第119話 爆塵竜の本気
「ガアアアッ!!」
フレアマイトドラグが大きく羽ばたき、前方にいる日向たちに鱗粉を散布する。
「やああっ!!」
その鱗粉に向かって、北園が吹雪で迎え撃つ。
鱗粉は吹雪を受けて湿気ってしまい、爆破能力は失われた。
その隙を狙って、右から日向が、左から日影がフレアマイトドラグに向かって走る。
「ギャオオッ!!」
「うわっと!?」
「ちっ!」
しかしフレアマイトドラグも負けていない。身体を大きく回転させ、長くしなる尻尾で周囲を薙ぎ払う。
日向は急いで尻尾の範囲外に逃れたが、逆に日影は止まらず突っ込み、迫る尻尾を飛び越えた。
「ガアアアアッ!!」
攻撃を避けられたフレアマイトドラグは、今度は右の翼爪を日影目掛けて地面に叩きつける。
日影はこれをローリングで避けるが、フレアマイトドラグの身体中に付着している鱗粉が邪魔で反撃には至らない。
「下手に攻撃しても、大ダメージを受けるのはこっちだ。クソが、やりにくいぜ……!」
だがそれでも日影はフレアマイトドラグの正面に留まり、攻撃を避け続ける。それには当然、目的があるのだ。
日影の狙いは、フレアマイトドラグの攻撃を引き付け、皆の攻撃のチャンスを生み出すことだ。
日影とフレアマイトドラグが立ち回る中、本堂が彼らの右側面に回り込む。
「もらった……!」
本堂は指を鳴らし、フレアマイトドラグに向かって電撃を放つ。
”指電”は本堂の狙い通り、フレアマイトドラグの右眼を焼いた。
「ガアアアアアアッ!?」
「よし、さすがに目玉に鱗粉は無いだろう」
本堂の電撃を受けたフレアマイトドラグの右眼は、完全には潰れていないが、それでもとても目を開けられるような状態ではない。
そして、その隙に今度は北園が本堂と同じく、フレアマイトドラグの右側面に回り込み、吹雪を放つ。今のフレアマイトドラグは右眼を封じられ、右側面は完全に死角だ。
「ギャアアアッ!?」
身体の真正面に吹雪を浴びせられ、悲鳴を上げるフレアマイトドラグ。
これでほとんどの鱗粉が使い物にならなくなった。
「この時を待ってたぜぇ!!」
そして日影が一気にフレアマイトドラグに駆け寄り、斬りつけた。
「ガアアアッ!?」
『太陽の牙』に斬りつけられ、悲鳴を上げるフレアマイトドラグ。
今度は鱗粉も反応せず、まともにダメージが入る。
「おらおらぁッ!!」
「グオオオオオッ!!」
続けて三度、四度とフレアマイトドラグを斬りつける日影。
しかしフレアマイトドラグも黙ってやられてはいない。
左眼で日影を捉えると、そのまま左の翼爪で引っ掻いてきた。
「おっと!」
その翼爪を後ろに下がって避ける日影。
しかしフレアマイトドラグはそのまま、引っ掻いた勢いを利用して身体を回転させ、しなる尻尾を日影に叩きつけた。瞬間、叩きつけられた尻尾が日影を巻き込んで爆発した。
「なっ……ぐああっ!?」
まだ尻尾の鱗粉は無事だったのだ。それによって、フレアマイトドラグの尻尾は爆発するムチと化している。
たっぷり遠心力が乗った尻尾と強烈な爆発を同時に受けては、流石の日影も無事では済まない。大きく吹き飛ばされ、意識を失った。
「ああ!? 日影くんが!」
北園が叫ぶ。
「……だが、もう一本の『牙』はまだ生きている」
北園の隣の本堂が呟く。
そして、それに応えるかのように……。
「はああああっ!!」
「ギャアアアッ!?」
フレアマイトドラグの後ろから、日向が斬りかかった。
冷気を受けた背中に向かって『太陽の牙』を突き立てる。
「せいやっ!!」
「ガアアアアアアッ!?」
日向は、突き立てた『太陽の牙』を握りしめ、フレアマイトドラグの背中を思いっきり抉る。相当なダメージになったはずだが、まだフレアマイトドラグは倒れない。
