第1229話 別れと離陸
スピカとミオンが飛空艇に乗ってやって来た。これによって日向たちは、今後は空路で旅を続けることができる。タイムリミットが厳しかった日向にとっては特に嬉しいサプライズである。
「積もる話もあるだろうけど、とりあえず中に入らないー? 改めてこの外殻調査船……飛空艇の中を案内するよー」
スピカが日向たちにそう声をかける。
日向たちもうなずき飛空艇の中に入ろうとするが、足を止めた。
「そうだ、ワンコたちはどうしようか……」
日向がつぶやき、皆が六匹の犬たちに視線を向ける。
スペインからここまでついて来てくれた六匹の犬たち。助けられた場面も多々あったが、危険な目に遭わせてしまった場面も多かった。これからの戦いにも連れ回してしまうと、いつか無事では済まなくなる日もくるかもしれない。
ジ・アビスは倒されて、ひとまずこのヨーロッパ圏はこれまでよりずっと安全地帯になった。もう水辺に近づいてもジ・アビスの水の腕が引きずり込んでくることもない。レッドラムはまだいるかもしれないが、彼ら六匹が力を合わせて対処すれば勝てない相手ではない。
それに先述の通り、レッドラムはまだこの地域に残って、どこかで破壊活動を続けているかもしれない。そしてフランスで出会ったミシェルのような生存者もまだどこかに残っていて、今も助けを求めているかもしれない。
そう考えた日向は、六匹の犬たちに声をかけた。
「なぁ皆。俺たちは今からこの飛空艇に乗って戦いを続けないといけない。でもお前たちはここに残って、この地域や、まだどこかにいるかもしれない生存者たちを助けてほしいんだ」
「ワウ?」
「ワン! ワン!」
そっちは大丈夫なのか。
もっと役に立ちたい。
そんな様子でピレやイビが吠える。
それに対して日向は返答する。
「この星を守るために戦うのはもちろん大事だけど、守った後のことも考えないといけない。生存者が多ければ多いほど、そしてレッドラムによる破壊を食い止めれば食い止めるほど、戦いが終わった後の復興も楽になる。戦力的にも、そして心までも信頼できるお前たちにしか頼めない事だと思うんだ」
その日向の言葉を聞いて、六匹の犬たちは顔を見合わせる。
そして、納得がいったかのように六匹同時に鳴き声を上げた。
「ワンッ!」
「『それなら任せてくれ』と言っているようです」
「ありがとう。ああは言ったけど、お前たちもあまり無茶はしないでくれ。お前たちだって大事な生存者なんだ。無理して大怪我でもしてしまったら本末転倒だ。自分たちの手の届く範囲を守ってくれれば大丈夫だから」
「ワン!」
「シベが『分かりましたが、私たちの場合、手の届く範囲というより前脚が届く範囲ですね』と言ってます」
「これは一本取られたかな……」
そして日向たちは六匹の犬たちを外に置いて、転送ポータルを通じて飛空艇の中へと乗り込んだ。
飛空艇内部に入ると、まずはコックピットへと通された。以前に日向たちが初めてこの飛空艇を発見した時と変わらない、緑の内壁に金の紋様が施された内装。SFチックというよりは、どこかエキゾチックな雰囲気も感じる。
「懐かしいな。インドの自然公園でこいつを発見して、デカい象のマモノのガナ・イーシャがこれを壊そうとして、それを俺たちが守って……。あの時ガナ・イーシャにこの飛空艇を壊されていたら、今ごろもうどうしようもなかったな」
「あ、日向くんー、そのガナ・イーシャってマモノのことなんだけどね……」
日向のつぶやきに反応して、スピカが話を始める。そのインドの自然公園に、飛空艇を破壊するために大量のレッドラムが送り込まれていたらしく、それを阻止するために自然公園のマモノたちがレッドラムと戦い、数えきれないほどの犠牲を出して飛空艇を守ってくれていたことを。
「そのガナ・イーシャってマモノと、もう一体の大きな鹿のマモノも、ワタシたちが来たと同時に息を引き取っちゃったよ……」
「クグバロムも……。そうだったんですね……。あいつら、人間とは分かり合わないスタンスだったのにな……。最後には協力してくれるとか一番格好良い奴やん……」
彼らがいなかったら、スピカとミオンが飛空艇に乗ってここまで来てくれることもなかっただろう。高原地帯と雪山地帯の対立関係すら捨てて協力してくれた彼らに、日向は胸が熱くなる。
まだガナ・イーシャたちへの弔いは捧げ足りないが、時間は待ってくれない。日向たちはさっそく次の行動に出るため、スピカとミオンに現状を説明する。
「次の相手は”嵐”の星殺しドゥームズデイかー……。なるほど、ワタシたちはこれ以上ないくらいのグッドタイミングで合流できたんだねー」
「そうと決まれば、さっそく出発しましょ~! さぁ北園ちゃん、操縦お願いね~!」
「……って、えぇー!? 私が操縦するんですか!?」
いきなり操縦士などという大役を任され、さすがの北園も思わず困惑の声を上げる。これに対してスピカが説明。
「北園ちゃんは以前、この艇を軽く操縦したことがあるんだっけ?」
「ええと、全然飛んでないですけど、ちょっと武装を使わせてもらったくらいで……」
「その時に実感してもらったと思うけど、この艇は操縦士の精神エネルギーを燃料にして動く乗り物なんだー。この中で精神エネルギーが一番強いのは北園ちゃんだからねー、キミが操縦してくれれば、そのぶんこの艇もスピードが出てくれる」
「ミオンさんが操縦するってわけにはいかないんですか?」
「まぁ一応、超能力も練気法も同じ精神エネルギーを操作する能力。その練気法の達人であるミオンさんも北園ちゃんに負けないくらいの出力が出せると思う。けど……」
「けど?」
「ミオンさん、操縦下手くそなんだよねー。ここに来るまでも何回危険な場面があったか……」
「ああー……」
「たぶんもう北園ちゃんに一から操縦を教えて飛んでもらうほうが安全だと思ったのー。北園ちゃん、物の呑み込み早いしね。お願いできるかなー?」
「りょーかいです! そういうことならがんばります!」
北園はそう返事して、操縦士を務めることを了承。
しかし、当のミオンはあまり納得いっていない様子。
「も~、スピカちゃんってばひどいわ~。私の操縦だって言うほど捨てたものじゃなかったでしょ~?」
「よく言うよ、左に舵を切ろうとして機体を九十度傾けたクセにー。乗員がワタシとミオンさんだけだったから良かったものの、他に乗ってる人がいたら大惨事だったんだからねー?」
「し、師匠に運転させるのだけはやめておいたほうがよさそうだね……」
顔を青くして、シャオランがそうつぶやいた。
それから北園はスピカから飛空艇の操縦方法をひととおり習う。かなり大掛かりな乗り物だが、見た目ほど複雑な操縦方法ではなさそうだ。あとは機体のバランスの取り方のコツさえ掴めば、北園でも問題なく操縦できるだろう。
飛空艇のエンジンが起動し、離陸する。
その様子を、外で六匹の犬たちが姿勢を正して座りながら見送っていた。海で待機していたアイランドも、触手をひらひらと振って飛空艇を送り出した。