第1299話 スピカ型のレッドラム
「す、スピカさん……?」
日向が目の前の、スピカと瓜二つなレッドラムに問いかける。
すると、そのレッドラムは、本物のスピカと変わらぬ微笑みを浮かべ、口を開いた。
「やぁやぁー、スピカおねえさんだよー」
「……って言ってますけど、どう思います、たぶん本物のスピカさん?」
日向は、今まで自分たちとずっと一緒にいた、幽霊の方のスピカに声をかけた。
すると幽霊の方のスピカも、少し怒った風な様子で日向の言葉に返答する。
「たぶん本物ってなにー! まるでほんのちょっとでもワタシの方が偽物って可能性があるみたいじゃんかー!」
「スミマセン。ともかく、あいつはあなたとは……本物のスピカさんとは無関係なんですね?」
「そうだよー! なんか知らないけど見た目だけそっくりな別人だと思う!」
「あるいは、スピカさんの姉妹とか?」
「ワタシは一人っ子だよー!」
「まさか、スピカさん裏切った……!?」
「違うってばー! わざと言って楽しんでるでしょー!? たぶんアレは、王子さまが遊び心全開にして、ワタシそっくりに作ったレッドラムとかじゃないかな! あの人はそういうことする!」
「ああ確かに、狭山さんはそういうことする……」
呆れた風な目線を、狭山の代わりに目の前のスピカ型のレッドラムに投げかける日向。
すると、そのスピカ型のレッドラムも、まいった風に笑いだした。その仕草はやはり、本物のスピカとほとんど変わらない。
「あっはっは、さすがにすぐバレちゃうかー。そうだよー、ワタシは王子さまがスピカさんそっくりに作ったレッドラム。中身はただ、そこにいる本物のスピカさんの真似をしているだけの別人さ」
「いったい、何のために、スピカさんそっくりに?」
『太陽の牙』を構えながら、日向はスピカ型のレッドラムに尋ねてみる。
どうせその理由は秘匿される……かと思ったが、スピカ型は答え始めた。
「特に深い理由はないよー。ただ単に、もしもスピカさんがキミたちの敵だったら……っていうイフの実現だよー」
「よし納得した。狭山さんはそういうことする」
そう言い終わったその瞬間に、日向はスピカ型に斬りかかった。
……が、日向の全身に、上から強烈な重力を叩きつけられたような感覚。
「ぐっ……!?」
日向は立っていられず、叩きつけられるように地面に這いつくばってしまう。そして、その状態から全く動けない。
「日向くん!?」
「日向!」
後ろから、日向のことを心配する北園や本堂の声がかけられる。
その声に応えて立ち上がりたい日向だったが、立ち上がるどころか、日向の身体を押さえつけるパワーはさらに強くなる。もう全身が反り返って、へし折れそうだ。
「あっ、が……!?」
「ふっふっふー、ワタシがスピカさんそっくりなのは、何も見た目だけじゃないよ。超能力まで完全再現さ。生身の人間にも通用する最強の”念動力”、ご堪能いただけたかなー?」
すると、日向の身体を押さえつけていた”念動力”が解除された。日向は全身が粉砕される一歩手前だった。ダメージと”再生の炎”の熱さで、すぐには立ち上がれない。
「くぅ……、やっぱりあのスピカさん型、超能力まで再現してたか……。もしも、あの”念動力”まで再現されていたら厄介極まりないぞ、と思って先手を仕掛けてみたけど……」
「日向くん、だいじょうぶ!?」
後ろから北園が駆け寄って来て、日向を助け起こした。
日向も北園の手を借りながら立ち上がり、礼を述べる。
「ありがとう北園さん。それより、気を付けて。本物のスピカさんを再現しているっていうアイツの言葉、たぶんハッタリじゃない。アイツはたぶん、俺たちが今まで戦ってきたレッドラムの中でも最強クラスの強敵だ」
日向の言う通りだ。スピカは本来、アーリアの民の中でも最強の超能力者として数えられる実力者である。そんなスピカを完全再現したレッドラムとなると、屈指の強敵であることは間違いない。
スピカを完全再現しているというのなら、使用する超能力は恐らく三種類。
”念動力”、”読心能力”、”瞬間移動”だ。
以上の通り、スピカが使用できる超能力の種類自体は、そこまで多くない。しかし、その一つ一つが極めて強力で高性能なのだ。そして、その一つ一つが直接戦闘に向いている。それが、スピカがアーリアの民の中で最強の超能力者と評される所以である。
「皆、散らばるんだ! 固まっていたら一網打尽にされる!」
日向の声を受けて、皆が散開。
スピカ型を取り囲むように動く。
スピカ型も日向たちの心を読んで、その動きの意図を察知した。
”瞬間移動”の超能力で後方へ下がり、日向たちから距離を取る。
「ほーら、プレゼントだよー! 受け取ってねー!」
そう言って、スピカ型が”念動力”を行使。背後の崩れたビルから大小さまざまな瓦礫を集め、それを雨あられのように日向たちへ撃ち出してきた。
これに対して、北園が皆の前に出る。
「バリアーっ!」
北園が両手を前に突き出し、精神エネルギーの障壁が現れた。スピカ型が飛ばしてきた瓦礫は北園のバリアーに阻まれる。
次々とバリアーに叩きつけられた瓦礫が崩れ、砂ぼこりが日向たちを包み込む。スピカ型からも日向たちの姿が見えない。
「さーて、お次はこれを……」
そう言って、スピカ型が再び”念動力”を行使。崩れたビルの上端、家ほどもある瓦礫を軽々と空中に浮かべた。これを日向たちに落とすつもりである。
……が、その時。
砂ぼこりの中から本堂が飛び出し、スピカ型に肉薄。
気が付けば目の前まで迫っていた、恐るべきスピードだった。
「貰った……!」
「わ、速……」
このチャンスは逃さない。
本堂は右腕の刃から稲妻を奔らせつつ、スピカ型に斬りかかった。
しかし、その本堂を、何者かが右から蹴飛ばした。
「ぐっ……!?」
不意の衝撃を受けて、本堂も大きく吹っ飛ばされた。幸い、ダメージは大したことはない。すぐに体勢を整えて着地する。
しかし、スピカ型への攻撃は中断されてしまった。
千載一遇のチャンスだっただけに、さすがの本堂も悔しそうな表情だ。
「おのれ……一体何者だ……?」
本堂はゆっくりと顔を上げ、自分を蹴飛ばした相手を確かめる。
そこにいたのは、真っ赤な人型。
間違いなくレッドラムだ。
足元まで届くくらいのロングコートを肩に羽織っているような形状で、コートの下は軍服のようになっている。体型は偉丈夫。頭はベレー帽のような形。
顔に口はなく、両目は金の瞳に赤い眼孔。
よく見れば、胸の部分にいくつか付けている勲章のようなものも、先端が同じく金の瞳だ。
全体的に、将軍のような恰好をしたレッドラムだ。
見た目そのまま、将軍型のレッドラムとでも呼ぶべきだろう。
「二体目の、目付きのレッドラムか……! いったい何処から……!」
警戒心を露わにした声で、本堂がつぶやいた。
そして、この二体目のレッドラムの背後には、なにやら空間に裂け目が開いたかのような形跡がある。その裂け目は、すぐに閉じてしまった。
今のは恐らく、この星由来の次元移動能力。
次元に裂け目を開き、遠く離れた場所や別次元にも瞬時に移動できる能力だ。