第1238話 不時着の四人
本堂の活躍により、どうにか暴風の戦闘機を返り討ちにすることに成功した日向たち四人。そのまま、飛行できるようになった本堂が他の三人を抱えつつ、ゆっくりと地上へ降りていく。
やがて本堂は大地に着地。
ここはどこかの荒れ地のようだ。
周囲一帯が砂色の、ゴツゴツとした岩場になっている。
「ここはどこかの砂漠か何かかな……? 普段なら太陽がカンカンに照り付けているんだろうけど、この地域も曇り空が広がっているみたいだ」
「暑さで体力を奪われないのは助かるね。現地の人たちは電子機器が使えないだろうから、たまったものじゃないだろうけど……痛てて……」
日向と会話を交わしていたシャオランが座り込んでしまった。”再生の炎”がある日向はともかく、シャオランも本堂も暴風の戦闘機の突進に巻き込まれたダメージがそのままだ。エヴァに至ってはまだ意識が回復していない。
「大丈夫かシャオラン? どこか大怪我していたりとかは……」
「うん大丈夫、骨折とかは無いみたい。これならボクは水の練気法の”清水”である程度は回復できる」
「俺も今の肉体にはそれなりの再生能力が備わっている。流石にお前の”再生の炎”ほどの性能は無いがな。それよりもエヴァだ。俺達の中で最も怪我が酷い」
「エヴァが目を覚ませば、エヴァ自身の能力で傷の手当てもできるんでしょうけど……」
「う……ううん……」
すると、エヴァが気だるげにうめき声を発し、ゆっくりと瞼を開いた。どうやら意識を取り戻してくれたようだ。
「エヴァ! よかった、気が付いたか!」
「こ、ここは……?」
「地上だよ。あれから俺たち、地上に降りたんだ。飛空艇には戻れずに」
「よく無事に地上に降りることができましたね……。私が意識を失っている間、”天女の羽衣”の効果も消失していたでしょう……?」
「本堂さんが飛べるようになったんだ。まぁ俺たち全員を抱えて飛ぶのは難しかったみたいだから、こうして地上まで降りてもらったわけだけど」
「そうでしたか……」
「とにもかくにも、能力で怪我を治せエヴァ。見ていられないくらいひどい怪我だ」
「言われずとも、既に能力を行使中です……。起きた時から身体中がひどく痛みましたので……」
「そうか。まぁそうだよな」
「それと……あの……」
「ん、どうした?」
「えっと……あまり、今の私をジロジロ見ないでもらえますか……」
恥ずかしそうにそう告げるエヴァ。先ほどの暴風の戦闘機の突進が巻き起こしたソニックブラストによって、エヴァの深緑のローブはボロボロに破れてしまっている。右の平らな胸元や、少し肉付きの良い腰回りまで露わになっていた。
「うお、悪い……。怪我のひどさに気を取られてて全然気づいてなかったけど、だいぶ大変なことになってたな……。ほらこれ使え」
そう言って日向は、エヴァに自分の上着を渡した。普段から着ている、赤い縁取りの黒いカーディガンだ。エヴァも「ありがとうございます……」と言って日向の上着を受け取る。
この時、ふと日向は気になった。
先ほどのエヴァの姿を見た時……というか不可抗力で見てしまった時、彼女のローブの下には胸元にも腰回りにも衣服の類を身に付けてはいなかったように見えた。健康的な柔肌のみが見えた。
そこで日向は尋ねる。
「なぁ、エヴァ……。そのローブの下って、他に何枚着てる……?」
「これだけしか着ていませんが?」
「ええと……こんなことを聞くのはあれだろうけど、下着の類とかは……」
「下着? 何ですかそれは?」
「………………文明の利器?」
「私は文明とは無縁でしたから」
「そっかぁ」
つまり彼女は、そんな衣服事情で、今までローブの中が見えそうなくらいにアグレッシブに動いていたということである。
さらに言えば、身に着けているのは布一枚という状態で、しょっちゅう日向の背中に引っ付いたりもしていたということである。
(まっとうな羞恥心は持っているくせに、そのあたりは無頓着なのか……。無頓着というより、その行動は色々と危ないって気づいていないだけなんだろうか……? 少し前までコイツの周りには人間の男はいなかったわけだし。一緒にいたのは母親代わりのオオカミ人間と鳥だったわけだし)
ともあれ、日向は戦慄した。これを機にエヴァには現代文明の衣服事情について教えておこうと固く誓う。ただし北園を通してである。
「それよりも、これからどうするのヒューガ? 飛空艇のみんなと合流しないと」
シャオランがそう切り出した。
実際、彼の言う通りである。
日向たちはこの砂漠地帯で完全に孤立してしまっている。
「うん……どうしようかな……。まだ向こうは俺たちが遭難したことにすら気づいてなさそうだ。俺たちが帰って来ないと知ったら北園さんが”精神感応”で呼びかけてくるだろうし。前に日影と一緒に遭難した時はそうだった」
「北園から呼び掛けが来ても、俺達が直接返事をする手立てが無いな。日向の炎で煙を焚いて目印とするか。空に昇る煙で向こうが気づいてくれるかもしれん」
「でもホンドー。今このご時世、火の手って街のあちこちで回ってない? ここは砂漠のど真ん中とはいえ、ただの煙じゃスルーされちゃうかも……」
「む、それは確かに有り得る話だ。ならばどうするか。日向の”星殺閃光”なら流石に気づいてもらえるだろうか」
「まぁ最悪そうするしかないかもですけど、俺たちと飛空艇の位置関係によっては、それでも発見してもらえない可能性も十分にあるかと……。それよりもっとこう、エヴァの能力で気候を変動させるとかの方が気づいてもらいやすいのでは」
「私としては、早急にこの衣服の修繕を行ないたいところですが……。蚕が見つかれば修繕用の糸が手に入ります」
「いや砂漠に蚕はさすがにいねぇわ」
「あの嵐の戦艦や、さっきの戦闘機とかが、まだボクたちを探し回ってる可能性だってあるよね? 下手にボクたちが合図を出したら、逆に向こうに気づかれるかも」
「日向の”星殺閃光”を狼煙代わりに使ってしまうと、あの嵐の戦艦がやって来た時の対抗策をも失うか。おいそれとは使えんな」
「糸の着色には木の実を使います。この衣服と同じ色の木の実をすり潰してですね」
「あると思うか、この砂漠に緑が」
話が上手くまとまらない。誰も予期していなかったこの現状、あらゆる選択肢が正解か不正解か見分けがつかない。それが日向たちに行動を躊躇させている。
その時だった。
日向たちが立っている地面が急に暗くなる。
「あれ? なんか暗くなった?」
「いや、上だ。俺達の上空に何かいる」
本堂の言葉を受けて、日向たちは空を見上げる。雲で隠れた太陽のわずかな日差しさえも遮るように、巨大な鳥が大きく翼を広げて日向たちの頭上に滞空していた。