ダメージを受けて暴れるフレアマイトドラグの背中から日向が飛び降りる。
その日向を狙って、フレアマイトドラグが噛みついてきた。
「うおっと!」
迫る牙を横っ飛びで避ける日向。
なおも日向を噛み潰すべく顎を開くフレアマイトドラグだが、日向は思いっきり後ろに下がってこれを避ける。
日影に比べて身体能力は高くない日向だが、アクションゲームでフレアマイトドラグのようなワイバーンのモンスターとは何度も戦っている。そのため、フレアマイトドラグがどう動くか、他のマモノよりも数段高い精度で予測できる。
「グオオオオオッ!!」
フレアマイトドラグが左の翼爪を振り上げる。
「その攻撃は、日影のおかげで予習済みだ!」
唸りを上げて振り抜かれた翼爪を、後ろに向かってダイブするように避ける日向。そして、そのまま地面にうつ伏せになり、死んだように動かなくなる。
しかしその体勢のおかげで、続く尻尾の薙ぎ払いは日向の頭上を通り過ぎ、盛大に空ぶった。
「我ながらカッコつかない避け方だけど、まぁ避けられれば問題ないよな」
そして立ち上がる日向だが、ここで一つ誤算が生じた。
フレアマイトドラグが暴れまわったことによって、まだ無事な鱗粉が日向の周りに飛び散っている。そして、フレアマイトドラグは火球を吐くため、頭を上げて大きく息を吸っている。
(……あ、ヤバい。消し飛ばされる)
この後、自分に訪れる運命を察知した日向は、急いで鱗粉の範囲外から逃れようと動き出す。
そして、日向が走り出すより先に、フレアマイトドラグが火球を吐き出す…………より先に、シャオランがフレアマイトドラグの懐に潜り込んだ。
「さっきはよくもやったなぁぁぁぁ!?」
シャオランの右拳が真っ赤なオーラを纏っている。
『火の練気法』だ。
シャオランはフレアマイトドラグの正面で震脚を踏み、そして……。
「せやぁぁぁぁッ!!」
フレアマイトドラグの胸に向かって、痛烈な一撃を叩き込んだ。
赤色のオーラが、フレアマイトドラグの身体を突き抜ける。
「ギャフッ!? ゴフッ、ゴフッ!?」
胸に強打を受け、身体がくの字に曲がるフレアマイトドラグ。
体内で生成していた火球が体内で暴発し、大きく咳き込み口から断続的に火を吹いている。
火球とはブレス。ブレスとはつまり息だ。大きく息を吸い込み、火球として吐くその直前、フレアマイトドラグは呼吸が止まる。
その瞬間を狙ってシャオランはフレアマイトドラグの心臓を叩き、心肺停止を狙ったのだ。
フレアマイトドラグはまだ生きているが、もはやまともに動ける状態ではない。両の翼爪を地に付き、力無くうなだれている。
「これで、トドメだ!!」
そのフレアマイトドラグに日向が駆け寄り、垂れ下がる首に『太陽の牙』を突き刺した。
日向が狙ったのは逆鱗。鱗の隙間と急所が重なる部位。
ゲームでワイバーンと多数回戦闘してきた彼だからこそ知っている弱点だ。
『星の牙』は、弱点となる部位を攻撃されると、致命的な大ダメージを受ける。その弱点に、『太陽の牙』で攻撃された。合計のダメージは計り知れない。
「グオオオオオオ…………」
断末魔を上げ、フレアマイトドラグは倒れた。
……日向に向かって。
「は? え、ちょっ!?」
倒れたフレアマイトドラグの首が日向の背中に落下し、下敷きになった。
『……戦闘の終了を確認。いや、なんだかんだ言って自分は全くアドバイスを出さなかったのに、よくここまで戦ったね! みんな、お疲れ様!』
皆の通信機から、狭山が称賛の言葉をかけてきた。
それで皆も戦いが終わったことを再認識し、緊張を解いた。
「……お、終わったぁぁぁぁぁ……怖かったよぉ……」
「お疲れ様だ。しかしすごいなシャオラン。あれが『火の練気法』か。話には聞いていたが、本当に『星の牙』を素手で仕留めようとするとは」
