第1243話 溶けた街
日向たちがオネスト・フューチャーズ・スクールを訪れている一方で、こちらは飛空艇の北園たちの様子。
日向たちが行方不明になったと気づき、北園はすぐにでも日向たちを探しに行きたいところであった。しかし、先の嵐の戦艦や雷の戦闘機との戦いですっかり精神エネルギーを消耗しきっており、いったん地上に降りて休息を取らざるを得なかった。現在、飛空艇はどこかの国の街の中に着陸している。
北園が休憩している間、スピカが先ほどのフライトについて北園にフィーリングを行なっている。
「ミオンさんも言ってたけど、北園ちゃんが思ったより早くバテてしまったのはスタミナ管理の問題だと思うんだよね。持久走みたく上手に北園ちゃんのエネルギー量をコントロールすれば、今回よりずっと長く飛べるし、戦えると思うよー」
「なるほどー。確かに今回、ちょっと必要以上に張り切り過ぎちゃってたかも」
「こればっかりは慣れだね。ワタシも日向くんのタイムリミット関係で焦っていたのかもしれない。いくらキミたちが嵐の戦艦から攻撃を受けたからって、すぐに『星殺し』討伐には向かわずに、まずは北園ちゃんを十分に操縦に慣れさせるべきだったよ」
「次は日向くんたちを探しながら、そのあたりも意識して飛んでみますね」
「よろしくねー。でもまだ休憩しておくんだよー? まだ完全に回復し切れていないでしょ?」
「あはは……バレちゃいました?」
「日向くんたちならきっと大丈夫だから、今は自分を休ませることに専念すること。日向くんたちを見つける前にこっちに何かあったら元も子もないんだからねー」
「はい、りょーかいです」
自分の疲労をごまかしてまで、今すぐにでも日向たちを探しに行きたいと考えていた北園。スピカにその心を見透かされ、反省した風に返事をした。
北園の休憩の最中だが、できることはある。
例えば、すぐに日向たちを見つけるための作戦を考えたり。
「こういう時、彼らはどういった場所で待機するのかしら~? 日影くん、あなたは何か心当たりはある? はぐれた時にはこういう場所に集まる、みたいな」
「いや、そういや何も決めてなかったな、そういうのは。エヴァの気配感知能力とかがあれば、はぐれちまってもすぐに合流できるって無意識に考えてたが……」
「ここまで派手にはぐれると、北園ちゃんが向こうに”精神感応”で呼びかけても、向こうにいるエヴァちゃんが気配感知能力でこちらの位置を辿っても、どっちもあまり効果的じゃないのよね。お互いにどれくらい離れているか、どこかで待ち合わせるにしてもどれだけの時間がかかるか、分かったものじゃないわ」
「まったくだ。ミスっちまったな、クソ」
「この飛空艇であの子たちの生体反応を拾えると言っても、その範囲は限られているわ。せめて少しでも手掛かりがあればいいのだけれど、右も左も分からない他所の国じゃ仕方ないわよね……」
「他所の国か……。そういやここはどこの国だ? 嵐の戦艦とかと戦っている間に随分と移動したみてぇだが。なぁスピカ、オレたちは今、どこの国にいるんだ? 明らかにスペインからは出ただろ?」
日影はスピカにそう声をかけたが、スピカも浮かない表情をしている。
「んー、ゴメン、ちょっとワタシにも分からないんだよねー」
「この飛空艇でマップとか見れねぇのか? 普通あるだろ、そういう機能」
「あるにはあるんだけどさ、データがアーリア遊星の奴しかないんだよー。この星のマップは無いの」
「ああクソ、そういうことか。データの追加はできねぇのか?」
「それもちょっと難しいかなー。応急修理程度ならともかく、プログラミングは完全に門外漢だからねー」
日向たちもこの国のどこかに落ちたであろうことはまず間違いない。ここがどこの国か分かれば、日向たちはその国の有名な建物などで待機しているかもしれない。そんな確証は全く無いが、何もアテがないまま無計画に探し回るよりはマシだろう。
「仕方ねぇ。北園が休んでいる間、いったん外に出て現在位置を把握しておくか。街の名前とか分かれば現在位置にも大体の見当が付くだろ。ミオンはここにいてくれ。このタイミングでレッドラムが襲撃してくる可能性だってある。休憩中の北園一人を残すのは不安だ」
「分かったわ~。気を付けて行くのよ~」
三人を残して、日影は飛空艇の外へ出た。
飛空艇の外、どこかの国の街の中。砂色の岩を積み重ねて建てられたような建物が多いのが特徴的である……はずなのだが。
「着陸した時からどこか変な街だとは思ってたが、どうなってんだこりゃ」
それは、言うなれば街全体が溶けてしまっているかのような光景だった。近代的なビルも、砂色の岩の建物も、道路や信号や標識も、何もかも。ドロドロにまでは溶けていないが、変形してひしゃげてしまっているような状態だ。
「いったいどういう攻撃を受けたら、街がこうなっちまうんだ……?」
この街が溶けている現象が原因か、異臭がする。
日影はその異臭に顔をしかめながら、道路を歩く。
ここは大きな都市の大通り。これだけ大きな通りなら、通りそのものに名前が付けられていてもおかしくない。その名前がこの国がどこかを知るヒントになるかもしれない。
そう思っていた日影だったが、そう上手く事は運ばなかった。先述の通り、この街は全体にわたって溶けてしまっているかのような惨状である。つまり、道にある看板という看板までもが溶けてしまっており、まともに読めるような状態でなくなってしまっているのだ。
「まいったな……どんな文字かすら分からねぇ。看板が溶けて穴だらけだぜ」
頭をかく日影。あまり飛空艇から遠出するつもりはなかったが、これは思ったより大変な仕事になるかもしれない。溜息を吐きながら歩き、飛空艇から離れていく。
街の角を曲がり、飛空艇が見えなくなった、その時だった。
道路のど真ん中に瓦礫が積まれている。
その瓦礫の山の上に、一体のレッドラムがいたのだ。
そのレッドラムの体格は標準型。日影より背は高そうだ。特徴的なのはその服装。今までのレッドラムは服など着ておらず裸同然の見た目だったが、このレッドラムは服を着ている……というより、服を着ているような形状で、やはり全身がぬめりのある赤である。
そして、その服装はと言うと、真っ赤なポンチョを羽織り、真っ赤なテンガロンハットを深々と被る、いわゆるガンマンのような姿だった。そして腰にはホルスターを下げ、一丁の拳銃がしまわれているのが見える。
瓦礫の山の上に腰かけている、そのレッドラムがこちらを見る。
深々と被ったテンガロンハットの隙間から見えた左目は、不気味な金色の光を放っていた。目付きのレッドラムだ。