第1247話 泥臭く、血生臭く
溶けて半壊した街にて、日影とガンマン型のレッドラムの対決もいよいよ大詰めを迎える。両者の攻撃の射程内で、どちらが先に攻撃を繰り出すことができるかの早撃ち勝負だ。
右手に持った『太陽の牙』を逆手に構える日影。
リボルバーをホルスターに仕舞って抜き撃ちの構えを取るガンマン型。
両者の間合い、およそ二メートル。
両者は睨み合ったまま、相手の動く瞬間を見逃さないよう意識を集中している。互いに言葉は全く発さず、貫くような鋭い視線で相手を見据えている。
ガンマン型は”心の見切り”によって、日影の心の機微を鋭敏に察知してくる。日影が指先一つ動かすよりも早く先手を取ってくるだろう。間合いもガンマン型に有利な距離だ。
一方の日影も”体の見切り”をフル稼働させている。ガンマン型の呼吸のリズム、この場を包み込む緊張感、全てを己の肌で感じ、ガンマン型の攻撃のタイミングを測る。
日影には”再生の炎”があるため、彼は死に対する恐怖を感じないと捉えられがちだが、死亡からの復活には短くない時間を要する。その間に日影が復活できないよう処置を施されてしまえばそれまでだ。ゆえに日影も、死と敗北に対するプレッシャーは現在進行形で存分に感じている。
静寂と緊迫の時が続く。
日影の耳に入るのは自分の呼吸音と心拍音、それから時おり吹く風の音のみ。
そして、遂に動く時が来た。
まず最初に動いたのは日影だ。
踏み込み、逆手持ちの『太陽の牙』で水平に斬りかかる。
狙いはガンマン型の首。
日影が動いた瞬間に、ガンマン型も動いた。
必要最小限の動作でホルスターから銃を抜き、ファニング射撃。
ガンマン型は、日影が斬りかかるより早く五回連続で射撃した。狙いは順に、日影の脚に二発、右腕に一発、そして心臓と眉間に一発ずつ。五発の凶弾がほぼ同時に日影に襲い掛かる。
まず日影の右脚に二発の弾丸が着弾。
脚に風穴を開けられ、血しぶきが舞う。
しかし日影は止まらない。気合いで耐えている。
脚に二発の弾丸を撃ち込まれてなお、体勢を崩しもしない。
次に『太陽の牙』を持つ右腕に一発被弾。
だがこれも耐えた。日影は『太陽の牙』を落とさない。
日影の心臓への一発。
これが直撃すれば、さすがの日影も即死する。
これに対して、日影は前もって左腕を心臓部分に被せるように防御していた。ガンマン型が放つ弾丸は高威力で貫通能力も高いが、日々鍛え上げてきた日影の左腕の筋肉は、その肉を貫通される直前で弾丸を食い止めた。
そして日影の眉間への一発だが、日影はあらかじめ頭部を左に傾けており、この弾丸を回避することができた。ガンマン型が日影の頭部を狙ってくることを完璧に見抜いていた。
五発全ての弾丸を凌いだ日影は、それと同時に『太陽の牙』を右から左へ思いっきり振り抜く。ガンマン型の首筋に『太陽の牙』の刀身が食い込んだ。
「おるぁぁぁぁッ!!」
叫び、剣を振り抜く日影。
ガンマン型の首が宙を舞った。
ガンマン型の身体が背中から倒れ、首も道路に落ちた。
そして日影も前のめりに倒れ、右肩から道路に着地した。
泥臭く、血生臭いやり方であったが、日影はこの決闘を制し、ガンマン型のレッドラムに打ち勝ったのである。
「くぁぁ……クソ、この野郎バカスカ撃ちやがって……」
撃たれた傷を今ごろになって痛がる日影。
そんな彼を見て、首だけになったガンマン型は静かに笑った。
「フフ……負ケタカ私ハ。忌々シイ。実ニ忌々シイヨ」
「その割には楽しそうだけどな。だが腹立たしそうな気持ちも間違いなく本物だって伝わってくる。変な奴だなお前。あ、それと一つ聞かせろ」
「ナンダ?」
「お前、レッドラムなら……アーリアの民なら最低でも超能力の一つくらいは使えるだろ? なんで一度だって異能の類を使わなかった? お前がこの勝負で使ってきたのは、純粋な早撃ちの技術だけだ」
「簡単ナ事ダ。異能デ圧倒スルヨリ、純粋ナ実力ノ差で圧倒シテヤッタ方ガ、ヨリ深イ絶望ヲ与エルコトガデキルカラダ」
「ったく、少しでもロマンとか騎士道精神みたいな答えを期待したオレが馬鹿だったな」
「結局、オ前ニ敗北シテ、ソレモ無駄ナ努力ニ終ワッタガナ。ツイデニ、モウ一ツ教エテヤロウ。オ前ハ今、自分タチガ何処ノ国ニイルカ、ソノ現在位置ヲ知リタガッテイルナ?」
「なんで分かったんだよ」
「ココハアフリカ大陸ノ北部、リビアダ。オ前タチモ一度来タコトガアルダロウ?」
「リビア……」
それを聞いて日影は思い出す。確かに自分たちは一度、この国に来たことがあった。狭山の依頼でオネスト・フューチャーズ・スクールを訪れた時だ。
「今回ハオ前ノ絶望ノ表情ヲ拝ムコトハ叶ワナカッタガ、オ前タチハイズレ王子様ニ挑ム。ソノ時、オ前タチハ必ズ絶望スルダロウ。楽シミダ、ソノ時ノ表情ヲ眺メテヤルノガナ……」
そう言って、ガンマン型の首はバシャンと弾け、血だまりとなって道路の上に広がる。いまこの場で聞こえるのは日影の息づかいのみとなった。
◆ ◆ ◆
その後、日影は怪我が回復してから飛空艇へ帰還する。
コックピットまでやって来ると北園たち三人が出迎えてくれた。
「日影くんおかえり! 少し時間かかったけど、何かあった?」
「ああ、レッドラムがいた」
「レッドラム!? 大丈夫だったの!?」
「ああ。まぁなんとかな。それより、オレたちの現在位置が分かったぞ。ここはリビアらしい。狭山の学校があるのもこの国だったよな?」
「ここリビアだったんだ! うん、この国には前に私たちも行った、狭山さんが建設した学校があるはずだよ! もしかしたら日向くんたちもそこに……?」
「可能性はあるかもな。ここがどこの国か分かっているなら、オレたちも向こうの連中も共通して知っている場所を目指すのが、合流するには最適の行動だろうからな」
「じゃあとりあえず、狭山さんの学校に行ってみよっか! そこに日向くんたちがいなくても、学校を拠点にして周辺を探し回ればいいだろうし、学校の無事も気になるしね!」
「もう今すぐ行くのか? 休憩は大丈夫か?」
「だいじょうぶ! おかげでほとんど回復したよ! さっそく行くよ、離陸に備えてね!」
そして北園の操縦のもと、飛空艇が飛び立つ。
目指すは南の方角、リビアとチャドの国境沿い付近である。