「まだまだ練習中だけどね。ホンドーの”指電”もカッコよかったよ」
シャオランと本堂が互いの健闘を称え合っている。
「日向くん、大丈夫?」
「た……助けて……」
「カッコつかないねー」
「ホントにね。だから助けて……」
フレアマイトドラグの首に潰されている日向に、北園が話しかける。
そして、その一方で日影は狭山と通信を続けていた。
「『ARMOURED』の奴らはどうしている? まだ戦っているのか?」
『いや、彼らもちょうど戦闘を終えたようだ。そのまま帰還してもらって構わないよ』
「分かった。……しかし、今回は思うように活躍できなかったな。帰ったらトレーニングのやり直しだ」
『精が出るねぇ。自分ももちろん応援するけど、身体は壊さないように気を付けるんだよ?』
「分かってる」
返事をすると、日影は狭山との通信を切った。
◆ ◆ ◆
一方、こちらは『ARMOURED』。
彼らが戦っている『星の牙』もまた、フレアマイトドラグだ。
後に分かったことだが、今回出現したこの二体はつがいだったようだ。
すでにフレアマイトドラグは、全身に弾丸を撃ち込まれてボロボロの状態。だがそれでも、その竜眼はまだ死んでいない。そして、重体であることを微塵も感じさせない、威厳ある立ち姿を保っている。
そんなフレアマイトドラグの正面に立つのは、アカネ・サラシナ。
二重人格の能力者、レイカ・サラシナの別人格だ。
「さぁて、そろそろ決めてやるかねぇ!」
アカネがフレアマイトドラグに向かってダッシュ。
正面から、真っ直ぐ突っ込む。
フレアマイトドラグは、アカネの動きを予測。
彼女のダッシュの軌道を読んで、噛みつきを繰り出した。
「グォォォッ!!」
……が、フレアマイトドラグの牙は空を食む。
行動予測は完璧だったはずだ。なのに、アカネがその場にいない。
フレアマイトドラグが見てみれば。
噛まれる直前にブレーキをかけたレイカが、居合の構えを取っていた。
「グルォ……!?」
「アカネだと思いましたか? 残念! レイカさんでした!
では……居合抜刀っ!!」
鞘口から青い稲妻が迸り、白刃一閃。
フレアマイトドラグの首が、宙を舞った。
「ふぅ。こんなものですかね」
「レイカ、Thank you for your hard work.」
「あ、はい、コーネリアス少尉! 少尉も援護をありがとうございました!」
背後から声をかけてきたコーネリアスに返事をしつつ、レイカは手慣れた動作で刀を鞘に納めた。
その二人の後ろで、『ARMOURED』のメンバーの一人、ジャックが通信機で狭山に話しかける。
「よーおサヤマ! こっちは終わったぜ。これより日本チームの援護に向かおうと思うんだが?」
『こちらでも戦闘の終了を確認したよ。お疲れ様、ジャックくん。……けれど、そのまま帰還してもらって構わない。日本チームは既に戦闘を終えている』
「……は?」
ジャックは、今しがた耳にした言葉が信じられなかった。
「……待て待て待て! アイツら、他の隊員の力を借りず、五人で戦ったんだろ!? なんで俺たちより先に倒してんだよ!? こっちは世界最強のマモノ討伐チームだぜ!?」
飯塚駐屯地にて、日影と少し言い争ったジャックもまた、彼らに……特に日影に対抗心を抱いていた。それゆえに、世界最強のマモノ討伐チームである自分たちが、ぽっと出の素人たち、それもたった五人に先を越されるなど、我慢がならなかった。
「それが、彼らの持つ『太陽の牙』とやらの力なのだろう」
いきり立つジャックの背後から、『ARMOURED』隊長、マードックが声をかける。
「これは……強力なライバル出現、といったところかな」
マードックはそう呟くと、ニヤリと笑った。