第1320話 炎刃と氷嵐
超長距離砲型レッドラムを中破させたカイン曹長。
持っていた高周波ブレードを投擲したため、この場はいったん引き下がろうとする。
しかし彼の退路には、先ほど突破したばかりの十体ほどのレッドラムの群れが立ちはだかっている。リーダー格らしき大盾型のレッドラムが、カインに声をかけてきた。
「貴様! サッキハヨクモ踏ンヅケテクレタナ! 楽ニハ死ナセンゾ!」
「頭を踏んづけられただけで怒り過ぎっしょ。まぁ俺はこの通り丸腰なんで、今日は定時退社させてもらうっすー」
「馬鹿ガ! 逃ガスト思ウカ!?」
「逃げるんだなぁこれが」
そう言うと、突如としてカインの身体から煙が噴出する。
これは霧だ。目の前すらまともに見えなくなるほどの、煙幕のような濃霧だ。
霧がカインを包み込み、レッドラムたちを巻き込み、あっという間にレッドラムたちはカインを見失った。
「クソ! アノ餓鬼! ドコニイル!」
「あ、心配しなくても、まだ暴れ足りないなら、ウチのブレード部隊の怖ーい隊長が相手してくれるみたいっすよ。まぁ何と言うか、お気の毒様っす」
霧の中から、カインが大盾型のレッドラムにそう声をかけた。
大盾型は怒りのうなり声を上げながら、周囲を見回してカインの姿を探す。
その時、大盾型の視界の外から、赤い軍用シャツを着た、一人のブレード兵が接近してきた。霧に紛れて、突然に。
「何ィ!? イツノ間ニ、コノ距離マデ……!?」
「もう遅いっ!」
男が握る高周波ブレードの刀身が、炎に包まれる。
その瞬間、数十の燃える剣閃が、ここにいる十体近くのレッドラムたちを切り刻んだ。
「GYA……!?」
「GUUAAA……」
あっという間に細切れにされたレッドラムたち。
赤いシャツのブレード兵は、持っていたブレードをひと振りして、刀身に宿していた炎を消す。
この男はサミュエル・カーライル中尉。
その実力はARMOUREDのメンバーにも引けを取らないと評される。
先ほどカインが去り際に言っていた怖ーい隊長その人である。
サミュエルが発現させた異能は”溶岩”。
火を操り、ブレードに炎を宿すといった芸当ができるようになったようだ。
「ふん。カインめ、面倒を押し付けてくれる。一体くらい減らしてから撤退してほしかったものだ」
そのサミュエルを始末するべく、姿を現すライフル型。
数は三体。素早くサミュエルに照準を合わせる。
「KIKIKIKI!!」
歪な笑い声をあげるライフル型のレッドラムたち。
これからサミュエルを撃ち抜けるかと思うと笑いが止まらない、といった様子だ。
しかしサミュエルは微動だにしない。
その場から動くことも、ブレードを構えることもしない。
ただその場に立って、ライフル型のレッドラムたちを睨んでいる。
その時。
ライフル型たちの横から、猛烈な冷気が吹き付けてきた。
「GA……!?」
「AAAAA……!?」
冷気に巻き込まれたライフル型たちは、あっという間に真っ白な氷像に成り果て、そのまま自重で崩れ落ちた。
冷気が飛んできた方向から、一人の若い兵士がサミュエルのもとへ歩み寄ってくる。
「中尉。僕が援護するからって、もう少し動いてくれてもよくないですか? そんなにジッとされると、すぐに援護しないと敵の攻撃に晒されるって心配になるんですよ、冷静に考えて」
「普段の貴様の言葉通り、冷静に考えた結果、別に俺が動く必要は無いと判断したまでのことだ」
「だからって味方に必要のない負担をかけたら元も子もないでしょう冷静に考えて……」
サミュエルに苦言を呈するこの若い兵士は、リカルド・フロスト准尉。
”凍結能力”と”属性付与”の超能力者。
エヴァから『星の力』を分けてもらう以前から異能力を扱う兵士だ。
リカルドは、どうやら北園と同じく、エヴァから分けてもらった『星の力』を自身の超能力の強化に充てているようだ。あれほど強烈な冷気は、今までの彼では簡単に発動できるものではなかった。
