第1275話 覚醒した少年
アラムが操縦桿を握りしめたら、飛空艇が復活した。
これはつまり、アラムが自身の精神エネルギーを飛空艇の動力部に送り込んでいるということに他ならない。そんな芸当ができるのは、精神エネルギーの扱いに長けた超能力者のみ。
間違いない。
アラムは超能力者なのだ。
「よし、飛べる! これならいける……!」
「アラムくん、超能力者だったの……?」
操縦桿を握るアラムに、北園がそう尋ねた。
まだエネルギーの消耗から回復できていないので、ぐったりとしながらも。
「ついさっきだよ、超能力者になったのは! ロックフォールのことを考えてたら、なんだか力が湧いてきたんだ!」
「もしかして……精神の成長? ロックフォールさんの死を乗り越えたアラムくんの精神が、アラムくんの中に眠っていた超能力の素質を覚醒させた……?」
思えば北園も、両親を事故で亡くした際の精神的ショックがトリガーとなって超能力者となった。魂が発するエネルギーを超能力という形でコントロールするアーリアの民とその末裔は、その超能力の覚醒や成長に精神的経験値が大きく関わる。
「みんな! まだ諦めないで! 僕がこの艇を動かせる!」
アラムが飛空艇を操縦しながら、他の子供たちに呼びかけた。その言葉を聞いて、子供たちに活気が戻る。
「アラムくんがこのひこうきうごかしてる!?」
「いけるんだな、アラム! よぉし、やるぞー!」
「テヘロくんは、アラムくんが抜けたミサイル発射係をお願い!」
こういう時、子供たちの素直さは美徳だ。理由をつけて諦めようとせず、すぐさま立ち直って動いてくれる。
「右に雷のやつが来てる!」
「ミサイル撃つよ! アラム、エネルギー使うよ!」
「いいよ! やっちゃって!」
アラムの返事を受けて、別の子供がコントロールパネルを操作。飛空艇の右側面から金色のエネルギー弾が発射され、飛空艇のすぐ横を飛んでいた雷天に命中、撃墜した。
飛空艇は続けてミサイルを連射するが、これは異能の戦闘機たちに回避されてしまう。やはり戦闘機は速い。むやみやたらにミサイルを発射するのではまったく当たらない。
「あまりエネルギーは無駄遣いしないでね! 僕はキタゾノお姉ちゃんほどエネルギーは無いから、贅沢に使われたらすぐ空っぽになっちゃう!」
「わかったー!」
アラムの言葉に返事をする他の子供たち。
その一方で、スピカはアラムの操縦を見ながら驚きの表情を浮かべていた。色々と達観している彼女としては珍しい、ハッキリと驚愕を示す表情だった。
「この子、飛空艇の操縦がすごく上手い……! 操舵能力はもちろんだけど、特筆すべきはエネルギー消費ペースの管理。ワタシが北園ちゃんにみっちり教えた最適なペース配分を、この子も寸分違わずに実行できてる……!」
アラムは「贅沢に使われたらすぐエネルギーが空っぽになる」などと言っていたが、スピカから見ればそれは完全に謙遜だ。この調子なら向こう三十分はフライトが続行できる。
しかし一方で、分からないこともある。
見て学べる操舵テクニックはともかくとして、精神エネルギーのペース配分まで見て真似をすることは不可能なはずだ。それは基本的に、目で見えるようなものではない。アラムはいったいどうやって、この理想的なペース配分を実現できたというのか。才能だろうか。それとも……。
そこまで考えた時、スピカは閃く。
あの超能力なら、あるいはと。
「アラムくんが覚醒させた超能力は……たぶん”念読能力”だ」
そのスピカのつぶやきに北園が反応し、スピカに質問を投げかける。
「サイコメトリー……? なんか聞いたことあるような。物の記憶を見る、みたいな能力だっけ?」
「実際には『物の記憶』というより、その物の『持ち主の記憶』だねー。物質に残留している誰かの思念を読み取る能力だよ。世間一般に伝わっている”念読能力”はそんな感じだけど、ワタシたちアーリアの超能力としては、その能力にはもう一段階先があってね」
「先? それって?」
「残留思念を読み取った時、その思念が持つ『経験』まである程度再現ができるんだよ。たとえば、剣の達人が使っていた剣に”念読能力”を使ったら、その剣の元持ち主である達人さんの経験を再現できるようになる。能力者自身も剣の達人になれるってことー」
「それじゃあもしかして、アラムくんは今、あの操縦桿に残っている私の思念を読み取って、私のフライト技術を再現してるってこと? だから初めての操縦なのにこんなに上手なんだね?」
「そういうことー! 考え得る限り最大の大当たりを引けたんじゃないかな、ワタシたちは!」
「アラムくん、すごい……!」
思わず興奮気味につぶやく北園。
だがその時、座り込んでいた北園の身体がぐらつく。
今のぐらつきは、恐らくエネルギーを消耗したことによる疲労のためのものだろう。幸い、身体がぐらついただけで、それ以外に北園に異常は無さそうだ。
それでもスピカは心配そうに声をかけた。
「北園ちゃん! 無理はしないで、しっかり休んでおいて! もしもアラムくんまでエネルギー切れになったら、また北園ちゃんに頑張ってもらうしかないんだからー!
「そ、そうですね! りょーかいです!」
スピカの言葉に返事をして、北園は近くのパネルを背もたれにして座り、大きく息を一回吐いた。
そして北園はもう一度、アラムを見てみる。
まっすぐ力強く前を見ながら操縦桿を握りしめる姿は、実に頼もしい。
「私はアラムくんと初めて会った時、予知夢に従ってアラムくんに死んでもらおうと思った。アラムくんの危機を見殺しにしようとしてしまった……」
もしもあの時、北園の予知夢の通りにアラムの命が失われていたら、この状況はなかっただろう。アラムが生きているからこそ、こうして逆転劇が始まっている。
「今はちゃんとそう心がけてるけど、やっぱり予知夢の信じすぎはほどほどにしなきゃだね……。バタバタしてて、まだアラムくんにあの時のことを謝ることもできてないし、この戦いが終わったらちゃんと謝らなきゃ」
軽く苦笑いしながら、北園はつぶやいた。
その苦笑いはきっと、未熟だった過去の己への決別。