第116話 ひと時の休息
『ARMOURED』の活躍により、駐屯地を襲ってきたワイバーンの群れは全滅した。現在、マモノ討伐チームの面々は広場で待機し、狭山はタブレットで衛星カメラを操作し、他にワイバーンが隠れていないか、周囲を確認している。
「よーお。どうだったよ? 俺たちの実力は」
その間に、ジャックが日向に話しかけてきた。
「ああ、凄かった。本当に。世界最強と聞いていたけど、納得したよ」
「へへっ、言ってくれるじゃねーか」
「……ところで確か、狭山さんの話では『右腕を食いちぎられた』って話だったけど、なんで左腕も義手なんだ? ……あ、戦いの中で左腕もやられたのか?」
「いや、片方だけ義手って、体の片側だけ重くなってバランスが取りにくくてな。左腕もちぎって義手にした」
「自分で左腕を捨てたのか!?」
「まーな。どうせこの右腕じゃ、もうまっとうなスポーツ選手としての生命は断たれたようなモンだ。今の俺にはマモノ討伐しかない。だったら、そのために自分を最適化するだけだ」
そう語るジャックの瞳は、怒りと決意の色に満ちている。
彼は、己の全てを賭けてマモノと戦う道を選んだのだ。
「……他のメンバーも、同じような想いなのか?」
「いいえ。ここまでマモノに苛烈な敵意を抱いているのは、彼だけですよ」
横から日向の問いに返答したのは、レイカ・サラシナだ。いつの間にかアカネの状態から戻っており、髪も黒色になっている。
「コーネリアス少尉とマードック隊長は、義体を与えられた恩に報いるため戦ってくれています。二人はマモノが出現する前から、戦争で負傷して軍を退いていた兵士でした。政府の義体技術研究が始まると同時に、被験者に志願してくれました。結果、お二人は新しい身体を手に入れて軍に復帰。マモノが世界に出現すると同時に、その能力を買われて『ARMOURED』を結成しました」
「レイカさんもお二人と同じなんですか?」
「いいえ。私は……父のコネで入隊した、といいますか。父の最初の被験者でもあり、刀に多少の心得を持ち、『二重人格』という特殊能力を持つ私を、米軍が是非『ARMOURED』に、と欲したのです。この能力が他人の助けになるなら、と私は入隊を決めました。父からは猛反対されたんですけどね」
「『父の最初の被験者』っていうのは……?」
「『ARMOURED』の義体技術の基礎を作ったのは、私の父です。幼い頃、事故で両脚を失った私のために、民間の義足会社で働いていた父は、寝る間も惜しんで義体の研究に没頭しました。その結果、五年ほどの時間をかけて義体の技術を二世代ほど飛び進め、この義体を作り上げたのです」
説明しながら、レイカはズボンの裾をめくり、自身の脚を見せる。
その脚はジャックの腕と同じく、黒い鋼鉄製の義足だ。
「この義体は人間の神経系に直接結びついていて、私の思うままに、指先一本一本に至るまで細かく動かせることができます。さらに、パワーも生身の人間とは比較になりません」
「ああ、物凄いスピードで動いてましたもんね。しかも途中、ワイバーンの首を蹴りでへし折ってましたよね……?」
「私ではなく、アカネの攻撃ですけどね。……しかし欠点もあって、この義体、上手く動かすにはある程度の適性が必要なのです。私は運良くその適性があったため、こうして動かすことができています」
「なるほど……確かにこんな便利な技術があれば、とっくに世界中の誰もが使ってますよね」
「ええ。現在、父はその腕を政府の技術機関に買われ、民間への普及を目指して研究を進めています。米軍との共同で軍用の戦闘型義体も開発されていて、今の私たちが装着しているのはそのタイプですね。こうして米軍は父との繋がりを持ち、軍はその繋がりを辿って私に声を……というところです」
つまり『ARMOURED』は、元々はジャックを除いた三人だけの部隊だった。
結成から二か月後、政府と取引したジャックが入隊し、今のメンバーが揃ったというワケだ。
「当初の構想では、義体を与えられた負傷兵士が次々と『ARMOURED』に入隊し、最後には大規模な対マモノ機械化兵団になる……はずだったのですが、研究は難航、適性を持つ兵士はなかなか現れず、結局この一年間、この四人で戦い抜くことになりました」
「今じゃ『ARMOURED』って言ったら、この四人以外有り得ねーけどな」
「そんな事情が…………ところで、こんな機密事項っぽい話、一般人の自分が聞いて大丈夫だったのでしょうか?」
「ふふ、大丈夫ですよ。戦闘用に生み出されたのは結果として。元々は世のため人のために出すつもりの技術ですから。今はまだ企業秘密なので民間に公表することは許されていませんが、将来実用化されたら盛大に宣伝してくださいね」
「な、なんか広告塔にされてしまった……」
「レイカのヤツ、こう見えて結構金にがめついんだぜ。しっかり宣伝しねーと、ツヤツヤの肌色が脱色するまで絞られちまうぜ?」
「ジャック、アンタ余計なこと言ってんじゃないよ……」
ジャックの発言に反応し、思わずレイカの中のアカネが呼び起こされてしまう。黒い髪は赤く変化し、先ほどまでのお淑やかな眼差しは何だったのかと聞きたくなるくらい鋭い眼光が宿る。
そのあまりの豹変ぶりに、日向は思わず「ひえっ」と小さな悲鳴を上げた。
「おっと、抑えろよアカネ。ヒュウガが怖がってるぜ?」
