第1311話 作戦開始宣言
夜が明けて、次の日が来る。
日向の存在のタイムリミットは、残り15日。
今日はまだ、超長距離砲への襲撃は仕掛けない。
作戦の成功を確実なものにするための準備期間だ。
日向たちとしても、昨日ドゥームズデイと激闘を繰り広げたばかりだ。肉体の傷は北園の”治癒能力”で治してもらっているが、消費したスタミナや、緊張感などによる精神的疲労はまだ残っている。本人たちにその自覚は無くとも、きっと彼らの身体のどこかに。
なので、日向たちも大事を取って、今日は休養と、明日に向けてのプランニングに注力することにした。
空母のデッキにはたくさんのアメリカ兵たちが出てきており、周囲の海や空を見張っている。
昨日、アメリカ兵たちは日向たちを助けるため、ここ最近でもっとも派手に動いた。恐らくは、大地の上に立つ敵の位置を把握できるというグラウンド・ゼロも、ここがアメリカ兵たちの拠点であると特定したことだろう。
その情報をもとに、レッドラムを送り込んでくるのではないか。
そう思い、アメリカ兵たちは空母の周りを警戒していた。
今のところ、レッドラムが現れるような気配はない。
二人の兵士が、見張りを行ないながらやり取りを交わす。
「レッドラムどもは来ねぇな。絶対に俺たちの居場所は把握しただろうに、何もアクションを起こさないたぁ、俺たちがナメられているのか、それとも万全の体勢で俺たちを迎撃するための準備をしているのか」
「前者であることを祈るよ。油断している敵は狩りやすい」
「ちぇっ、来たら来たで、せっかく手に入れたこの『異能』を試すチャンスなのにな」
そう言うアメリカ兵の腕からは、メラメラと火炎が燃え盛っていた。
アメリカのマモノ討伐チームには何人かの超能力者が在籍しているが、この兵士は本来、何の能力も持っていない人間だった。それがどうして炎の異能を持っているのかというと、エヴァの『星の力』を分けてもらったからだ。
ロシアの時と同じだ。アメリカチームの戦力を大きく引き上げるため、日向たちは、エヴァが保有する『星の力』を彼ら全員に分け与えることに決めた。
その結果、アメリカのマモノ討伐チームは、一人ひとりがエリート軍人な異能力者集団となったのである。
彼らは、全員が高度な戦闘訓練を受けた精鋭だ。
そんな彼らが、皆そろって異能力者になった。
その関係上、総合戦闘力はロシアの市民軍とは比較にならないだろう。
多くの兵士たちが空母の周囲を見張っているが、何人かの兵士はデッキの上でそれぞれの異能を披露している。明日の実戦に備えて、獲得した異能を己に慣れさせるためである。
そんな中、日向は自分たちの飛空艇のもとへ向かう。
飛空艇は現在、この空母のすぐ隣に滞空させている。
その飛空艇の甲板にはスピカとミオンがいた。
この二人は、飛空艇の装甲の具合を確かめてくれている。
「お二人とも、どうですか? 昨日のドゥームズデイとの戦いから、飛空艇の光の装甲はどれくらい回復しました?」
「おー、日向くんー。いやね、ワタシたちが思ってたより、ちょっと内部にダメージがあったっぽいんだよね」
「え、それ大丈夫なんです?」
日向が焦りの表情を浮かべる。
明日の超長距離砲破壊作戦は、まずこの飛空艇に乗せられるだけの戦力を乗せ、バリアーの耐久力にものを言わせて超長距離砲に肉薄。接近後に搭載戦力を地上へ降ろし、速やかに超長距離砲を破壊およびピッツバーグの街を制圧する……といった内容だ。
つまり、飛空艇が動かせなければ、この作戦は前提が成り立たずに頓挫することになってしまう。それを日向は心配している。
すると、ミオンが笑顔で日向に語り掛けた。
「心配しないで~日向くん! アメリカチームのメカニックさんたちが、修理を手伝ってくれているから!」
「アメリカチームのメカニックが? アーリアの飛空艇を修理できるものなんですか?」
「私たちの補佐付きだけどね。でも、彼らは彼らで、この飛空艇が発見されてからすぐに、この飛空艇のメカニズムとかを調査していたみたい。だから、私たちやスピカちゃんが思っていた以上に力になってくれているわ~!」
