第113話 日米合同演習
「うーむ、これは凄まじい数だな。どう処理したものか……」
マモノ対策室十字市支部の一室にて。
狭山誠は、机の上のパソコンでエージェントのマモノ調査報告を確認しているところだ。
「……そういえば、もうすぐ日向くんたちは終業式か」
3月25日が日向たちの学校の終業式だ。 そこから4月8日まで春休みが続く。このまとまった休みを利用して、狭山は日向たちに何か大きな経験を積ませたいと思っていた。
「んー、しかしどうしたものか。何をするにも準備は必要だ。大きな経験を積ませるには、それだけ大掛かりな準備が。そんな手間や予算、今すぐ揃えるのはなかなか……」
その時、狭山のスマホが着信音を鳴らす。
どうやら、東京のマモノ対策室本部からの連絡のようだ。
「はい、狭山です」
『室長。アメリカのカード大統領から通信が入っています』
「大統領から……? 分かった、繋いでくれ」
本部の者に指示を出すと、ほどなくしてカード大統領の声が耳に入った。
『やあ、ミスター狭山。元気かね?』
「ええ、おかげさまで。何の御用でしょうか?」
『いやね、実はキミに一つ、提案があって連絡したのだよ』
「提案ですか?」
『うむ。ここらで一つ、日米マモノ討伐チームの合同演習をしてみないかね?』
「合同演習を……?」
曰く、ここ最近になってマモノの力が増してきていると各所で報告が上がっている。
日々強くなるマモノに対抗するため、マモノ対策で世界を引っ張るアメリカと日本が合同演習を行い、有事に備えて互いの討伐チームの連携力を高めようというのだ。
『もちろん、演習の際もマモノ対策を怠るわけにはいかない。そこで、互いの選りすぐりの精鋭部隊を三つか四つほど参加させようじゃないか。こちらからは『ARMOURED』を出す。そちらも松葉班や、例の『予知夢の五人』を参加させたらどうかね? 開催場所はそちらの自由に決めてくれて構わない。そちらの国の中だろうと兵士たちを派遣させよう』
恐らく、カード大統領としては、腕自慢をしたいのだろう。
『太陽の牙』を手に入れ、怒涛の勢いで『星の牙』を討伐し続ける日本に、アメリカの力というものを見せつけてやりたいのだ。狭山もそれは重々承知している。
「……素晴らしい!!」
承知の上で、あえてその提案に乗っかることにした。
「プレジデント、最高のタイミングです! 自分が求めていたものはまさにそれだった!」
『お、おお。そうか……』
あまりにも狭山の食いつきが良いため、若干引き気味になるカード大統領。
「さっそく五人にも連絡を取ってみましょう。場所や日時は追って連絡いたします。お言葉に甘えて、恐らくこちらの国内での開催になるでしょう。来日のご用意を整えてお待ちください」
『う、うむ、分かった。では、また後日な』
そう言って、カード大統領は通話を切った。
一方で、狭山の表情は恍惚としている。
「これはきっと、日向くんたちにもいい刺激になるだろう! 何としても成功させなければね! おっと、的井さんにも連絡だ。使える手をフル動員して、一日で計画書を仕上げてみせる! そして五日後には開催を目標にしよう! さあて、忙しくなるぞぉ!」
こうして、狭山は合同演習の計画作成に取りかかるのであった。
◆ ◆ ◆
そして日が経ち、3月28日。
「アメリカのマモノ討伐チーム……どんな感じなんだろうね、日向くん」
「絶対、重火器フル装備したゴリマッチョのおっさんたちだと思うんだよなー。んで、B級映画のノリで戦闘中でも騒ぎまくるの。『俺の大事なケツを守ってくれ!』みたいな」
「アメリカの人たちってみんな身長高いよねぇ……。ボクもアメリカ人の食生活を真似れば大きくなるかなぁ?」
「止めといた方が良いと思うなぁ俺は。横に大きくなるだけだと思うぞ。……いや、シャオランが太ったら逆にウエイトが増して強くなるか? 動けるデブって格ゲーでも多いし……」
「そしたら、肥満で命が危ない……!? や、やっぱりやめとこ……」
「おーい本堂。まだ着かないのかよ?」
「もう少しのはずだ。待ってろ日影」
「いやー、本当に助かるよ本堂くん。おかげで自分も随分と休むことができた」
日向たちは、ワゴン車に乗って日米合同演習の開催場所へと向かっていた。しかし、今回車を運転しているのは狭山ではなく、本堂である。
今日に至るまで、狭山はほとんど休みなしで計画を練り上げていた。
やっとのことで出来上がったころには、流石の狭山も這う這うの体であったため、今回は本堂が車を運転し、その間に狭山は休むことにしたのだ。しっかり休息を取り、今はすっかり元気になっている。
「それにしても本堂さん、車の免許持ってたんですね」
「ああ、高校三年生の時にな。夏休みに県外の教習所で合宿して取ってきた。学校には内緒でな」
(この人意外とそういうところあるよな……)
日米合同演習の開催場所は、福岡県の飯塚。
ここの陸上自衛隊の駐屯地を利用して、演習を行うのだ。
「きっと、皆にとってもいい経験になると思うよ。何せ、今回の演習には『ARMOURED』がやって来るからね」
「『あーまーど』? 雨戸?」
狭山の言葉を受けた北園が、素っ頓狂な発言をして首を傾げる。
