第121話 日米交流
二日目の合同演習の日。
とはいえ、両国のメンバーともに昨日のワイバーン掃討のやり切った感が抜けておらず、合同演習は訓練ついでの懇親会のような様相である。
射撃場では、ジャックが射撃訓練を行っている。50メートル先の円形の的を狙い撃ちする訓練である。その隣では日向が見学している。
ズドン、ズドン、と発砲音が鳴り響く。
ジャックが使っているのは、愛用の二丁の対マモノ用デザートイーグルだ。
通常のデザートイーグルでさえ、暴れる牛を一撃で黙らせる威力があるというが、この対マモノ用デザートイーグルは、高い生命力、頑丈な甲殻などを持つマモノにも十分に通用するように、威力と貫通力をさらに高めた怪物ハンドガンである。
当然その分、射撃時の反動は強烈である。
日向は以前、同じものを下手に撃って手の骨を粉砕骨折した。すぐに再生したが。
よく訓練された軍人でさえ悲鳴を上げるほどの反動だが、ジャックは両腕が義手になっているため、射撃時の衝撃は義手が吸収してくれる。ゆえに、このデタラメ兵器を二丁拳銃で取り扱うなどという無茶ができる。
「……っし! どーよヒュウガ、見事なモンだろ?」
得意げに日向に声をかけるジャック。
彼が撃ち込んだ弾丸は、そのほぼ全てが的の中央付近に固まっている。
「ああ、すごいよジャック。この距離からそれだけ狙えるなんて。さすがは一年間マモノと戦ってきただけあるよ」
「だろ? もっと褒めてくれてもいいぜ!」
「よっ、世界最強のマモノ討伐チーム! デザートストーム! ガングレイヴ!」
「よっしゃ、じゃあ次はデカい両手剣でも背負ってみるか?」
「それやったらデビルハンターになるな」
ジャックも普段からかなりゲームを嗜んでいるようで、日向とはかなり話が合う。日向も日向で思う存分ゲームネタをぶつけられる仲間が出来て、水を得た魚のごとく活き活きとしていた。
ジャックは、日向たち『予知夢の五人』に対抗意識を燃やしてはいるが、それはそれとして付き合いの良い日向のことはとても気に入っていた。一方で日影のことは相当ライバル視しているようだが。
「なぁヒュウガ。お前らの持つ『太陽の牙』って、『星の牙』をあっという間にやっつけられるんだろ? 傷も治すって聞いたぜ。だったらよ、仲間なんて連れずにオマエだけで戦っても良いんじゃねーか?」
「んー、極論言うとそうかもしれないけど、『星の牙』って強いじゃん? 日影ならともかく、俺だけじゃ攻撃を当てる以前の問題だと思うんだよね。”再生の炎”だって限界はあるみたいだし。だから仲間の助けはやっぱり欲しい。それに北園さんの予知夢もあるし、最後は皆で戦わないといけないからなぁ。チームワークも高めておかないと」
「はぁん? そっちも大変そうだな。……そうだ、ヒュウガも銃を撃ってみるか? いずれ使うことになるかもしれねーぜ?」
そう言ってジャックが、訓練用の銃を日向に手渡す。
日向でも撃てるであろう、反動が弱い銃だ。
……しかし日向は、首を横に振る。
「……いや、俺は、銃は……」
日向が複雑な表情を見せるが、ジャックは気にせず日向に話を続ける。
「便利だぜ、銃ってのは。マモノとの戦いにも役立つ、人間サマの最強の武器だ。活用しない手はねぇぜ? 絶対に必要になる場面が来るって!」
「じ、じゃあ一発……!」
そして日向は、ジャックから銃を受け取り、的に向かって引き金を引いた。
ダン、という音と共に、的のど真ん中に穴が空いた。
「……おいおいマジかよ。初体験がジャックポットとはな」
ジャックは、複雑そうな表情で呟いた。
しかしその複雑さは、どちらかといえば嬉しさ寄りのようだった。
◆ ◆ ◆
一方こちらは駐屯地の端にある木陰。
そこには北園とシャオラン、そして『ARMOURED』のレイカが集まっていた。
「じゃあ、レイカさんも生まれつきの超能力者なんですね! また仲間が見つかった!」
「ええ。二重人格は精神の病気の一種とも言われているけど、私の場合は見た目までかなり変わっちゃいますから。それで超能力の一つと位置付けられているんですよ。私とアカネは、共に一人の人間として完全に独立しています」
「なるほどぉ。……ねね、レイカさん。アカネさんとはいつでも自由に切り替われるの?」
「できますよ。やってみせましょうか?」
そう言うとレイカは目を瞑り、ジッとし始めた。
すると徐々に彼女の黒髪が赤く変色していく。
そしてレイカが目を開くと、彼女の青い目もまた赤く変色している。アカネが現れたのだ。
「ちっ、レイカのヤツ、いきなり叩き起こしやがって。付き合わされるこっちの身にもなれってんだ」
「わぁ、本当に変わった! アカネさんアカネさん! アカネさんはどうやってレイカさんの中で生まれたんですか!? それともまさか、アカネさんが元々の人格だったとか……!」
「ああくそ、さっさと戻って来いレイカ! アタシゃこういう性格の奴は苦手なんだよ!」
(どうしようかしら。アカネがそんなに困ってるところ、珍しいもの。もうちょっと見ていたいな)
「ざっけんなてめコラ!」
小ぢんまりとした北園を追い払おうとするアカネだが、北園は一向に引き下がらない。さながら『なぜか親戚の子供に懐かれた不良姉ちゃん』といった様子であった。
◆ ◆ ◆
こちらは駐屯地内の休憩室。
そのテーブルの上に乗せられているのは、一丁の長大な銃、対物ライフルである。
