第1297話 あの日以来のニューヨーク
アメリカ、ローワー湾。
ニュージャージー州のサンディーフック湾と隣り合う、ニューヨーク州の海。
そこの海岸沿いに、数隻の空母が停泊していた。
戦闘服を装備した一人の若い米軍人が、甲板で空を見上げている。
そこへ、また別の軍人がやって来て、若い軍人に声をかけた。
「カイン。どうだ、異常はなしか?」
「うっす。全身赤色野郎どもも来ていない、平和な一日っすよ」
「平和な一日、か。ここはそうだとしても、今この瞬間にも、レッドラムどもが各地の生存者を狩っているかもしれないと思うとな……」
「そっすね……。俺たち、いつまで待たなきゃいけないんすかね? 隊長がここで待機命令を出して、もう三カ月っすよ? 確かに『あの子ら』が合流してくれれば、多少はこっちの戦力も増すかもしれないっすけど……」
「そうだな……。ただ待つだけで、助けることができたはずの人々を、みすみす見殺しにするのは……」
「そろそろ直談判してみるっすか? 隊長の気持ちも変わるかも」
「うむ……あと三日……いや、二日待っても何も無かったら、その時は……」
……と、二人が話をしていた、その時だった。
海の向こう、空から何かが飛んでくる。
「……ハール少尉? あっちから何か飛んできてないっすか?」
「あ、ああ……なんだあれ……?」
それは、金色の装甲を持つ宇宙船のような乗り物だった。彼らは知らないが、日向たちが乗っている飛空艇である。
飛空艇はそのまま、この二人の頭上……戦艦や空母が停泊しているこの空の上を通り抜け、街の方へと向かっていった。
「……化け物どもの新兵器か何かっすかね、あれ?」
「いや……思い出したぞ。あれはたしか、この災害が起こる少し前に、インドで発掘されたとかいう宇宙船のような乗り物じゃないか? ほら、ニュースでも話題になっていた」
「ああ、ハイネちゃんも調査に行っていたっていうアレっすか……」
「……っと、こうしている場合ではない! あれが何にせよ異常事態であることに変わりはない! カイン、今すぐ動ける連中を動員しろ!」
「了解っす。どのみち、あっちの方向に飛んで行けば、あの飛行船も無事じゃ済まないでしょうっすからね。迎えに行ってやらないと」
◆ ◆ ◆
一方、こちらは飛行中の飛空艇。
隣ではユピテルも並んで飛んでいる。
飛空艇内ではミオンが操縦桿を握り、日向たちはモニターで外の様子を見ていた。
現代的な背の高いビルが並んでいたであろうこのエリアは、現在はエリア全体が廃墟と化してしまっていた。多くのビルが倒壊しており、街は瓦礫の山である。
「これはまた、ひっどい有様だな……。怪獣でも暴れたのか?」
「レッドラムじゃこれだけの破壊はそう簡単にはできないだろうし、『星殺し』の仕業かもね……」
「あのあたりのビルは、少し見覚えがあるな。俺の予想が正しければ、此処は恐らくニューヨークだ」
「ニューヨーク……。ARMOUREDの皆や、オリガさんとズィークさんの二人と、一緒に戦って以来ですね」
「あの時と比べたら、面影がねぇも同然だけどな……。マジでえげつねぇ壊され方してやがる」
いったい、この街で何があったのか。痛々しい表情で、日向たちは変わり果てたニューヨークの街を眺めていた。
その時、北園が目を覚ました。
少し寝ぼけた様子で周囲を見回し、日向と目が合うと一瞬、身体全体がビクッと反応した。
「あっ……日向くん……」
「お、北園さん起きた。おはよう」
「う、うん。おはよ……」
「えっと……俺の顔に何かついてたりする? なんか、さっきから北園さんからビクビクされているような気が……」
「あ、ううん、何もついてないよ……」
慌てて日向の問いに返答する北園だが、やはりどこか様子がおかしい。慌てて取り繕ったような、そして何かを隠しているかのような様子だ。
寝ている間に、何か悪い夢でも見たのだろうか。
そう考えた日向は、さらにそこで予知夢のことに思い至る。
(もしかして北園さんは、ただ悪い夢を見ただけじゃなくて、何か悪いことが起こる予知夢でも見たのか? 今の北園さんでも話しにくくなるくらいの悪い夢を……)
もしそうなら、その予知夢の内容を北園から聞き出したいところだ。
しかし、今の北園は、過去の「予知夢に関するトラウマ」でも掘り返されたかのように気弱になっている。心が不安定な状態だと、傍から見るだけでも分かるような様子だ。
無理に聞き出そうとしたら、逆に北園の心を傷つけかねない。
慎重にいかねば、と日向は気を引き締める。
そう思ったのだが、北園の方から日向に話しかけてきた。
「あ、あのね、日向くん。えっと……」
……しかし、その時。
突如として、飛空艇の外で轟音が鳴った。
「うわ!? 何の音だ!? 飛空艇の外で何かが爆発したみたいな……」
「ど、どこかから攻撃を受けたみたい! 幸い、飛空艇のバリアーが防いでくれたおかげで、機体は無傷よ! でも、馬鹿にならない衝撃だったわね……。大砲みたいな威力だったわよ!」
日向の声を受けて、操縦を担当するミオンがそう返した。バリアーはまだ保ちそうだが、何度も受けたら、いずれ突破されるだろう。
その隣では、スピカがエヴァに声をかけていた。
「エヴァちゃんー! 今の攻撃、どこから飛んできたか分かるー!? 敵の気配は追えるー!?」
「ここからではどうにもならないくらい、凄まじく遠い距離からの攻撃のようです! 気配自体は察知できますが……この大陸全体に大小さまざまなレッドラムらしき気配を感じます。多すぎて、どの気配が私たちに攻撃を仕掛けてきたのか、まだ特定できません……」
「あちゃー、そっかー……! そんな超遠距離から、正確にこちらを狙い撃ちできる能力……。これじゃあちょっと速度を上げたり高度を上げたりしたところで、狙撃からは逃れられそうにないね……! バリアーの耐久度にものを言わせて突撃しても、敵の位置が分からないんじゃ……」
その時だった。
再び空の向こうから、超高速で緋色の砲弾が飛んできた。
その砲弾が、飛空艇と並んで飛行していたユピテルに命中してしまったのだ。
「クァァァ……!?」