するとここで、飛空艇の方から、日向のもとに近づいてくる小さな人影が一つ。
やって来たのは、アメリカチームのメカニックの一人、ハイネ・パーカーだった。歳は日向たちの一つ下で、作業服の上着を腰に巻きつけたタンクトップ姿である。
「よっすクサカベー! お疲れー! いやー、こんなすごい乗り物持ってきてくれてありがとうねー! なんかもうね、水族館に連れてこられた海洋生物大好きキッズみたいな気分。つまり、未知のテクノロジーの数々に、あたしはもう興奮が止まらない!」
「はは……マッドサイエンティスト一歩手前みたいな喜びようだけど、とりあえずハイネさんが楽しそうで良かったよ」
「あ、そーだ。これ渡しとくね。作戦の時に使って」
そう言ってハイネが日向に渡したのは、通信機だった。
ご存じの通り、今この地球では、通信機器の使用が全て封じられている。電話もスマホも無線通信も使えない。彼女はそれを知らないのだろうか。
「ええと、ハイネさん。今、この地球は、世界中で通信が妨害されてて……」
「知ってるよー。でも、この通信機は大丈夫。妨害を受けない周波数を見つけたから」
「え!? 嘘!?」
試しに通信機を使ってみる日向。
ハイネも通信機を取り出し、日向からの通信を受けた。
『もしもーし。聞こえるー?』
「通信機から声がする……。本当に妨害を受けていないんだ……」
『すごい範囲の周波数を妨害するけど、妨害の範囲はずっと固定みたいだったからね。こっちも総当たりで、妨害をすり抜けることができる周波数を無理やり発見したってわけ」
「そういえば、昨日少し気になってたんだ。カード大統領と会った時、俺たちのことはマードック大尉から既に連絡を受けているって言ってた。”精神感応”でも使わない限り、連絡の取り合いはできないんじゃないかって思ってたけど……」
「あー、この通信機のおかげだろうねー。おっちゃんにも一つ渡してるからさ」
「やっぱりすごいなハイネさん……そしてアメリカチームも……」
「連絡役がヨシノの”精神感応”だけじゃ、色々と不便だったでしょ? うまく活用してよね、それ!」
「分かった。大切に使わせてもらうよ。ありがとうハイネさん」
その後、日向はくつろいだり、兵士たちの訓練の様子を眺めたり、マードックと作戦の打ち合わせをしたりして時間を過ごした。
そして次の日。
日向の存在のタイムリミットは、残り14日。
空母のデッキには、アメリカのマモノ討伐チームがほぼ全員。
日向たち予知夢の六人の姿もある。
その彼ら全員の前に、カード大統領が立った。
一つ咳払いをして、口を開いた。
「ごほん。諸君、ついにこの日が来た。我々は今日という日を信じ、怪物どもに我らの大地を奪われるという雪辱に耐えながら、身を潜めてきた」
アメリカ兵たちは、それぞれ好きな体勢で大統領の話を聞いている。マードックやレイカのように姿勢を正して直立する者。楽な立ち姿勢をしている者。中にはジャックのように、デッキの手すりに腰かけている者もいる。
「今回の戦いは、この合衆国史上でも最も激しい戦争になるだろう。私は君たちと違い、戦闘には何の役にも立たない。そんな身分で君たちを死地に送り出さなければならないこと、本当に心苦しい」
しかし、と言って大統領は続ける。
「しかしそれでも、君たちを頼りにすることしかできないこの国の民の代表として言わせてくれ。どうか頑張ってくれ。そして勝ってくれ。この国の……いや、この星の未来のためには、君たちの力が必要だ!」
その言葉を受けて、兵士たちは歓声を上げ、拍手した。
口笛をピーピーと鳴らす者もいた。
兵士たちの士気は最高潮だ。
そして大統領は、演説を締めくくる最後の言葉を、高らかに読み上げた。
「ありがとう、諸君。その強さと勇気に最大級の敬意を。
それではこれより、合衆国本土奪還作戦を開始する!
諸君らの健闘を、心より祈らせてもらう! 以上!」