第1253話 トンネルの向こう
時間は遡り、北園たちが乗る飛空艇が難民キャンプに到着する少し前。
こちらはオネスト・フューチャーズ・スクールにいた日向たち。彼らは空から降ってくる酸性雨から逃れるため、学舎の床に大きく深い穴を開け、その中に子供たちと教師の二人と共に避難していた。
皆が穴の中に入って間もなく、大きな音と共に学舎が崩れ落ちてしまった。皆が入ってきた穴の出入り口も塞がってしまい、穴の中は真っ暗になる。
「お、おおきなおとがしたよ!? わたしたちのがっこう、こわれちゃった!?」
「くらくてなにもみえないよー……」
「待ってて、いま明かりをつけるから」
日向がそう言って『太陽の牙』に炎を灯す。
緋色の光が真っ暗な空間を照らし始めた。
炎に照らされる空間の中、本堂は酸性雨にやられてしまった少女ファジャの容態を診ているようだ。ファジャは現在、弱々しい表情で目を閉じ、横になっている。
「本堂さん。ファジャちゃんはどうですか?」
「エヴァの回復能力もあってどうにか大事になるのは阻止できた……といったところだ。しかし、やはり傷の具合が酷い。痕は残ってしまうだろうな」
「そうですか……。ドゥームズデイめ……女の子の肌に一生ものの傷とか終身刑だぞ終身刑」
「温いな。シャオランの町の件もある上、難民キャンプももはや無事では済むまい。奴は死刑以外有り得んよ」
静かながらも強い口調で、本堂は日向にそう告げる。多くの命を奪い、年端もいかぬ少女をも傷つけ、本堂はドゥームズデイに怒っているのだろう。医者志望であった彼は、これでも命の重みを日向たちの中で誰よりも尊んでいる。
するとここで、シャオランが声を上げた。
「ヒューガ! 穴の天井に酸性雨が染み込み始めてる! 下手したら地上を溶かされて、このトンネルまで崩されるんじゃないかな!?」
「くっそ、酸性雨が止むまでここで耐えられればと思ったけど、ここに留まり続けるのも危険そうか!」
「更に言えば、日向がこの閉鎖空間で『太陽の牙』を燃やし続けていると、いずれ俺達全員酸欠になるかもしれんな。火は酸素を燃焼させて燃え上がるものだ」
「そ、そうでした……。ここから移動するとまた北園さんたちと合流しにくくなると思ったけど、やむを得ないか。エヴァ、このトンネルを拡張して、どこかの地上につなげてくれ。酸性雨の範囲が及ばない場所まで」
「分かりました。幸い、酸性雨の範囲はそこまで広くはありません。空から私たちを探す飛空艇ならば、この移動は誤差の範囲に収まるでしょう」
そう言って、エヴァが土の壁に手をついた。
小さくて色白な手である。
すると、エヴァが手をついた土の壁が音を立てて崩れ、その先に道ができた。道は日向の炎の明かりが届かないほどの深さまで続いている。
今のエヴァの能力を見て、アラムが呆気に取られていた。
「え、えぇ……? なに今の……すげぇ……」
「私の能力、その一端です。さぁ、先に進みましょう」
「あ、エヴァちゃん、一人で先に進むと危ないよ!」
「私には気配感知能力もあります。敵の気配を探ることができる私が先に進んだ方が、敵が出てきても素早く対応できます。もっとも、いま掘ったばかりのトンネルに敵がいるとも思えないですが」
そう言ってエヴァがトンネルを先行。他の者たちも列を作ってエヴァについて行く。先頭は日向とエヴァ。後方は本堂とシャオラン。四人が子供たちと教師たちを守るように前後を挟む隊形だ。負傷したファジャは教師の一人が背負っている。
日向が、ファジャを背負っていない方の教師に声をかけた。
「ここの子供たち、こんな状況だっていうのにかなり落ち着いていますね。俺なら泣き叫んでます。先生の教えが良いんですかね」
