第114話 ARMOURED
「あの人たちが……『ARMOURED』……」
アメリカ軍のオスプレイのハッチから、灰色のコートを纏った四人組が下りてくる。手には真っ黒なグローブを付けており、露出している素肌は顔面部分のみ。
彼ら四人からは、ほとんど一般人な日向でも分かるほどの、数々の修羅場を潜り抜けた凄味を感じた。
……が。
「……あれ? 思ったより若い……?」
四人のうち、二人は普通の大人だ。さらにそのうちの一人は、日向が行きの車内で予想していた通り、ガタイの良いスキンヘッドの巨漢である。
もう一方は長身の白人男性で、髪はブロンドのロング。その高い背丈と同じくらいの大きさのバッグを背負っている。
しかし、残りの二人は想像以上に若い。
そのうちの一人は、日向たちと年の変わらない少年だ。
爽やかな短めの金髪で、背は日向より少し小さいくらいか。
もう一人は艶やかな黒髪ポニーテールの女性だ。
他の四人と同じく灰色のコートを着込み、腰には刀らしきものを差している。
刀の柄には青白く発光するラインが入っており、どうやら機械仕掛けのようだ。
『ARMOURED』の四人は、カード大統領と二言三言会話すると、お互いに別れ、今度は日向の隣の狭山を見つけてこちらへとやって来た。
そして、四人のうちの一人、日向と同年代くらいの少年が、英語で狭山に話しかけてきた。
『よおサヤマ! 久しぶりだな!』
『やぁジャックくん。こうして会うのは四か月ぶりかな。ようこそ日本へ』
二人は英語でやり取りし、握手を交わす。
そして、ジャックと呼ばれた少年が、ふと狭山の隣にいた日向と日影に目線を向けた。
『ん? お前らは……』
『あ、あー、は、初めまして。自分は日下部日向です』
『アイアムヒカゲ』
たどたどしくも英語で挨拶する日向と日影。
日頃の狭山との勉強のおかげで、二人も簡単な英会話くらいならこなせる程度にはなっていた。
「何だ、英語苦手なのか? 俺は別に日本語で良いぜ」
しかしジャックは、これまた流暢な日本語で二人に返事してみせた。
「うわ、日本語上手いんですね……。習ってたんですか?」
「まぁ、サヤマにな。あと、丁寧語は止めてくれよ。オマエの資料を見たが、俺たち同い年だぜ?」
「つまり、今年で17歳? その若さでマモノ討伐チームに入ってるんですか……じゃなくて、入ってるのか?」
「お互い様だろ? 俺から見りゃあ、オマエらの方がどうやってマモノと戦っているのか不思議でならねーぜ。まぁ、俺の事情はサヤマにでも聞いてくれよ。俺たちはこれからミーティングでな。じゃーなー」
そう言うと、ジャックは手を振って日向たちの元を去った。
他の『ARMOURED』のメンバーもそれぞれ、狭山に短く言葉をかけていく。
「お久しぶりですね、狭山さん。今日はよろしくお願いしますね」
「久しいナ。また世話になル」
「ミスター狭山。お互い無事で何よりだ。今日は有意義な演習にしよう」
「レイカさん、コーネリアス少尉、マードック大尉、みな元気そうで良かった。来てくれて本当にありがとう」
やり取りを終え、狭山は日向を連れて日本チームの陣営へと戻る。
その途中で、日向がポツリと呟いた。
「なんか、イメージと違った……。もっとこう、コマンドー部隊みたいなのが来るかと」
「まぁ、それぞれに事情があってね。その辺りも含めて、この後で軽く説明しよう。とりあえずこちらも他の皆を集めなくてはね」
◆ ◆ ◆
狭山の説明に曰く、『ARMOURED』の構成員は以下の四人。
チームのムードメーカー、ジャック・レイジー。
年齢は16歳。
日向や狭山にフレンドリーに話しかけてきた金髪の少年だ。
日本人とアメリカ人のハーフ、レイカ・サラシナ。
年齢は20歳。
腰に刀を下げていた、青い瞳に黒髪ポニーテールの少女だ。
身長は166センチほど。
副隊長にして狙撃手、コーネリアス・ベルカ少尉。
年齢は30歳。
長大なバッグを肩に背負っていた、寡黙な男である。
そして『ARMOURED』隊長、ウィリアム・マードック大尉。
年齢は38歳。
200センチを超えるほどの巨漢である。
「ふむ……貧乳だな。顔立ちは整っているだけに、惜しいな」
本堂がレイカ・サラシナを遠目に見つめながら呟いた。
先日の一件以来、本堂は日向の前では、自身の性癖を隠そうとしない。
「あなたは一度訴えられてしまえ」
そんな本堂に、日向は情け容赦なくツッコミを入れる。
それから日向は、改めて狭山に質問。
「……それで、いったいどんな事情があって、ジャックやレイカさんはマモノ討伐チームに?」
「そうだね。早速説明しよう。まずはジャックくんの事情から話そうか」
そう言って、狭山は説明を始めた。
曰く、ジャックはもともと普通の若者だった。
街中をアクロバティックに駆け抜けるパルクールが得意で、将来はプロのスポーツ選手になるかもと周囲から期待されていた。