サミュエルとリカルドは、お互いに性格的に相容れないのか、よくいがみ合っている。沖縄では日影たちとカーチェイスを繰り広げつつ、二人で喧嘩をしていたほどである。
だがしかし、なぜか戦闘時の息は合っている。
その証拠に、ちょうど二人は新手のレッドラムの群れに取り囲まれるも、特に言葉は交わさずに背中を合わせ、二手に分かれる体勢に。
「准尉。一体とてこちらに通すなよ。今日はもう、若手の尻拭いはたくさんだ」
「中尉こそ、小言を言われた腹いせに、僕の方にレッドラムを誘導とかしないでくださいね?」
「ふん。そんなまだるっこしい真似をするくらいなら直接斬りかかっている」
「冷静に考えて、あなた普通にそれをしますからねぇ……っと、来ますよ!」
「SHAAAAA!!」
レッドラムの群れが突撃してきた。
カーライルは高周波ブレードに炎を宿し、リカルドも超能力発動の用意。
さっそくカーライルは燃え盛る高周波ブレードを振るい、レッドラムを三体同時にスライス。自ら敵陣に切り込んで、ブレードを振り回して次々とレッドラムを斬り捨てていく。
リカルドは地面に手を付いて、氷柱の槍衾を生成。まっすぐ突っ込んできた二体のレッドラムを串刺しにした。
さらにリカルドは、両手から猛烈な吹雪を発射。
吹雪を浴びせられたレッドラムが、片っ端から凍結していく。
「KUAAAAA!?」
「GYAAAAA……!?」
しかし、二体のクロー型レッドラムが、自慢の身のこなしでリカルドの吹雪を掻い潜ってきた。そのままリカルドに肉薄し、鋭い長爪をリカルドに突き刺す。
「SHAAAAA!!」
「殺ッタゾ!」
……しかし、金属音が鳴り響く。
クロー型の突き刺し攻撃が、リカルドに防御された音だ。
見れば、リカルドの肉体の一部が凍り付いて、クロー型の突き刺しを受け止めている。どうやらこの氷は、装甲のように分厚く頑丈なようだ。
「何ィ……!?」
リカルドが発現させた異能は”吹雪”だが、この異能はリカルドの超能力を強化しただけではなかった。かつてのゼムリアのように、超低温にも耐えられる肉体を彼にもたらしたのである。
すると、受け止められたクロー型たちの爪が、氷との接触面から猛スピードで凍り付いていく。氷は一瞬でクロー型たちの腕を巻き込み、肩まで到達し、やがて身体全体を凍結させていく。
「コ、凍ル……!? 身体ガ、凍ル……!」
「GYAAAA……!?」
「もっと冷静に攻めるべきだったね。下手に今の僕に手を出したのが君たちの運の尽きだ」
これで、リカルドが担当するレッドラムは全滅。
サミュエルの方は数が多いらしく、まだ戦闘中だ。
リカルドはサブマシンガンを取り出し、サミュエルと交戦しているレッドラムたちに向けて発砲。リカルドの銃弾を受けてレッドラムたちが怯む。
「GYAA!?」
「GUAAA!?」
レッドラムたちが怯んだ隙に、サミュエルが一気に斬り払う。
これでサミュエルが担当していたレッドラムも全滅。
するとサミュエルは、そのまま超長距離砲型のレッドラムのもとまでダッシュ。大きく飛び上がり、燃え盛る高周波ブレードで長い砲身を一刀両断。
「はぁぁっ!!」
「GAAAAAA……!?」
砲身を真っ二つにされ、その切断面からサミュエルの炎が燃え広がる超長距離砲型のレッドラム。消火する手段はないようで、肉体に燃え移ってしまった以上は”反射”の超能力でもどうしようもない。
これで、三基目の超長距離砲型のレッドラムも陥落。
それを見届けたサミュエルは、リカルドに声をかけた。
「何だ、今日はオキナワの時と違って、ちゃんと殺傷力のある銃弾を使っているのだな?」
「冷静に考えずとも、こいつらに手加減の必要性はゼロですからね。連中に我々の本気という奴を見せてやりましょう」
「そうだな。オキナワの時にはついぞ足並み揃わなかった、我々の本気をな」
ニヤリと微笑み、サミュエルはつぶやいた。
「……中尉が少しでも笑うところ、冷静に考えると初めて見たかもしれません」
「なんだと貴様。いや流石にそんなことはないだろ。ないよな?」