第1262話 操縦士増員
飛空艇の動きが急に良くなってきた。
先ほどまで北園が操縦する飛空艇は異能戦闘機の統制が取れた攻撃に対応できず、いいようにやられていた。ミサイルでの反撃も行なっていたが、そのことごとくを回避されてしまい、敵機を追い払うことすらできなかった。
それが現在はどうだ。風天の透明化突撃だろうと瞬時に捕捉し、飛空艇に当たらないよう上昇あるいは下降して風天を回避。雨天の硫酸機銃も同様だ。しっかりと避けて、甲板の上の日向たちに酸を浴びせられないようにしている。そして反撃のミサイルは確実に命中させてみせる。
「まるで操縦士が別人に変わったかのようだな。北園の事を悪く言うわけではないが、そうとしか思えん急変ぶりだ。甲板の上で戦う俺達の負担も段違いに減少した」
本堂がそう評しながら、硫酸のミサイルを撃ち込もうとしていた雨天に”轟雷砲”を発射。雨天は機体の腹から背中にかけてぶち抜かれ、墜落していった。
飛空艇の動きが良くなった理由は、オネスト・フューチャーズ・スクールの子供たちが北園を手伝い始めてくれたからである。
子供たちは、ただコックピットで震えながら日向たちの勝利を祈っていたわけではない。北園の操縦をじっくりと観察し、さらにはこのコックピットの構造を見て、どの機構がどんな操作を行ないどんな役割を果たすのかを彼らなりに推測していた。
そしてスピカに「飛空艇の操縦の手伝い」を申し出てから、スピカにひととおり飛空艇の操縦方法を習った。それだけで子供たちは飛空艇操縦の要点を覚え、実際に北園の手伝いをこなしてみせている。
飛空艇の操縦は、変わらず北園が担当する。操縦桿から飛空艇全体に流れ込む北園の精神エネルギーによって飛空艇の運営がなされているので、それさえあれば超能力者ではない子供たちでも飛空艇の操縦に関与することは可能だ。
北園が操作する操縦桿とコントロールパネル以外にも、このコックピットにはいくつかのコントロールパネルがある。そのパネルの前には年長の子供たち。彼らはパネルを操作してミサイルを発射する役割を担っている。
年少、そして一部の年長の子供たちは、このコックピットの部屋全体を覆うように設置されている立体モニターを注視している。彼らはモニターを見ることに集中することで、異能の戦闘機が飛空艇に攻撃を仕掛ける瞬間を見逃さない。
「左から黄色の飛行機が来てるよ!」
「分かった! ミサイル発射!」
「みぎ! みぎからきてる!」
「任せて! 発射!」
「お姉ちゃん! 上から緑が突っ込んでくるよ!」
「りょーかい! 右に避けるよ!」
一人の子供から報告を受けて、北園が右に舵を切る。その瞬間に飛空艇の頭上から風天がまっすぐ突撃してきた。あらかじめ北園が飛空艇を右に移動させていなかったら甲板に激突していただろう。
先ほどの北園は操縦、索敵、攻撃、エネルギー供給、全てを一人でこなしていた。そのためにそれぞれの作業一つひとつに意識を割かねばならず、いまいち集中できていなかった。しかし今は子供たちが索敵と攻撃を担当してくれているので、北園は操縦と飛空艇へのエネルギー供給に集中することができる。
子供たちの奮闘ぶりを見て、スピカも唖然としているようだ。
「いやー……ちょっと教えただけでこの呑み込みの早さ……。なにこの子たち、天才なのかなー?」
「だって狭山さんが建てた学校の子たちだよ? 頭が良い子に育つに決まってるよ!」
スピカの言葉を聞いて、北園がそう自慢げに答えた。倒すべき敵のことを誇らしげに思っている北園を見て、スピカは呆れ混じりの柔らかい微笑みを浮かべる。
「懸念事項はあるけれど、この調子なら行けそうだねー……!」
モニターに視線を戻し、スピカはそうつぶやいた。
一方、甲板ではミオンが”如来神掌”を放つ。ちょうど雷天と雨天が空中で交差した瞬間を狙った。二機まとめて撃墜だ。
「すごいなぁ師匠……。ボクたちの中で一人だけ明らかに撃墜数が違うよね……?」
恐る恐るといった様子でシャオランがそうつぶやく。シャオランもまた”炎龍”や”衝波”といった練気法の技で戦闘機を何機か撃墜しているものの、そのスコアはミオンに遠く及ばない。
”炎龍”はシャオランの気力を必要以上に消耗し、”衝波”だと威力不足で戦闘機を撃墜できない場合が多い。その点、ミオンの”如来神掌”は攻撃力と燃費が上手い具合に両立しており、シャオランより多くの戦闘機を撃墜していながら、シャオランよりずっと体力的余裕がある。
「ボクも師匠の”如来神掌”とか使えたらいいんだけど……」
「こればっかりは、あなたでもまだまだ真似できないと思うわよ~。シャオランくんは私ではたどり着けなかった”空の練気法”を修得したけれど、それはあなたに”空の練気法”を身に着ける才能があったから。その一方で、私の”如来神掌”は単純に練度の問題。年季が違うってことね~」
「精進するよ……」
中国ではどうにか勝利を収めたものの、いまだ底が見えない師匠に対して、シャオランは「ボクどうやってこの人に勝ったんだっけ」と思わずにはいられなかった。
飛空艇にミサイル攻撃を仕掛けようとしている風天が一機。
その風天の上からロックフォールの息子のユピテルが飛来。
ユピテルは風天の頭上からまっすぐ急降下。矢のように風天の右翼を破壊する。片方の翼を破損させられて機体のバランスが取れなくなった風天はきりもみ回転しながら、あえなく落下していった。
”雷”の異能を覚醒させたユピテルは、翼に電磁ブーストをかけて自然ならざる軌道で空を飛ぶことができる。その異能がこの嵐の中の戦いにおいて非常に相性が良いようで、父親のロックフォール以上に戦果を挙げてみせた。
今しがたユピテルが始末した風天を最後に、戦闘機の襲来がピタリと止まった。
「どうにか切り抜けたか……?」
日向がつぶやく。
隣で電磁場の展開を続けているエヴァに声をかけた。
「エヴァ。ドゥームズデイ本体はまだか?」
「もう近いです。向こうもこちらに向かってきているようです。まもなく接敵します……!」
エヴァがそう答えてから数拍。
前方の黒雲の向こうから、超巨大な戦艦が姿を現した。