横から超高速で接近してくる炎の塊が一つ。
”オーバーヒート”を行使する日影だ。
「おおおぉぉッ!!」
日影は、コーネリアスたちに飛び掛かっていた光剣型を横からかっさらい、そのまま自分ごと進路の先にあるビルの壁に激突。
それでもなお日影は止まらず、光剣型を巻き込みながらビルの内部を破壊して突き抜け、ビルの反対側まで突破。
そこでようやく日影は止まり、光剣型も道路の上に投げ出された。
光剣型は受け身を取り、右の光剣を地面に突き刺して支えにしながら立ち上がる。並のレッドラムなら原形も留めないほどの攻撃を受けたというのに、光剣型はいまだ健在である。
「恐らくは、地の練気法の”大金剛”だろうな。全身の筋線維を引き締めて肉体を硬化して、オレの激突のダメージを抑えやがった。とはいえ、炎のダメージまでは軽減できなかったはずだから、間違いなくダメージは入ってる」
その日影の推測は正しいようだ。
光剣型のレッドラムは、これ以上戦うつもりはないらしく、逃げる算段を立てている様子だ。
「機体損傷。状況、ヤヤ悪化。コレ以上ノ行動継続ハ不毛。撤退準備」
……と、光剣型のレッドラムがつぶやいた、その時だった。
「おっと、これだけ好き放題にやっておいて、我々がお前をみすみす逃がすと思うか?」
マードック大尉の声がした。
そして、周囲の建物の陰や屋上から、四十人近いアメリカ兵が姿を現す。
兵士たちは、それぞれの銃器や高周波ブレードを光剣型のレッドラムに向けている。おまけにマードックや一部の兵士はガトリング砲やロケットランチャーなどの重火器まで装備している。
ジャックの姿もあり、光剣型に二丁のデザートイーグルを向けている。
「そろそろ俺も麻痺が抜けてきたぜ。さぁ、これだけの人数がいるんだ。今からオマエがどんなにダイナミックに動こうが最後にはハチの巣だぜ?」
完全包囲だ。
先ほど突破された十数人規模の包囲とはワケが違う。
今回ばかりは、光剣型も少し焦っているようだ。
ゆっくりと周囲を見回し、どこかに包囲の穴が無いか探しているように見える。
だが、その時。
マードックの通信機に着信が入った。
戦闘機部隊のノイマン准尉だ。
『タイガー! こちらノイマン! 大尉、そっちに空からやばいのが来てるぞ! ダメだ、俺たちだけでは突破される!』
「む、どうしたノイマン? 何が来るのだ!?」
普段はマイペースなノイマンが珍しく慌てた様子を見せており、思わずマードックも聞き返す声を大きくしてしまう。
そのノイマンの通信から一拍置いて、マードックたちの真上の空を、巨大な何かが駆け抜けた。真っ黒な影が一瞬だけ、この周囲を暗くした。
その後、空から無数の赤黒い火球が降ってきた。
まるで流星群のように、容赦なく地上に落下してくる。
「うわわわ!? 何か降ってきた!?」
「い、隕石か!?」
「逃げろ! 巻き込まれるぞ!」
周囲の建物や道路に次々と赤黒い火球が降り注ぎ、建物は倒壊し、道路は炎上し、あっという間に周囲が赤黒い火の海と化した。
幸い、今の火球で、アメリカ兵たちに死傷者は出なかったようだ。
だが、光剣型に対する包囲網は完全に崩壊してしまった。
すると、光剣型の近くに、巨大な何かが空から降りてきた。
それは、巨大な竜だった。
前進が鮮血のようなぬめりのある赤で、金の竜眼、四つ足で大地に立ち、一対の巨大な翼を背中に持ち、全身がささくれだった甲殻に包まれ、鼻の頭に血が結晶化したような一本角を持つ、見上げるほどに巨大な竜だった。
「GRRRUUOOO……!!」
「こ、こいつもレッドラムなのか……?」
「そんで、あの眼……目付きのレッドラムってヤツか……」
マードックとジャックがつぶやく。
すると、光剣型が大きくジャンプして、その巨竜型のレッドラムの頭の上に乗った。
光剣型が頭の上に乗ると、巨竜型のレッドラムは背中の翼を羽ばたかせる。
そして、巨竜型の大きな体躯がふわりと宙に浮く。
そのまま巨竜型は、空の向こうへ飛び去っていった。
一応は、日向たちとアメリカチームは、光剣型を撃退することができたと言っていいのだろう。
だが、歓声を上げる者は誰一人としていなかった。
前日とは打って変わった、悔いの多い勝利であった。