「ふふ、ありがとうございます。ただ、もともとこの国は情勢が不安定で、子供たちもいつ危険に晒されてもおかしくない環境でしたから、その影響かもしれません」
「な、なるほど……」
日向は改めて、平和な国に生まれることができた幸せを実感する。
トンネルを歩き始めてから程なくして、暗い道の向こうに小さな光が見えてきた。どうやら出口のようだ。子供たちは早くこんな暗くてジメジメした場所から出たいのか、うずうずしている。
さらに歩き続けると、小さな点の光に見えていたトンネルの出口は、やがて人間が通れると一目見て分かるほどの大きさに見えてきた。もう出口はすぐそこだ。
すると、急に二人の男の子が隊列を飛び出して走り始めた。
「でぐちまできょうそうー!」
「あ、ずるいー!」
言うと同時に走り出した男の子と、それを追いかけるもう一人の男の子。あまりにいきなりの行動だったので、先頭にいたエヴァと日向は、二人の男の子が自分たちを追い抜くのに反応できなかった。
「あ、ちょっ、勝手に前に出たら危ない!」
「この気配……いけません! 外に何かいます! 空から急降下してきました!」
エヴァもまた言うや否や、二人の男の子を追って走る。
二人は今まさにトンネルの出口をくぐり抜けるところだった。
「ゴール!」
「……あれ? 空から何か来るよ?」
二人の真上から音を立てて急降下してきたのは、金色の装甲を光らせる雷の戦闘機だ。二人めがけて容赦なく、爆雷のミサイルを発射した。
雷の戦闘機が発射したミサイルが、二人の男の子が立っていた場所に容赦なく撃ち込まれる。それこそまさに雷霆のように、ミサイルは地表もろとも二人の男の子を粉砕してしまった。
……かと思われたが。
ギリギリのところで洞窟内からエヴァが駆けつけてきて、電磁場のフィールドを生成して二人の男の子を守っていた。ミサイルがまき散らす爆風はあくまで電気なので、反発する電磁場を生成すれば爆風は遮断することができる。
「二人とも、大丈夫ですか……!?」
「う、うん、へいき……」
「こわかった……」
「これに懲りたら、もう勝手な行動はしないでください」
「ごめんなさい……」
「ごめんなさい……。でもエヴァちゃんかっこよかったよ!」
「エヴァちゃんではありません。エヴァお姉ちゃんです。それより、あなたたちは危ないから下がってください!」
エヴァにそう言われて、二人の男の子は一目散にトンネルの中へとダッシュ。その子供たちと入れ替わるように日向とシャオラン、そして本堂が出てきた。
「エヴァ、ありがとうな。さっきの男の子たちを守ってくれて」
「構いません。しかしそれより、あの子たちは私のことを同い年だと思っているようです。それが不服です」
「まぁ、見た目はそんなに変わらないのは事実……」
「何か言いましたか? 言いましたね?」
「言ってないよー?(棒読み)」
「二人とも、そんなことより戦闘機だよ! 油断して勝てるような相手じゃないでしょ! 集中!」
「ふむ、シャオランの発言は尤もだ。それに、敵は一機だけではないらしい」
本堂の言う通り、日向たちを襲撃しに来たのは雷の戦闘機だけではないようだ。新たに青い装甲の戦闘機と緑色の戦闘機が一機ずつ、雲の向こうから現れた。それぞれ雨の戦闘機と風の戦闘機である。
「やっぱりあの三色の戦闘機は、星の牙の”嵐”に対応しているみたいだな……。もういちいち『雨の戦闘機』とか『風の戦闘機』とか呼ぶのは面倒だから、これからあの三機はそれぞれ”雷天”、”風天”、”雨天”と呼ぶことにしよう」
日向がつぶやき、戦闘開始。敵は音速で空を翔ける異能の戦闘機。地の利は完全に向こうにある。はたして、地上にいる日向たちはどうやってこの三機を墜とすのか。