第112話 馬鹿野郎たちの語らい
「お邪魔しまーす」
3月下旬。
日向はマモノ対策室十字市支部に立ち寄っていた。目的はマモノのデータ閲覧である。
ここ最近は、特に任務が無い日でも日向たち五人はちょくちょくここに集まっていた。理由は様々で、たとえば日向はマモノのデータを閲覧したり、狭山に勉強を教えてもらったりしている。
北園は超能力のトレーニングのため、以前の精神統一部屋を貸してもらうことが多い。
本堂は狭山に受験勉強を教えてもらうため、四人の中では一番ここに来る頻度が高い。
シャオランはほとんど遊びに来ているだけだ。時々この家の広い庭を借りて、八極拳の練習をしているようだが。
狭山に一声挨拶しておこうと思い、日向はリビングに向かい、扉を開けようとする。
その直前、部屋の中から話し声が聞こえてきた。
この声は、狭山と本堂のもののようだ。
「お、本堂くんもいけるクチかい?」
「ええ。あれは素晴らしいフォルムだと思います」
(……何の話だろう?)
扉を開けてリビングに入ろうとした日向だったが、話の内容が気になり、聞き耳を立てることにした。
本堂が続けて語る。
「とくにマフラーだ。あのマフラーはなかなかに愛らしい」
「お、目の付け所が乙だね」
(マフラーがかわいい……? マフラー女子の話かな……? まさか本堂さんが女の子の話をするとは……)
二人の話を盗み聞きしながら、そういえば、と日向は思う。
マフラー女子と言えば、北園もよくマフラーをしていたものだ。
マフラーを装備した北園は、実にもこもこして可愛らしい姿であった。
(もう暖かくなってきたからなぁ。しばらく見れなくなるなぁ)
物憂げな表情を浮かべる日向。
一方で、本堂と狭山の話はまだ続いている。
「それにあのボディ。小さくも丸みを帯びたあのラインが実に良い」
「分かるとも。本当に可愛らしいよね」
「ええ。是非乗りたい」
(待って待って何の話だ!?)
「小さいボディが良い」だとか「乗りたい」だとか、穏やかでない単語が飛び交っている。
まさかあの真面目な本堂さんと狭山さんがそんな話を、と日向は気が気でない。息子とその友人の猥談を偶然聞いてしまったオカンのような心境である。
「……さて、いつまでそこで聞いてる気だ?」
「あっ……」
本堂の声がした。
今のは、間違いなく日向に向けられた声だ。
日向は観念して、扉を開けて二人の前に出てきた。
狭山と本堂が日向に目を向ける。
「お、日向くんいらっしゃい。とりあえず紅茶どうぞ」
「あ、ありがとうございます。……それにしても本堂さん、よく分かりましたね、俺が隠れていることに」
「いや、家に入ってきた音はしたのに、全然この部屋にやってこないから、とりあえず当てずっぽうでな」
「当てずっぽうだったんですか……。ところで、先ほどから二人は一体何の話を……?」
日向は事の真偽を確かめるため、二人に問いかける。
と、目線を落としてみると、テーブルの上には車の雑誌が。
「何って、車についての話だぞ?」
「本堂くん、結構な車マニアみたいでね。最近では軽自動車にハマっているらしい。自分も車はそれなりに好きだから、こうして会話に花を咲かせていたというワケさ」
「そ……そうだったんですか……。小さいボディとか、マフラーとか、全部車のパーツのことだったんですね」
「一体何の話だと思ってたんだ?」
「いや、単語を一つ一つ聞くと、俺は本堂さんが女の子の話でもしてるのかと……」
「なるほど、偶然にも単語と誤解が噛み合ってしまったワケだ。面白いな」
とりあえず、本堂が女好きかもしれないというのは自分の誤解だったと知り、胸を撫で下ろす日向。安堵ついでに、狭山からもらった紅茶を口に入れる。
(そ、そうだよな。真面目な本堂さんに限ってそんな話するわけ……)
「ちなみに、俺は巨乳の子が好みだ」
「ぶーっ!?」
口に入れた紅茶を思いっきり吐き出してしまう日向。
「な……なななな何のカミングアウトです突然!?」
「的井さんって結構な隠れ巨乳だよな」
「だから何の話です!?」
「この前会ったスピカさんも、巨と美が合わさった、実に良いカタチだった」
「そんなこと思ってたんですか!? それ絶対読まれてたでしょ!?」
「シャオランの師匠、ミオンさんも素晴らしいモノだった。俺も練気法習いに行こうかな」
「うわぁ本堂さんが壊れた!!」
「失敬な。正常だぞ俺は」
本堂は巨乳好きだった。それもかなりオープンな。
