第1250話 二羽の鳥
日向たちが身を寄せる難民キャンプが酸性雨に襲われている頃。
こちらは北園たちが乗っている飛空艇。
その飛空艇にゆったりと接近してくる、一つの飛行物体。
「右の方から何か飛んできてる! あの戦闘機かな!?」
「いや、形が戦闘機とは全然違ぇぞ。デカい鳥みてぇだな。アレは……ロックフォールじゃねぇか? ほら、オレたちが狭山の学校に行った時に知り合ったマモノの」
「あぁそっか! 私たちを見つけて声をかけに来てくれたのかな?」
「日向の野郎がオレたちの予想通りに狭山の学校に身を寄せてるなら、あの鳥もアイツらのことを何か知ってるかもしれねぇ。オレが甲板まで出て話をしてくるぜ」
「りょーかい! お願いね、日影くん!」
北園の言葉にうなずいて、日影はコックピットを出る。そして通路内の転送装置を使い、甲板へとやって来た。飛空艇もロックフォールが甲板に着地できるように速度を調節する。
日影が甲板に来るのと同時に、ロックフォールも甲板に降り立った。その瞳は力強く、しかし理知的な雰囲気も感じられる。日影はその瞳に覚えがある。間違いなく、あの時に知り合ったロックフォールだ。
「よう、久しぶりだなロックフォール。元気してたか?」
「うむ。あの時の人間の仲間たちだな? 久しいな。日向たちからお前たちのことを聞いていた。変わった乗り物に乗って、空を飛んでやって来るはずだと」
「やっぱり日向たちはそっちにいるんだな?」
「そうだ。我は念のため、そなたらが無事に彼らと合流できるように、そなたらを探して回っていた。ついて来てくれ、難民キャンプまで案内しよう」
「おう、頼んだぜ」
……と、日影がロックフォールに返事をした時、日影はロックフォールの肩のあたりにもう一羽の鳥が留まっていることに気づいた。どうやらマモノではない、普通の鷲のようだ。
「なぁロックフォール。お前の身体に乗ってるその鳥は何だ?」
「この子は我の息子だ。あの時、お前たちに助けてもらった我の卵だ」
「ああ、トカゲ野郎どもに人質に……タマゴ質にされてた、あの時の」
「この子もすっかり一人前になり、今は周辺の警戒などを任せている。先ほどいったん合流し、同時に偶然お前たちを発見した。ゆえに一緒にいるというわけだ」
改めて、そのロックフォールの息子をじっくりと眺めてみる日影。どうやらすっかり成鳥となっているようだ。鷲としての力強さをひしひしと感じる佇まいである。しかし、やはり巨鳥とでも言うべきロックフォールの体躯と比べたらヒナ同然の体格差だ。
「ケーン!」
「息子も改めて君たちに礼を言っているようだ。君たちが命を懸けてくれたから、今の自分がここにいるのだと」
「そうかい。そう言ってくれりゃ、あの時オレたちも頑張った甲斐があったってモンだぜ。その子に名前はあるのか?」
「アラムが名付けてくれた。曰く、雷光のように速く、力強く飛べる鳥に育つように、ユピテルと」
「ユピテル……たしか、イタリアでのゼウス神の呼び名だっけか。良い名前じゃねぇか」
「ああ。親である我も気に入っている。では改めて、難民キャンプへ案内しよう。ついて来てくれ」
ロックフォールが先導し、飛空艇もそれについて行く。さすがにジェットで空を飛ぶ飛空艇と飛行速度を比較すると、ロックフォールの方が圧倒的に遅いので、飛空艇がロックフォールに合わせてゆっくりと飛行している。
やがて難民キャンプが見えてきたが、様子が変だ。難民キャンプの上空だけに分厚い雨雲がかかっており、そこに雨が降り注いでいるようである。ロックフォールも事態が把握できていない様子だ。
「何だ、あの雨雲は? 何が起こっている?」
「なんか、ただ事じゃなさそうな雰囲気だぞ。キャンプのテントがボロボロになってねぇか?」
飛空艇のコックピット内では、北園がモニターに難民キャンプの様子をズームアップして表示していた。キャンプ全体が溶けてしまっているような、異様な雰囲気だ。
「これ、さっき着陸した街といっしょ……!?」
「あの雨の成分解析結果が出たよー! あの雨、どうやら高濃度の酸みたいだ! あの酸の雨が難民キャンプを溶かしちゃったんだよー!?」
「大勢死んでるわ……。酷いものね……」
北園、スピカ、ミオンの三名も深刻な表情でモニターを見つめていた。
その時だった。
飛空艇の左方向の空の向こうから、何かが超高速で飛んできている。
飛来してきたのは青色の装甲を持つ雨の戦闘機だ。数は七機。酸性雨を降らせる灰色のスモークを噴出しながら、飛空艇へ接近してきていた。
「直感だが、アイツらが難民キャンプを襲撃した犯人だろうな」
「おのれ……我が留守にしている間に、よくもこのような……!」
「ああ。連中、ただ墜とすだけじゃ気が済まねぇ。地獄まで直行だ」
日影は『太陽の牙』を構え、ロックフォールも翼を大きく広げて戦闘機を威嚇。すると、そこへミオンも合流した。
「私も加勢するわよ~! あれが飛び回っていたらシャオランくんたちと合流するどころじゃないもの! さっさと片付けましょう!」
「ユピテル! お前は離れていろ! この乗り物の中に匿ってもらえ!」
「ケーン!」
『もちろん、私も飛空艇で戦うよ! しっかり休憩して体力も回復したし! ドゥームズデイとの戦いのために、飛空艇で戦う経験値も積まないとね!』
飛空艇のアナウンス音を通して、北園も戦闘参加の意思を示す。飛空艇は左に舵を切り、七機の雨の戦闘機と正面から向かい合う形に。
一方、七機の雨の戦闘機も飛空艇が戦う意思を見せると、左右の三機がそれぞれ交差するように左右へと散った。散開し、飛空艇を囲んで攻撃するつもりなのだろう。
日向たちと合流するために。
何よりも、難民キャンプの人々の弔いのために。
異能と異星の技術が入り混じるドッグファイトが始まった。