第1277話 もう一人の少年の覚醒
ユピテルが飛空艇を援護したところから、シャオランが戦艦から落とされたところまで遡る。
身体が浮遊感に包まれている。
全身に感じる激痛で頭がぼうっとする。
シャオランは意識が朦朧とした状態で、空から真っ逆さまに落ちている最中だった。
そんな中、シャオランはわずかながらも意識を回復させた。
落ちながら、ぼんやりと現状を把握する。
「ボクは……落とされたんだっけ……風天に激突されて……」
地上までまだまだ距離があるからか、それともまだ完全に意識がハッキリとはしていないからか、即死級の高さから落ちている真っ最中だというのにシャオランは随分と冷静だ。
一秒が一分以上に感じるくらいに、周りの光景がスローに見える。交通事故のように風天に激突されてアドレナリンの分泌量も多くなっているのだろうか。
その状態で、シャオランは意識を思考に回す。
ドゥームズデイは強かった。
これまでの敵の中で、トップクラスの隙の無さ。
それでいて、あまりにも容赦のない攻撃性能。
先ほど本堂が言っていたが、言ってしまえば『星殺し』は狭山と戦うための前座に過ぎない。保有している『星の力』の量も、”怨気”の量も、一体の『星殺し』より狭山の方がずっと上のはずだ。単純に考えれば『星殺し』より狭山の方が圧倒的に強いのは間違いない。
「ボクは……ボクたちは……こんなところで手こずっている場合じゃない……」
そう考えたシャオランは、賭けに出ることにした。
シャオランは引き続き真っ逆さまに落ちながら、静かに目をつぶる。そして自分の身体を包み込む浮遊感にその身をゆだねた。
この浮遊感。
そして夢現のような意識だからこそ感じる全能感。
シャオランの、武人としての五感が、何かを掴めそうな予感があるのだ。
心を落ち着かせる。
穏やかだ。地上に向かって落下している最中だというのに。
恐怖心はもちろん、喜怒哀楽も無い。
ただ静かに心を保つ。
それはまるで、空気になったかのような感覚。肉体も自己も捨て、この空間と……あるいはこの空と一体化し、やがて宇宙ともつながったかのような。そこに己と世界の境界線は無く、ただ総てが一つとなった。
シャオランの心が何かを掴んだ。
魂が、さらに一つ先のステージに進んだような気がした。
その時だ。
落下するシャオランに向かって、一機の雨天が上空から接近。
恐らくは、落ちていったシャオランにトドメを刺しに来たのだろう。
シャオランは、今まで半開きだった瞼をハッキリと開いた。
纏う気質は、蒼白く神々しさを感じさせる”空の気質”。
シャオランが身に纏う”空の気質”が、爆発するかのように周囲に広がった。空の練気法の”天界”だ。その範囲は今までの何倍も広い。
雨天がシャオランの”空の気質”の中に入ってきた。
その瞬間、シャオランは雨天に向かって拳をまっすぐ突き出した。
「やぁぁッ!!」
シャオランと雨天の間合いは、まだ十数メートルほど離れている。拳を突き出したところで届くはずがない距離だ。
そのはずなのに。
雨天は何かに正面衝突したかのように先端から潰され、大破した。
シャオランは、衝撃波を飛ばす”衝波”や、その他の遠距離攻撃を使ったような様子は一切なかった。そしてもちろん、ここは大空のど真ん中。雨天が衝突するような何かがあるはずがない。いったいシャオランは何をしたのか。
「……良し!」
技の冴えを確認したシャオランは、風の練気法の”飛脚”を使って飛び上がる。落とされた戦艦に戻って戦線復帰するために。
「この技があれば、ドゥームズデイとも十分に戦えるはずだ。そして、きっとサヤマにも届く……!」
◆ ◆ ◆
そしてこちらは、巨大戦艦にてドゥームズデイと交戦中の日向たち。
ドゥームズデイが飛び上がり、日向めがけて長大な剣を振り下ろしてきた。日向は後ろに飛び退いてこれを回避。戦艦の甲板に雷の刃が叩きつけられ、火花が散る。
その後ろに飛び退いた日向へ、ドゥームズデイが光速移動。まばたき一回分にも満たない一瞬でドゥームズデイが日向の目の前に現れた。
日向は、再びドゥームズデイの光速移動を前もって予測して剣を前方に突き出していたが、ドゥームズデイが日向との間合いを詰めたと同時にこれを弾いた。日向の体勢が崩される。
「やば……!?」
「させんぞ……!」