「『ARMOURED』はアメリカのマモノ討伐チーム、その中でも最強とされる部隊だ。四人のメンバーからなるチームで、白兵戦における『星の牙』の討伐数は現時点で36体。世界全体で見てもダントツのトップ。現状、彼らこそが世界最強のマモノ討伐チームだ」
「36!? 松葉たちより多いじゃねぇか! しかも二倍近く!」
日影が驚くのも無理はない。
松葉班は日本最強、ひいては世界屈指のマモノ討伐チームとされている。そんな彼らでも、現時点での『星の牙』の討伐数は19体。ARMOUREDというチームがいかに規格外であるかが窺い知れる。
「うん。君たち『予知夢の五人』が現れなければ、このマモノ災害を終わらせるのは、あるいは彼らだったかもしれない。それほどの実力を持った面々だ。彼らの戦法やチームワークを徹底的に学べ、とまでは言わない。ただ、彼らの力のほどを見て、少しでも君たちも触発されてくれれば、今回の演習を行った甲斐があったというものだ」
「世界最強のマモノ討伐チーム……一体どんなチームなんだろうか……」
「……む。見えてきたぞ。あそこが目的地だ」
本堂が指差す先には、緑が大きく広がった平地がある。その周辺には物々しい建物が点々と並び、そこが厳格な施設であることが伝わってくる。そこが陸上自衛隊の飯塚駐屯地だ。
◆ ◆ ◆
本堂が車を停め、六人は車から降りる。
広場に集まっている隊員たちはまばらで、まだアメリカのチームも来ていないようだ。
「アメリカのチームが来るまでもう少し時間がある。というワケで、しばらく自由にしてて良いよ」
狭山の言葉を受け、皆は思い思いに時間を過ごす。
「……お、あれは松葉じゃねぇか?」
日影の呟きに、隣にいた日向が反応する。
「松葉? 誰だっけその人?」
「……ああ、そうか。この中で直接会ったことがあるのはオレだけか。ほら、あれだ」
日影が指差す方向には、いかにも特殊部隊らしい装備に身を包んだ男たちの姿が。その中の一人、松葉が日影に気付き、近づいて来た。
「やぁ日影くん。話には聞いていたが、君も来たんだね」
「ああ。今日はよろしく頼むぜ」
「こちらこそ。……それと、君が……」
「あ、どうも。日下部日向といいます」
「君とは初めましてだね、日向くん。……なるほど、君たちの事情は知っているが、本当に日影くんとはそっくりそのままなんだな」
……だが松葉が知っているのは『日影は日向の影である』という点だけであり、『いずれ二人は互いの存在を賭けて決着を付けなければならない』という点は知らないのだ。
この事実をも周囲が知ってしまうと、二人の人付き合いに影響が出る恐れがある。ある者は遠慮がちに接するようになるかもしれない。どちらか一方と仲が良い者は、もう一方が負ければいいのにと思うようになるだろう。
それを避けるため、狭山は二人に『いずれ戦う運命』を隠すように進言し、二人もそれを承諾したのだ。二人の運命を知るものは、予知夢の仲間たちと、狭山と、狭山の側近の的井だけである。
「今日はよろしくお願いします、松葉さん」
「ああ、よろしく。日影くんと違って君は大人しいんだな」
「アイツがちょっとうるさすぎるだけですよ」
「お、なんだお前やる気かコラ」
「おっと、二人ともそこまでだ。ほら、向こうの空を見ろ。アメリカの皆様も来たみたいだぞ」
松葉が遠くの空を指差す。
その先には、何やら小さな黒い点が二つ、こちらに向かって近づいてきている。
「あれは……オスプレイかな?」
「ほお、この距離から見えるのか。なかなか良い眼をしているな、日向くん」
日向の言う通り、飛んできているのはオスプレイだ。
やがてオスプレイは広場の真上に到達すると、ゆっくりと着陸した。
後部のハッチが開き、中から屈強な男たちが下りてくる。
しかしその中に似合わぬ、恰幅の良いスーツ姿の白人中年が一人。
その男は狭山を見つけると、両腕を大の字に開いて近づいていった。
「やあ、ミスター狭山。こうして直接会うのは久しぶりだな」
「ご機嫌麗しゅう、プレジデント。よく日本までお越しくださいました」
挨拶と共に、男と狭山が軽くハグを交わす。
「……あの太めの男の人、誰だっけ……? すっごい見覚えあるんだけど……」
「バカお前、アメリカのロナルド・カード大統領だろーが。なんで影のオレが知ってて本体のお前が知らねぇんだ」
「いやほら、ド忘れしてただけだから……。あの人も、この合同演習の視察に?」
「ああ、その通りだ。……さて、私も隊員たちを集めねば。二人とも、また後でな」
そう言って松葉が二人の元を去っていく。
その松葉と入れ替わるように、カード大統領とやり取りを終えた狭山が二人の元へやって来た。
「やあ、お疲れ。御覧の通り、アメリカのみんなもやって来たよ。北園さんたちを呼んでこよう」
「分かりました。……それにしても狭山さん、大統領と肩を並べるなんて、やっぱりすごい人だったんですね……」
「肩を並べるなんてとんでもない。政府のいち役職とこの星最大の国家のトップ、どちらが上かなんて比べるまでもないだろう? ……おっと、二人とも、アレを見るんだ」
「アレ? どれです?」
「ほら、あの二機目のオスプレイだよ。下りてくるよ、『ARMOURED』が」
狭山が指差すその先には、黒いコートに身を包んだ四人の人影が。
彼らこそ、世界最強のマモノ討伐チーム、『ARMOURED』だ。