第1244話 ガンマン型のレッドラム
どこかの国の、溶けて半壊したビルに囲まれた道路のど真ん中。
そこに瓦礫の山が積まれていて、西部劇に出てくるガンマン風の格好をした目付きのレッドラムが腰かけていた。テンガロンハットから覗かせる金色の瞳が日影をまっすぐ射抜いている。
他にレッドラムの姿は見えない。
この場にいるのは、この日影の前にいるガンマン型のレッドラムだけだ。
「お待ちしてましたって感じだな。たった一体で何しに来やがったんだ?」
日影は声をかけながら周囲の気配を探ってみる。もしかしたらロシアのジナイーダがやったように、周囲に他のレッドラムをこっそり配置しているかもしれない。
しかし、日影が感知した限りであるが、この周囲に他のレッドラムはいないようだった。この星に復讐するためならどんな手段でも厭わないというイメージを抱いていただけに、日影はますます分からない。なぜこのレッドラムはたった一体で自分を待ち構えていたのかが。
すると、ガンマン型のレッドラムが声を発した。
「分カラナイカ。ナゼ私ガ一人デオ前ノ前ニヤッテ来タノカ」
「ああ、分からないね。教えてくれるのかよ?」
「単純ナ話ダ。オ前ト一対一ノ決闘ヲシニ来タカラダ」
「へぇ。お前みたいな殊勝なレッドラムがいるなんてな。レッドラム全員がお前みたいなら良かったんだけどな」
日影はニヤリと微笑みながらそう言うが、レッドラムは鼻で笑った。
「フン。恐ラクオ前ハ勘違イヲシテイル。私ハオ前ガ思ッテイルヨウナ性格デハナイ」
「なんだと?」
「私モマタ、オ前タチ人間ノ絶望ヲ何ヨリモ好ム、トイウコトダ」
言いながら、ガンマン型のレッドラムはホルスターから拳銃を抜いた。ガンマンらしい回転弾倉式の銃である。もっとも、その銃身はこのレッドラムの身体と同じくぬめりのある赤色だ。
だがそれは日影には向けず、弾倉に装填している弾丸を眺めたり銃身のチェックをしたりしていじっているだけだ。そんなことをしながら、話を続けてきた。
「絶望トイウモノニモ種類ガアル。スグ目ノ前マデ死ガ迫ッテキタ時ノ『恐怖』ノ絶望。愛スル者ヲ失ッタ時ノ『悲シミ』ノ絶望。夢ヤ希望ガ失ワレタ時ノ『無念』ノ絶望……」
そこまで言うと、ガンマン型のレッドラムはリボルバーをホルスターに仕舞った。
「ソシテ私ガ好キナノハ、腕自慢ガ相手ノ圧倒的ナ力ノ前ニヒレ伏ス『無力』の絶望ダ。ソレヲ最モ深ク味ワウニハ、一対一デ実力ノ差ヲ知ラシメテヤルノガ一番良イ」
「なるほど、よく分かったぜ。お前も他のレッドラムと同じ、復讐に狂っちまったクソッタレってわけだ」
「クク……ソウダ。我ラハ皆同ジ。一心同体ノ復讐鬼ナンダヨ」
「そうかい。ご高説してもらったところで悪ぃんだが、オレはお前の趣味は全く理解できねぇな。絶望の表情ってのが好きなら自分でそんな表情やってりゃいいじゃねぇか。なんなら手伝ってやるぜ?」
そう言って日影は『太陽の牙』を右手に握る。
それを見たガンマン型のレッドラムも、瓦礫の山から飛び降りてきた。
「弱イ奴ラヲ一方的ニ虐殺シテモ、味ワイ深イ『無力』ノ絶望ハ得ラレナイ。オ前ノヨウナ負ケン気ノ強イ奴ヲ叩キ潰シテコソ、私ノ飢エハ満タサレル」
「ほざいてろ。楽しむ暇もなく終わらせてやるよ」
双方、身を低くして構えた。
日影は『太陽の牙』を持つ右手を強く握りしめる。
ガンマン型はいつでもリボルバーを抜き放てるよう、右手をホルスターの側に。
構えたまま、両者動かない。
互いが互いの出方を窺って、初手から膠着状態といったところか。
乾いた風だけが両者の間を吹き抜けていく。
しばらく静かな時間が続いていた。
そして、まず日影が一歩、強く右足を踏み出した。
だがその瞬間、ガンマン型も動く。目にも留まらぬ速度でリボルバーを抜き放ち射撃。その速さたるや、銃を抜いたのと銃声が聞こえたタイミングがほぼ同じだったように感じたほど。
ガンマン型が狙ったのは、日影が踏み出した右足の太もも。そして日影の脳天だ。銃声は一回しか聞こえなかったようで、実は二回鳴っていた。二回の銃声が一回に聞こえるほどの速度で射撃したのだ。
一発目の弾丸が日影の右太ももに命中してしまう。
「ぐッ……!?」
そして間髪入れず……いや、もはやほぼ同時に日影の脳天に二発目の弾丸が迫ってくる。日影はまだ足のダメージに怯んでいる真っ最中だ。避けきれない。
……と思われたが、日影はあらかじめ頭部を『太陽の牙』でガードしており、銃弾の直撃を防ぐことができた。
しかし、銃弾は日影の想像以上の威力だった。『太陽の牙』を盾にした右手が銃弾の衝撃に耐えきれず、『太陽の牙』を取り落としてしまう。
それをガンマン型は見逃さない。すぐさま日影の腹部めがけて二発同時に銃弾を発射。この間、日影にダメージを与えた最初の二射から一秒ほどしか経っていない。
『太陽の牙』を落としてしまい、銃弾の防御ができなくなった日影。横に跳んで回避を試みる。右脚にダメージを受けているので、不格好だが飛び込むように。
だが完全に銃弾を回避することはできず、二発とも日影の左わき腹にかすった。かすっただけだというのに、それだけで日影の左わき腹を抉り飛ばす。
「ぐぁぁッ!?」
道路の上に倒れ込んでしまう日影。
その日影を、さらにガンマン型が狙う。
銃口がまっすぐ、日影の眉間に向けられた。
「やべッ……!」
とっさに頭を動かす日影。
同時に銃声が鳴る。
放たれた弾丸は、日影の眉間ではなく側頭部を抉った。大怪我であることには変わらないが、間一髪で致命傷は回避できた。
「けど、モタモタしてたら、また次の弾丸が来る……ッ!」
歯を食いしばって全身の痛みに耐え、倒れていた身体を起こし、ガンマン型からの攻撃に備える日影。膝をついた状態で、ガンマン型をまっすぐ見据える。
……しかし、ガンマン型は日影に次なる弾丸を撃ってはこなかった。リボルバーの弾倉から空薬莢を排出し、新たな弾丸を込め直しているようである。弾倉はガンマンらしい西部開拓時代の固定式だ。空薬莢を一つずつ排出し、新しい弾丸を一つずつ込め直している
「仕留メ損ネタカ。二発目ト五発目ヲ凌ガレタノハ想定外ダッタ」
「そのリボルバー、装弾数は六発じゃなくて五発なのか。助かったぜ……」
「クク、最初ノ威勢ハ何処ヘヤラ、ダナ。アレダケ大口ヲ叩イテイタノガ、今デハ血マミレデ跪イテイルノダカラ」
「言ってろ、ちょいと油断しただけだ。ここからはこうはいかねぇぞ」
今のやり取りの間に、日影の”再生の炎”が傷を焼き尽くした。膝をついていた日影は力強く立ちあがり、再び構えを取った。