コーネリアスは昨日、これを右腕のみでぶっ放していたが、彼の右腕もまたジャックと同じく肩まで義手に置き換えられている。彼らの義手は強力なパワーを生み出せる。だからそういう無茶な使い方にも耐えられるのだ。
その対物ライフルが今は分解され、コーネリアス少尉の手によって丁寧に手入れされているところだ。
「…………。」
銃身を、内部に至るまで丁寧に磨き上げていく。
どこかに傷や破損が無いか、細かくチェックしていく。
その真剣な様子は、昨晩この場所でマリカーを全力で楽しんでいた男と同一人物とは思えない、プロの軍人の姿であった。
「ふむ……」
「…………ム。」
コーネリアスが顔を上げると、そこには本堂が立っていた。
コーネリアスの銃の手入れの様子を静かに見つめている。
「………………。」
「………………。」
沈黙が続く。
「………………………………。」
「………………………………。」
ひたすら沈黙が続く。
「…………………………………………。」
「…………………………………………。」
いやそろそろ何か喋ってくれお前ら。
「……………コーネリアス少尉」
先に沈黙を破ったのは、本堂だった。
コーネリアスの名を呼ぶと、そっと右手を差し出す。
「………………。」(ガシッ)
コーネリアス、差し出された右手を強く握る。
つまるところ、握手である。
お互いほぼ全く会話していないのに、ここに一つの友情が生まれた。
『貴方とは波長が合うと思っていました』
『奇遇だな、俺もだ』
コーネリアスに気を遣い、英語で彼に話しかける本堂。
『ときに少尉。巨乳は好きですか』
『俺は貧乳派なのだが』
『む。』
……早くも無言から生まれた友情が瓦解しようとしていた。
◆ ◆ ◆
そしてここは駐屯地内のトレーニングルーム。
「くおおおおお…………!!」
「が、頑張れヒカゲ! キミならできる! たぶん!」
そこでは日影がベンチプレスに挑戦していた。
傍ではシャオランが応援している。
バーベルの重さは70キロに設定している。
バーベルは震えながらも、日影の腕力によってゆっくりと浮き上がった。
「ぐ……よっしゃ……持ちあがったぜ……」
「うひゃあ、すごい……。さすがだよヒカゲ……」
「なーに言ってんだ。お前の方がもっと重い重量でいけるだろ?」
「ほお、その若さでそれほどの重さのバーベルを上げるとは、やるな」
そう日影に声をかけたのは『ARMOURED』の隊長、マードック大尉だ。
戦闘用のコートを脱いでおり、全身の黒い義体が露わになっている。
「うわぁ……デカい……いいなぁ身長が高くて……」
「アンタは確か、マードック大尉か。アンタもトレーニングか?」
「トレーニングというか、動作確認だな。すでにほぼ全身が機械に置き換わった私は、筋力トレーニングを必要としないのだ。昔はガッツリやっていたのだがな」
「なるほどね。……なぁ、アンタはなんで全身を義体にしたんだ? これは純粋な興味だ。嫌じゃないなら聞かせてほしいんだが」
「ふむ……。私は生身の頃からアメリカの兵士だが、ある戦争の最中、対人地雷禁止条約に反して仕掛けられた地雷を踏んでしまい、運悪く全身不随になってしまった」
「やっぱ地雷ってヤベェんだな……」
日影の呟きに、マードックも神妙な表情で頷きつつ、話を続ける。
「それ以来、ベッドで寝たきりの生活だったのだが、レイカの父親の研究所が『義体のテスト協力者』の募集をかけていてな。それに応募した。全身の義体化など当時の技術では無理と言われていたようだが、『どうせこんな身体では死んだも同然だ。存分に実験に使ってくれ』と言ってやったのさ。そしたらな、『ふざけんな。アンタはまだ生きている。だから必ず助けてやる』と研究者たちに言われてな。施術が終わり、目が覚めたらこの身体だ」
「逆に研究者たちに火を点けちまったワケだ。アンタは『恩を返すため』に戦ってると聞いてたが、合点がいったぜ」
「ああ。彼らから貰ったこの身体で、私は合衆国を、そして世界を守ろう」
「なるほどな、ありがとうよ、聞かせてくれて。……ところで、アンタらの義体って相当なパワーが出せるんだろ? アンタの身体は何キロくらいまでの重さに耐えられるんだ?」
「私の場合は1トンは軽いな」
「強ぇなオイ!? シャオランの『地の練気法』とどっちが頑丈なんだろうな……」
「た、試してみようとか言わないでよね!?」
◆ ◆ ◆
そして、別れの時がやって来た。
西日が夕焼け色に輝いている。
日向たちは十字市へ、アメリカチームは故郷へと帰らなければならない。
「じゃーなヒュウガ! それと日影。次は負けねー。世界最強のマモノ討伐チームは俺たち『ARMOURED』だ!」
「『負けねー』って、オレたち何か勝負してたか?」
「俺はしてたんだよ! チクショウ、ヒュウガと違ってオマエは腹立つぜ!」
「そう褒めるなよ」
「これっぽっちも褒めてねーよ! 俺より日本語ヘタクソかオマエ!」
「ジャックくん! 早く来ないと置いていきますよー!」
「待てよレイカ、今行く……ってオイ! もう離陸開始してんじゃねーか!? 待て待て待て!?」
ジャックはすでに少し浮いているオスプレイに向かって飛び、まだ開いているハッチの先端にしがみ付いた。そしてそのまま日向たちに手を振って、飛び去っていった。沖縄の米軍基地を経由して本国に帰るらしい。
その後、日向たちも十字市へと戻り、普通の学生らしい春休みの日常が戻ってきた。