そんな彼の運命を変える出来事が起こったのは去年の2月ごろ。
家族と共に田舎の親戚の家に遊びに行っていたジャックは、その近くの森でマモノと遭遇してしまったのだ。慌てて逃げ出したジャックだが、マモノは群れでジャックを襲った。
途中、慌てるあまりジャックは転倒してしまい、群がってくるマモノたちからボロボロになるまで噛みつかれてしまった。
それでも何とかマモノたちを振り払って逃げ切ったが、その際にマモノから右腕を食いちぎられてしまったのである。
その後、ジャックの両親から連絡を受けた警察が、アメリカのマモノ対策室に連絡を取り、マモノたちは駆除された。
しかしジャックは右腕を失った。将来を期待視されていた彼の人生は大きく狂わされてしまった。
当時、マモノの情報はまだ世間には秘匿されていた。そこでアメリカのマモノ対策室は、彼に一つの提案をする。彼の腕を最高の技術で治療し、代わりに今回のマモノ事件を一切口外しないことを。
ジャックは、マモノのことを口外しないことを約束した。
しかしその代わり、腕の治療だけでなく、もう一つの条件も提示したのだ。
「――その条件というのが『自身をマモノ討伐チームに加えること』。彼はマモノへの復讐を誓ったんだ」
「だから、あの若さでマモノ討伐チームに……あれ? でもジャック、右腕ありますよ?」
「ああ、それはね――」
狭山が日向たちに説明していた、その時である。
突如、駐屯地の警報がけたたましく鳴り出した。
そして、自衛隊員のアナウンスが広場に響く。
『緊急事態です! 12時の方向より、マモノが多数、こちらに向かって飛来してきます! これは訓練ではありません! 繰り返します! マモノが多数向かってきています! これは訓練ではありません!』
放送を受け、駐屯地広場にどよめきが起こる。
「え……マモノ!? マモノが来るの!?」
「うわあああああもうおしまいだああああああ!!」
「落ち着け北園、シャオラン。まずは冷静に周囲を警戒するんだ」
慌てる北園に、本堂が静かに声をかける。
「……おい。あれじゃないか?」
日影が空の向こうを指差す。
その先には、多数の影が見える。
影には羽根がついていて、ゆったりと羽ばたいているように見える。
「日向。あれが何か分かるか?」
本堂が日向に声をかける。
目が良く、マモノの知識もある日向なら、この距離からでもあのマモノたちを識別できるのではと考えたからだ。
「あのシルエット……あの羽ばたき……まさか!」
日向がそう呟いた、ちょうどその時。
先頭の一匹が急に速度を上げ、広場の上空へと到達し、下りてきた。
その身体は緑の鱗に包まれ、両腕は翼膜のある翼と化している。目一杯に広げれば、きっと市内バスくらいの幅になるだろう。
牙や蹴爪は太く、鋭く、目玉は爬虫類特有の細い眼孔を宿している。
その姿は、まさに翼竜という他ない。
「グルルルル……」
「わ……ワイバーンだ!」
日向が叫んだ。
そのマモノは、RPGなどで見られるワイバーンそのものだった。
しかしこれは、地球上の爬虫類が星の力を受けて進化した、由緒正しいこの星の生き物なのだ。
「しかも……なんだ、あの数は!? 三十はいるんじゃないか!?」
空の向こうのワイバーンの群れを見て、悲鳴混じりに日向が叫ぶ。
翼竜……ワイバーンは竜の中でも比較的弱い種族とされていることが多いが、それでも竜なのだ。
伝説に則るのであれば、その強さは他のマモノと一線を画すということになる。それが三十体ほどやって来ているというのだ。日向が悲鳴を上げるのも致し方無い。
「早いな……。これはちょっと予定外だ……」
日向の後ろで狭山が呟く。
ワイバーンは、周囲を見回しながら牙を剥いている。人間への敵意を持つマモノのようだ。
「ま、マモノだー!?」
「早く! 対マモノ用の装備を持ってこい!」
突然の事態に混乱する自衛隊員たち。
あまりに急な事態であるため、松葉班やアメリカのマモノ討伐チームも装備の準備が出来ていない。
「ここは、俺たちが何とかするしかないらしい! 竜退治だ!」
「おっと、抜け駆けするなよ。オレもドラゴン退治には興味があったんだ」
「皆の準備が整うまで、あの数のワイバーンを相手にしろ、ということか。なかなかにハードだな」
「む、無理だよおおおおお!? たった一匹でもメチャクチャ強そうじゃないかあああああ!?」
「で、でも、私たちが戦わないと、周りの町も危ないよ!?」
「……というワケだ。諦めてくれシャオラン」
「もう最近こんなのばっかりいいいいいい!!」
日向たち五人は、意を決してワイバーンの前へと立つ。
その威圧力は、並のマモノの比ではない。
「グルルルルル……」
五人を見据えるワイバーン。
そして……。
「余所見してんじゃねーぜ、トカゲ野郎!」
そのワイバーンの横から、『ARMOURED』のジャックが飛びかかった。