第1274話 前を向いて飛ぶ
スピカが密かに自己犠牲の覚悟を固めていた、その一方で。
ミサイル発射機構のパネルを担当していたアラム少年は、ロックフォールを喪った悲しみでずっと下を向いていた。
「ロック……フォール……」
しかし、アラムはすぐに顔を上げる。その表情にはまだ悲しみが残っているものの、その悲しみを振り切ろうとしている強い表情だった。
「……今は、前を向かないと。そうだよね、ロックフォール……」
そうつぶやいて、アラムは服のポケットから何かを取り出した。
それはロックフォールの岩の羽根だった。
この羽根をロックフォールから貰った日のことを思い出すアラム。きっかけはたしか、ロックフォールや日向たちと初めて出会ってから、まだ数日しか経っていない時のことだ。
ロックフォールと仲良くなったアラムは、試しにロックフォールの背中に乗せてもらい、その状態で空を飛んでもらった。しかし……。
「うわわわわわ……!? お、落ちそう!? 落ちちゃう!? ろ、ロックフォールいったん地上に降りてー!」
「む、分かった」
ロックフォールの背中の上は当然ながら地面より不安定でバランスが取りにくく、加えてロックフォールが飛行することで風圧を受けることになる。アラムはあっという間に恐怖が限界に達し、これ以上ロックフォールの背中に乗ってはいられなかった。
「い、いつかロックフォールの背中に乗って世界中を飛び回ってみたいなんて考えてたけど、これは無理そうかな……」
残念そうにつぶやくアラム。
しかしロックフォールは首を横に振る。
「そんなことはない。練習あるのみだろう」
「いや無理だよ……。そもそも、いくらロックフォールが大きいと言っても、背中に乗って空を飛ぶなんてやっぱり無理が……」
「飛ぶ前から諦めてどうする。我も我なりに助言する。さぁ、もう一度やってみよう」
ロックフォールがそう言うので、アラムは気が進まないながらも再挑戦することにした。ロックフォールが身を屈め、そのロックフォールの背中にアラムが乗る。
「アラム。先ほどのお前は、ずっと下を向いて我の背中ばかり見つめている状態だった。それではバランスが上手く取れず安定しないだろう。空を飛ぶ者は、飛ぶ時は常に前を向いているものだ」
「言われてみれば、たしかにそうだね……」
「恐ろしい時こそ、辛い時こそ前を見よ。目の前の恐怖や困難を受け止めろ。立ち向かうことを最初から諦めるな。たとえ逃げたくなろうとも、目を逸らしてばかりでは、上手く逃げることさえ叶わん。まずは力強く前を見るのだ。きっと何かが見えてくる」
「それは……飛ぶ時の心構え? それとも……」
「両方、だな。飛行においても、生涯においても」
その後、練習を重ねたアラムは、今ではそれなりに安定してロックフォールの背中に乗って空を飛ぶことができるようになった。今アラムが持っている岩の羽根は、その卒業証書代わりにもらったものだった。
「強くなったな、アラム。今ではどんな風にも負けず、まっすぐ前を向いて飛べるようになった。強くなった証として、この羽根を贈ろう」
「ありがとう、ロックフォール! この羽根、一本だけでもロックフォールみたいに頑丈で強そうだよね。あ、そもそもロックフォールの羽根なんだから当たり前なんだけど……ええと、うまく言えないや」
「何、今のアラムもその羽根に負けず、強くたくましい男になったぞ」
「へへ、ありがとう!」
「いつか行けると良いな。我とそなたと、それから我が息子も連れて、三羽で世界を飛び回る。旅の先々で見た光景を、そなたが絵画として描き留める。きっと楽しい旅になるだろう」
「うん! きっと!」
もっとも、そのロックフォールはもういないのだが。
いないのだが、アラムは負けない。
かつて胸に刻んだロックフォールの言葉を思い出し、うつむかずに前を見る。
「この羽根を握ってると、あの日のキミの言葉が頭の中に響いてくるみたいだよ。僕たちはいま危険な状態だけど、僕は負けないよロックフォール。最後まで前を向き続けてみせる!」
決意と共に、アラムはそうつぶやいた。
その時だった。
アラムの頭の中に、何かの情報が流れ込んでくるような感覚が走る。
「え? 今のは……?」
感覚を研ぎ澄まし、その流れ込んでくる情報を解析するアラム。
それはロックフォールの記憶のようだった。あの日、アラムに先ほどの岩の羽根を渡した時の光景が鮮明に映し出されている。さらにその続きの光景、アラムがこの岩の羽根を思い出の品として、ずっと大事に取り扱ってきた光景も。
「ロックフォールの記憶……? それから僕の記憶……? それとも……この岩の羽根の記憶……?」
そして同時に、アラムの中で何かの力が湧き上がってくるような感覚。
するとアラムは、その場からゆっくりと歩き出した。
向かう先は、ぐったりとしたまま操縦桿を握っている北園のもと。
「アラム……くん……?」
アラムがやって来たことに気づいた北園は、ゆっくりと顔を上げてアラムの顔を見た。アラムはいたって真剣な表情で、北園に声をかけた。
「キタゾノお姉ちゃん。操縦代わって」
「え……?」
「キタゾノお姉ちゃんは休んでて。ここからは僕がやるから」
「気持ちは嬉しいけど、ダメなの……。この飛空艇は超能力者が精神エネルギーを送り込まないと動かせなくて……」
「わかってる」
「あ、アラムくん……?」
するとアラムは、半ば強引に北園を操縦桿の前から移動させ、自身の手で操縦桿を握りしめた。
「まっすぐ前を向いて飛ぶ……だよね、ロックフォール……!」
その瞬間。
操縦桿に光のラインが奔った。
同時に、飛空艇のメインブースターが活力を取り戻す。
これには北園とスピカも驚愕している様子だ。
「え……!? 飛空艇のエネルギーが、戻った……!?」
「まさかこの子、超能力者……!?」
信じられない事だが、間違いない。
今この瞬間は、アラム少年が飛空艇を動かしているのだ。