「はん、知らないね。勝手に怖がられてこっちはいい迷惑だよ。それより、今度余計なことを言ったら、その口に鏡花ぶっこむからね」
言ってアカネは、腰に下げた刀をチラつかせる。
『鏡花』とは彼女が使っているその刀のことなのだろう。
ジャックは「おぉ怖い」と呟き、肩をすくめた。
その後、アカネの赤髪が黒く変化し、レイカに戻った。
「……ふぅ。すみません日向さん。アカネったら、ちょっと気に障ることがあると、私を抑えてすぐに飛び出てしまうんです」
「い、いえ、大丈夫です、ハイ」
「アカネもあれで結構良い子なので、アカネとも仲良くしてあげてくださいね」
「あ、はい、頑張ります……」
「……おっと、どうやらサヤマの作業も終わったらしいぞ。行こうぜ、二人とも」
ジャックに促され、日向とレイカは狭山の元へと向かった。
◆ ◆ ◆
「……分析の結果、この飯塚駐屯地より10キロ先の山中に、ワイバーンが大規模な巣を作っているようだ。その巣にはまだ三十匹近いワイバーンが残っており、さらに二体の『星の牙』の存在を確認した」
狭山の説明を受けるマモノ討伐チーム一同。
『星の牙』の単語を聞き、表情が引き締まる。
「この『星の牙』の名称は『フレアマイトドラグ』。彼らの群れの規模は到底無視できるものではない。合同演習を一時中断し、日米共同でワイバーンたちの駆除に当たりたい」
「ならば、『星の牙』の一体はこちらが引き受けよう」
そう名乗り出たのは『ARMOURED』の隊長、ウィリアム・マードック大尉だ。
「我々がフレアマイトドラグを一体仕留める。その間にもう一体を別のチームに足止めしてもらいたい」
「分かった。ならばもう一体には松葉班と日向くんたちを当てよう。他のチームはワイバーンの殲滅に全力を尽くしてもらう。異議がある者は?」
狭山が皆に声をかけるが、皆は口を開かず黙っている。
つまり、異議無しということだ。
「よお、ここにいるぜ」
しかし、その中で一人、手を挙げる者がいた。
日影である。
「日影くん? 一体どこが不満だったんだい?」
「松葉班の手を借りるまでもねぇ。もう一体のフレアマイトドラグはオレたち五人が仕留める」
その言葉を聞き、周囲にどよめきが走る。
『ARMOURED』の面々も、目を丸くして顔を見合わせている。
「おい日影!? 何言ってるんだよ! 人数増やした方が確実だろ!?」
「そうだよぉ!? みんなで仲良く戦おうよぉぉぉぉ!?」
日向とシャオランが日影に声をかけるが、日影の意思は変わらない。
目線だけを日向に向けて、言葉を返す。
「ここで松葉班の手を借りれば、確かに楽に『星の牙』に勝てるだろうな。けどよ、その場合『楽すぎる』んだ。オレたちの成長のためにも、ここはオレたち五人で戦うべきだ」
「成長って……。これだけの戦力が揃ってるのに、あえてそれを使わないなんて、それを今ここでやる意味があるのか?」
「ああ、大いにあるね。北園の予知夢が本当なら、世界を救うのはオレたち五人だ。オレたちは人類の運命を背負って、人類を代表して戦わなけりゃならねぇ。そのためには強くなる必要がある。それこそ、あの『ARMOURED』の連中よりも強く、だ」
「お前、それはつまり……」
その言葉を聞いて、日向はハッキリと分かった。
日向は『ARMOURED』を「共に肩を並べる味方」として見ていたが、日影は彼らを「超えるべき目標」として見ているのだ。恐らく日影は、先ほどの彼らの戦いぶりを見て、対抗心を燃やしているのだろう。
二人のやり取りを聞いていた狭山は、静かに頷いた。
「……日影くんの言うことにも一理ある。他のメンバーが了解するのであれば、その提案を受けよう」
「私は賛成! 日影くんの言うこと、その通りだと思うもん!」
「俺も賛成だ。日向の気持ちも分からないわけではないがな」
「イヤだぁぁぁぁ!! イヤだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「……ハァ、仕方ない。こうなったらもう腹を括るしかないか」
それぞれの意見を聞いて、狭山も力強く頷く。
「では賛成四、反対一により、日影くんの案で行こう。ただし、松葉班は後方で、緊急時に君たちをカバーできるように待機させる。それくらいの保険はかけておいても文句は無いだろう?」
「……ま、仕方ねぇ。それでいいぜ」
「イヤって言ってるでしょおおおおおおお!?」
「よし。では30分後に目的地に出発する。各員、準備を済ませておいてくれ。集合場所はこの広場とする。では解散!」
「ねぇお願いだから聞いてよおおおおおおお!?」
狭山の話が終わると、皆はそれぞれの準備に取り掛かるため、バラバラと広場から離れていく。
その中で、ジャックが日影に向かってきて、声をかけた。
「……オマエらが『星の牙』を、ねぇ。できるようには見えねーけどなー」
「まぁ見てろよ。お前らには負けねぇよ」
「へっ。さっきの俺たちの戦いで焚き付けられちまったか? よく燃える薪だぜ」
「それはちょいと適切じゃないな。オレは薪ではなく、燃え上がる火そのものだ」
「……世界を救う、とか言ってたな。マモノに首魁がいるとしたら、ソイツを倒すのはこの俺だ。そのために俺はここにいるんだからな」
そう言い残すと、ジャックは去っていった。
そのジャックの後ろ姿を一瞥すると、日影も逆の方向へと歩いていった。