「背中もらったぜッ!」
ドゥームズデイが日向に致命打を与えるその前に、本堂と日影がドゥームズデイの背後から同時に斬りかかった。二人の横斬りがドゥームズデイの背中に迫る。
しかしドゥームズデイはすぐさま振り向き、大剣を縦に構えて二人の斬撃を同時に受け止めた。それからすぐに斬り上げを放って二人を押し退け、刃を振り抜いた勢いで後ろにいる日向にも攻撃。
「くっ……!」
「ちぃッ、防がれた!」
「うおぅ!? ついでに俺も攻撃かよ!?」
ドゥームズデイの攻撃を予測できなかった日向は、とっさに後ろに下がったものの、この攻撃を受けてしまった。浅いながらも胴体を縦に斬られ、”再生の炎”が傷を焼く。
ドゥームズデイが三人を退けたところへ、今度はミオンが攻撃を仕掛けた。風の練気法の”衝波”を使って、ドゥームズデイに直接触れずに打撃を喰らわせる。大剣のリーチが活かせないよう、密着レベルに距離を詰めて。
やはりミオンの武術は凄まじいもので、あれほど日向たちが頑張ってもロクにダメージを与えることができなかったドゥームズデイが、嘘のように拳を浴びせられていく。見た目では分からない幾つもの細かな攻撃テクニックが、ドゥームズデイの防御を掻い潜っているのだろう。
「惜しむらくは、私の打撃ではいささか威力不足なところかしらね……!」
その時、ドゥームズデイがミオンの攻撃を受けながらも、強引に防御から攻撃に切り替えてきた。盾として構えていた大剣の腹を、突き出してきたミオンの右拳に叩きつけてきたのだ。衝突と同時に稲妻が発生する。
「ruuaaa...!!」
「くぅっ……!」
声を漏らし、右拳を引くミオン。
見れば、拳が感電させられて黒焦げになってしまっていた。
さらにドゥームズデイが追撃を仕掛けてくる。大剣を嵐のように振り回す猛ラッシュだ。これまでのドゥームズデイの余裕ある態度からは考えられない激しい攻撃。日向たちの中でも特に高い実力を持つミオンを確実に潰すつもりだろうか。
下手にドゥームズデイの攻撃を防御したら、また感電させられる。ミオンに許される防衛手段は回避だけだ。防御はできずに回避だけというのは、字面以上に行動の自由を制限され、非常に厳しいものがある。おまけにミオンは右手を焼かれ、実質左手しか使えない現状だ。
「油断しちゃったわね……。普段の私なら、あの場面で拳を繰り出しはしなかったのに。シャオランくんがやられちゃって、私も自分の認識以上に熱くなっていたってことかしら」
ミオンに攻撃を続けるドゥームズデイを、日影たち三人が横から攻撃して援護してくれている。日影や本堂はドゥームズデイに接近して斬りかかり、エヴァは熱線や冷気でドゥームズデイを遠距離攻撃。
だが、ドゥームズデイは片手間のように三人の攻撃を防御し、あるいは光速移動で回避してしまう。そしてミオンへの攻撃を続行。
「ruuooo!!」
「さて、どうしようかしらね。回避だけなら余裕なのだけれど、ずっとこのままというわけに……うっ!?」
しかしその時、ミオンが声を上げて足を止めてしまった。ミオンの背後から飛んできた雨天が、ミオンの足に酸の機銃を浴びせたのだ。
「しまった……! 風の操作で空気の流れを乱し、同時に雨天の飛行速度を抑えることで、私の”風見鶏”をごまかしたのね……!」
「ruuoouaaaa!!!」
ドゥームズデイが大剣を振り下ろす。
ミオンを真っ二つにするための、トドメの一撃だ。
日向たち四人はこれを阻止しようと動くが、間に合わない。
「やばい! ミオンさんっ!」
……が、ドゥームズデイの刃がミオンを切り裂くことはなかった。それより前に、ドゥームズデイが誰かに横から殴り飛ばされたからだ。
「ruoo...!?」
吹っ飛ばされ、玉座に叩きつけられたドゥームズデイ。
誰がドゥームズデイを吹っ飛ばしたのか。
今、ドゥームズデイの近くには、ミオン以外には誰もいなかった。
「ミオン、ドゥームズデイをぶん殴ったのか?」
「ち、違うわよ~? そろそろ殴ろうかな~とは思ってたけど……」
「そんじゃ誰が……」
皆は、ドゥームズデイが殴り飛ばされた方向と反対の方向へ、ゆっくりと視線を動かす。
その先にいたのは、戦艦から落とされていたはずのシャオランだった。
「故郷まで滅ぼされたのに、師匠までやらせたりはしないよ……!」




