第1273話 落ちる、墜ちる
「シャオランが……落とされた……?」
強烈な風圧がうるさい中、その日向のつぶやきは嫌に大きく聞こえ、耳に残るようであった。
日向を庇い、シャオランが風天の突進を受けて巨大戦艦から落とされてしまった。日向も、日影も、本堂もエヴァもミオンも、シャオランが落とされた甲板の端を茫然と見つめている。
皆の頭の中に、最悪の可能性がよぎってしまう。
シャオランには風の練気法の”飛脚”がある。空気を蹴って空を跳躍できるこの技があれば、少なくともシャオランは落下死することはない。
だがしかし、はたして音速の勢いで突っ込んできた戦闘機に翼をぶつけられ、空を跳躍するだけの余力がシャオランにあるだろうか。彼は風天の突撃を受けた時点で力尽き、そのまま地表に叩きつけられるのではないか。
そうなれば、いくらシャオランでも命は無い。
本当に、シャオランはこれで終わりなのか。
あまりにも呆気なさすぎではないか。
まだドゥームズデイも異能の戦闘機も健在だというのに、日向たちは動くことができず、一言を発することもできない。気持ちの整理をつけるのに手一杯という様子である。
そんな中、沈黙を破ったのはシャオランの師匠であるミオンだった。
「……大丈夫よみんな! シャオランくんはきっと無事だから!」
そう言ってミオンは、ドゥームズデイに接近して拳を繰り出す。ドゥームズデイの雷電の身体に直接触れないように、風の練気法の”衝波”を使って。
ミオンの攻撃を、ドゥームズデイは煩わしそうに大剣で受け止める。ミオンは構わず攻撃を続け、再び日向たちに声をかける。
「あの子はこの私にも勝った、この星で屈指の達人だもの! あの程度じゃ死にたくても死ねないわよ! きっと上手くやって地上に着地してるから! 私たちは目の前の敵に集中しましょう!」
「ミオンさん……」
日向たちの中で一番動揺しているのは、まず間違いなくミオンだ。シャオランを我が子のように可愛がっているのだから。
彼女はここに残っている五人の中で、抜きん出た実力者でもある。そんな彼女がシャオランを心配するあまり混乱してしまっては、日向たちはますます動揺してしまうだろう。きっとその最悪の事態を避けるために、こうして元気を振り絞ってくれている。日向たちに声をかけてくれている。
それが分かっている以上、彼女の心遣いを無下にするわけにはいかない。
「……ミスった分は活躍して取り返す! すみませんミオンさん、加勢します!」
「さっさとコイツらをぶちのめして、シャオランの奴を迎えに行ってやらねぇとな……!」
「飛び回っている戦闘機は少ない。後は俺が引き受ける。もう二度と先程のような真似はさせん……!」
日向、日影、本堂の三人の目に灯が戻った。
本堂がさっそく”轟雷砲”で、シャオランを落とした風天を撃墜。
そして日向と日影の二人が、同時にドゥームズデイに斬りかかった。
「らぁぁぁっ!!」
「おるぁぁぁッ!!」
「ruuuooooo...!!」
その一方で、エヴァもダメージから復帰し、立ち上がろうとしていた。
立ち上がるついでに気配感知能力を行使。
今の彼女の感知範囲なら、落ちゆくシャオランの気配も捉えられる。
「……まだシャオランは無事。でもここからじゃ私のあらゆる能力を駆使しても、落ちていく彼に何もしてあげられない……。お願いシャオラン、無事でいて。故郷の皆の仇を取るのでしょう……!」
祈るように、エヴァは小さくつぶやいた。
◆ ◆ ◆
一方、こちらは飛空艇の様子。
北園の精神エネルギーがついに限界を迎えてしまい、飛空艇のメインブースターの出力も徐々に弱まり始めている。北園は操縦桿を握りしめたまま、ぐったりとその場に座り込んでしまった。
「う……くっ……!」
不足分の精神エネルギーを補うため、北園は自分の生命力を精神エネルギーの代用にして、無理やり飛空艇を稼働させている。そんな無茶をしているため、北園はますます苦しそうな様子である。
それでも、ここで北園が操縦桿から手を離せば、この飛空艇はたちまち地上へ真っ逆さまだ。オネスト・フューチャーズ・スクールの子供たちを乗せたまま。
だから北園は、己の生命を削る無茶を続けるしかない。
しかし現在、ドゥームズデイが生み出した異能の戦闘機、雷天と風天が飛空艇を追跡している状況だ。子供たちはモニターと北園を交互に見ながら、北園に声をかける。
「おねえちゃん! ひこうきがきてるっ! ひこうき!」
「み、ミサイル撃てそう!? 撃たないと攻撃されちゃうよ!」
「ダメだよ! これ以上無茶させたらお姉ちゃん死んじゃう!」
この飛空艇の動力も、ミサイルや主砲といった兵装を稼働させるエネルギーも、全て北園の精神エネルギーで賄われている。いま飛空艇の兵装を動かせば、ただでさえ危険な状態にある北園にさらなる無理をさせてしまう。
とはいえ、そんな北園たちの事情は、異能の戦闘機たちにとっては知ったことではない、今こそ好機とばかりに雷と暴風のミサイルを一斉発射してきた。
今の北園は、飛空艇のバリアーを展開する余裕さえない。
二種類の異能のミサイルが飛空艇に直撃した。
暴風のミサイルはともかく、恐るべきは雷のミサイル。巨岩をぶつけられても傷一つ付かないこの飛空艇の装甲をあっという間に破壊してしまう。
ミサイル着弾の衝撃で飛空艇が揺れ、コックピット内の子供たちにもその揺れが伝わる。
「きゃあああ!?」
「つ、ついらくしちゃう!?」
「おとうさーん! おかあさーん!」
先ほどはこの飛空艇の操縦の一部を任せられるくらいの聡明さを見せてくれた子供たちだが、やはりこういう状況だと年相応だ。恐怖心が先行し、すっかりパニックになってしまっている。これでは北園に余力があったとしても、操縦の補助は期待できない。
「みんなーっ! 落ち着いて! 落ち着いてー!」
スピカが必死に子供たちをなだめているが、混乱は収まらない。
どうにもならない現状に、スピカは歯噛みする。
「こういう時、超能力の一つも満足に使えない今の自分が恨めしいー……! かくなる上は、ワタシ自身がこの飛空艇の動力になるしか……」
幽霊状態の現在のスピカは、肉体が無くなって精神エネルギーだけで活動しているような状態だ。そんな彼女をこの飛空艇の動力として捧げれば、わずかながらも飛空艇は活力を取り戻すだろう。
しかしそれを実行しても、この飛空艇を追っている戦闘機を振り切って地上に着陸するにはあまりにも心もとないエネルギーしか得られない。スピカの犠牲が無駄になる可能性は極めて高いのだ。
「それでも、選択肢の一つには入れておかないと、かなー……!」