今まで本堂は遊びの無いスーパー真面目人間だと思っていただけに、日向はギャップの温度差で打ちのめされた。
「でもおかしいとは思ったんだよ……。本堂さん、初めてミオンさんや的井さんやスピカさんに会った時、間違いなく胸ばかり見てたもんな……。でもまさかこんな……うわぁ……」
げっそりとしている日向に、狭山が声をかける。
「まぁまぁ。青少年らしくて良いじゃないか。男性として、女性のカラダに惹かれるのは、生物的にも自然なことだ」
「その摂理にケチ付ける気は無いんですけどね……」
狭山が話を続ける中、日向はとにかく自分を落ち着かせるため、もう一度紅茶を口に含んだ。
「あ、ちなみに自分は貧乳の子が好きかな」
「ぶーっ!?」
日向、再び紅茶を吐き出す。
まさか狭山まで乗っかってくるなど夢にも思っていなかったのだ。
しかし、今の狭山の発言に、本堂が待ったをかける。
「む……狭山さんは貧乳派でしたか。愚かな。小さい乳に何の価値があるのです」
「分かってないねぇ。君は貧乳の子が自身の胸を気にしているを見て、庇護欲を駆り立てられないのかい? 全体のシルエットが華奢であればなお良い」
「巨きいこそ究極の美」
「スレンダーこそ至高」
ティ●ァ派とエア●ス派が反発し合うように。
きのこ派とたけのこ派が反発し合うように。
巨乳派と貧乳派もまた、反発し合う。
「世も末だ……」
熱い議論を交わす二人を、日向は心底呆れた目で眺めていた。
……が、ここで二人が日向に向き直る。
「ところで日向くん。君の好みは?」
「は!?」
「俺たちは話した。逃がさんぞ」
「ちょ!?」
突如、話が『日向の嗜好』にシフトした。さっきまであれだけ反発し合っていたのに、いきなりピッタリ息を合わせる二人に戸惑う日向。おまけに、二人は真剣な表情で日向を見つめている。どう見ても逃げられる雰囲気ではない。
日向は諦め、口を開いた。
「俺はその……女性の胸に興味は、あまり……」
「なんだ、草食男子め、くたばれ」
「うーん、期待外れの返答だったなぁ」
「俺お二人に何かしました? 言ってください謝りますから」
「よーう。何話してるんだ?」
と、ここで日影がリビングにやって来た。
本堂と狭山が日影の方を向き、口を開く。
「む、日影。突然だがお前、女性の胸はどれくらいが好みだ?」
「は?」
「ちなみに日向くんは『女性の胸に興味無い』などと供述しているが、これはただ単に照れ隠しだと自分は思っている。しかし、あまり日向くんに追及するのも品が無い。そこで、『もう一人の日向くん』である君の意見も聞いてみたい」
「……へー」
狭山の説明を受け、日影は日向を見てニヤリと笑う。
「余計なこと言ったら殺す」と日向は目で訴える。
「そうだなぁ……。オレは普通くらいが丁度いいかな。オレはな」
「そうか。日向は普乳が好みか」
「いやそう言ったのは日影でしょう!? なんで俺の嗜好まで決定するんです!?」
「日影も『もう一人の日向』だからなぁ。そういえば、北園もたぶんそれくらいだよな」
「「っ!?」」
本堂の言葉を受け、凄まじい形相で彼に詰め寄る日向と日影。
さながら、娘に色目を使われた父親のようである。
「アンタ北園さんをどーいう目で見てんだ!!」
「男なら、初めて会った異性を一度はそういう目で見るだろう? 彼女はあの小ぢんまりとした見た目に反して、そこそこある」
「この野郎、いけしゃあしゃあと!! 北園を汚すな!!」
「逆にお前らは、一度でも北園をそういう目で見なかったのか?」
「……よし。日影、殴れ。この人は一度頭を冷ますべきだ」
「オーケー。お前が言わなくてもそうしてたぜ……」
「やれやれ。怒らせてしまった」
日影が右のジャブを連続で放つ。
しかし本堂は、上体の動きだけでそれら全てをヒョイヒョイと避ける。
「クソが! 当たらねぇ! コイツの反射神経どうなってやがる!」
「バスケプレイヤーだからな。なんなら勉強よりも身体動かす方が得意だぞ俺は」
「ちなみに以前、本堂くんの経歴を調べてみたんだけど、バスケのU15日本代表の最終選考まで行ってるよ」
「思ったよりガチ勢だった! これだから! これだから天才は!」
必死にジャブを放ち続ける日影。
それを涼しい顔で避け続ける本堂。
日影を応援する日向。
そんなにぎやかな光景を眺め、微笑む狭山。
そして、ここまでの顛末をリビングのドアの向こうから覗き見ていた人物がひとり。
「……とりあえず、しばらく本堂くんには近づかないようにしましょう……」
的井は、自身の胸に手を当て、固く誓うのだった。