第1295話 その優しさはきっと真実
灰色の光に包まれていた日向の視界が、元に戻る。
ここは飛空艇の甲板の上。
狭山の記憶から無事に戻ってこれたようだ。
この場にいるのは日向、北園、本堂、シャオラン、日影、エヴァの六人。北園は精神エネルギーの使い過ぎによる疲労で、まだ眠っている。恐らく今の狭山の記憶も見ていないだろう。
残った五人、日向たちはそれぞれ神妙な表情で顔を見合わせていた。
「なんつうか……色々と壮絶だったな」
「サヤマは、いったいどうなってるんだろう……。何が怖いって、誰かに優しくする時も、ネネミエネを殺した時も、まったく緊張も動揺もしてないんだよね……。どちらかが演技なら、演技している方で何かしらボロが出そうなものなのに」
「双方とも、あの人の本当の姿という事か……?」
「攻略という面では『精神攻撃はまず効かない』ということくらいしか、新たな情報はありませんでしたね」
仲間たちがそれぞれ感想を述べる。
日向も一人、今見た狭山の記憶について、頭の中で整理していた。
今回の記憶は、狭山誠という人物について、その人物像の深いところまで覗くことができた。
狭山は、この星の歴史と共に生き、当時の様々な国の文化に直接触れ、その知識を吸収してきたようだ。その目的は、その知識を必要とする誰かに教えてあげられるように。そして同時に、この星を滅ぼすための何らかの役に立つかもしれないから。これは狭山の第三の記憶で語られたことだ。
狭山の人格の一つ、あの大らかで優しい性格については、生来というだけでなく、父親に負けない偉大な王への憧れと、レオネ祭祀長とのやり取りで形成されたようだ。あの狭山の優しさには何度も助けられたので、日向は狭山の父とレオネに心の中で感謝する。
だからこそ、余計に分からない。
なぜ、あの底なしの優しさが、無尽蔵の怨嗟と同居しているのか。
あの狭山の優しい性格は日向たちを信用させるためのカモフラージュだったのかもしれない、という可能性もまだ捨てきれない。しかし、狭山と長い時間を過ごしてきた日向たちには、あの優しさが裏のある偽りのものだったとは、どうしても思えなかった。
それに、狭山が優しかったのは日向たちだけではない。彼の周りの大勢の人間に対して、彼は分け隔てなく優しかった。先ほどの狭山の記憶にしても、仲間の奴隷たちとも親しくしていたし、戦で打ち負かした敵兵に情けをかける場面もあった。
親しい人間に優しくするだけならともかく、命を奪っても問題ない立場の人間を助けようとまでしているのだ。助けなければ、彼の最終目標……”最後の災害”に何らかの支障が出る……とも思えない、取るに足らないであろう雑兵たちだった。狭山は百パーセントの善意で、敵兵を見逃したのだ。
ゆえに日向は、狭山の優しさは間違いなく本物だと思った。
そう思いたかっただけかもしれないが、それでもいいとも思った。
「この星の全てを……あなたが今まで築いてきた信用、信頼、その全てを裏切って、敵に回して……。いったい何が、そんなにもあなたを復讐に駆り立てるんですか、狭山さん……」
日向は一人、心の底から悲しそうに、そうつぶやいた。
一方で、日影も思考していた。
「まるで心が善と悪に分裂しちまったかのような、複雑な人格……。そういえば、アイツも……」
日影が言う「アイツ」とは、今日、はぐれた日向たちを探している時に遭遇したガンマン型のレッドラムのことだ。
あの個体は、人間の絶望を好み、より味わい深い絶望の感情を日影から引き出すために、己の異能を封じて早撃ちの技量だけで勝負を挑んできたほどに、性格は歪み果てていた。
しかしその一方で、日影との勝負の最中、どこか楽しそうで嬉しそうな様子を見せていた。狭山のように善の心を持っていたとは言い難いが、あのレッドラムもまた特殊な精神構造をしていたのは間違いないはずだ。
「意味わからねぇ人格をしている狭山と、そんな狭山から作られた、同じく意味わからねぇ性格のレッドラム。何か、関係があるのか……?」
そう思い、その関係性を考えてみる日影。
しかし、答えを導くにはヒントが少なすぎた。
それから結局、日向たちがいくら考えても、あの狭山の悪意はどこから来るのか、それはまだ分からなかった。
これ以上考え込んでも、得られる情報は無さそうだ。日向たちは身体が冷える前に、この甲板から飛空艇の中へ戻ることにする。
日向は、まだ目を覚まさない北園を両腕で抱え上げた。
それと同時に、何か思い出したように、コックピットにいるスピカに声をかける。
「そういえばスピカさん。そっちは狭山さんの記憶、見れました?」
『いやー、それが全然見れなかったんだよねー。ワタシだけじゃなくてミオンさんも、ついでに子供たちも。飛空艇の中にいた人たちは見れなかったみたい。あとで詳しい話を聞かせてねー』
「はい、分かりました。けれどそれは、オネスト・フューチャーズ・スクールの子供たちは抜きでやりましょう。まだあの子たちの中で、狭山さんは優しい校長先生です。誰かを殺したなんて事実を受け止めるのはキツイでしょうから……」
『ん……そーだね。わかった』
スピカの返事を聞いて、日向は皆と一緒に飛空艇の中へ入っていった。ぐっすりと眠る北園を抱えながら。
◆ ◆ ◆
―――その日、夢を見た。
―――愛する人の『牙』で、身体を刺し貫かれる夢だった。