第1222話 目覚めと消失の記憶
ゼス王子が休眠状態に入り、目を覚まさなくなってしまった。
眠るゼス王子を取り囲み、心配そうに見守る十人のアーリアの民たち。その中にはゼス王子の侍女であるというネネミエネに、日向も知っているスピカとミオンの姿もある。
アーリアの民たちは色々と手を尽くしたが、ゼスは目を覚ましてくれなかった。幸い、肉体の状態は健康らしく、このまま眠り続けても生命活動に支障をきたすことはないらしい。
「スピカちゃん~。あなたの能力で今の王子さまの心を読めたりはしないの~?」
「それは難しい注文なんですよねーミオンさん。ワタシの”読心能力”でできるのは、相手の心の中を言語化すること。夢ってイメージがぐちゃぐちゃで、言語化はおろか雰囲気を掴むことさえ難しいんですよー」
「そうなのね~……。王子さまの思考から何かヒントが掴めればと思ったのだけれど」
「スピグストゥリカが言っていた『王子さまの心の異変』と、何か関係があるのかな?」
「分からないけど、タイミングとしては十分に可能性はあるよね。王子さまがどうにか自己解決してくれることを祈るしかないのかなー……」
「あたしが、もっと王子さまをしっかりと見て、王子さまの異変に気付いていれば、こんなことにはならなかったのかな……」
そう言って自分を責め、落ち込むネネミエネ。
そんな彼女に、スピカとミオンが優しく声をかける。
「ネネミエネ、悪いのはワタシの方だよ。キミにもっと早くあの件を相談していればよかったんだ。ワタシがもっと早く王子さまの異変に気付くべきだった」
「あなたは良くやってくれているわ、ネネミエネ。王子さまだっていつもあなたに感謝していたもの。元気を出して」
「スピグストゥリカ……ミオンクヌリフェ様……ありがとうございます」
「今のところ、王子さまの肉体に異常はないみたいだけれど、それでも何が起こるか分からないわ。ネネミエネ、引き続き王子さまのお世話をお願いできるかしら?」
「任せてください! このネネミエネ、全力で使命を全うする所存です!」
それからネネミエネは献身的に、休眠状態のゼス王子の世話を続けた。彼の身体に積もるホコリを払ったり、王子の身体が固まらないように彼の身体を動かして体勢を変え、運動の代わりにしたり。近くで採集した木の実を細かく砕き、王子に食べさせたりもした。
それでも王子は目を覚まさないまま、三百年ほど経過した、ある日のこと。
ネネミエネは休眠状態のゼス王子に食べさせる木の実を集めて、森から洞窟へ戻っている最中だった。他の民たちも自分たちの食糧調達のために、それぞれ洞窟を留守にしている。アーリアの民は何も食べずとも数百年単位で生きていられるが、たまには何か食べないと飢えてしまう。
ネネミエネが洞窟の前までやって来ると、洞窟の出入り口から見知らぬ人物が姿を現した。
「あれ、あなたは……?」
その人物は恐らくアーリアの民だが、ネネミエネはその人物に見覚えがなかった。白色と黒色に分かれた髪色。どこまでも穏やかそうで、それでいて知的さを感じさせる表情。身長はそこそこ高く、180センチは超えている。
ネネミエネはその人物を知らないようだが、近くで見ていた日向はその人物をよく知っていた。
(あれは狭山さんだ……! 俺たちが知っている狭山さんの姿そのものだ! 子供から大人の姿になってる!)
するとネネミエネも何かに気づいたように、その人物に恐る恐る声をかけた。
「もしかして……ゼス王子さまですか……?」
「うん。自分はゼスだよ。おはよう、ネネミエネ」
「王子さま……その、お目覚めになられたのは嬉しいのですけど……」
なにやら気まずそうに、あるいは何かに怯えているように、ネネミエネはようやく目覚めたゼス王子と会話できているというのに、嬉しそうどころか気まずそうである。
その一方で、ゼス王子はそんなネネミエネの様子を全く気にせず、自分の話を続ける。
「夢を見たんだ」
「夢……? もしかして予知夢ですか?」
「うん。もう間もなく、この星に破滅が訪れる」
「破滅……? それは、あの……えっと……」
「ほら、破滅への序曲がやってきたみたいだ」
「え?」
狭山が空を指さした。
その空の向こうから、超巨大な燃え盛る塊が落ちてくる。
「い、隕石!? しかもすごく大きい……!? 王子さま、バリアーを張りますから、あたしの側に!」
……が、ネネミエネがそう声をかけた時には、すでにそこにゼス王子の姿は無かった。
「お、王子さま!? どこに!? ”瞬間移動”を使って一人で逃げた……!? ああもう、探している時間がない!」
それから、この星に巨大隕石が直撃した。
恐竜絶滅の要因となったとされる、6500万年前の隕石衝突災害だ。
アーリアの民たちが拠点としていた洞窟も無残に破壊された。そして、その洞窟があった場所にネネミエネが立っている。どうやら無事に隕石衝突の衝撃から生き延びたようだ。
するとほどなくして、スピカとミオンもネネミエネのもとにやってきた。
「ネネミエネ! よかった、無事だったんだねー! ミオンさんもよくご無事でー!」
「あんな大きな隕石が来るなんて久しぶりだったわね~。他のみんなは無事かしら?」
「他のみんなも心配ですけど、今は王子さまですよー。ねーネネミエネ、王子さまは無事?」
「あ、あの、二人とも、ちょっと聞いて。さっき王子さまが目を覚ましたの……」
「え!?」
「それ本当!?」
ネネミエネは二人に、先ほどのゼス王子とのやり取りを説明し始めた。その彼女の様子はひどく緊張していて、自分が目にしたものは本当に真実なのか、それをずっと疑っているかのようだった。
「……というわけで、王子さまは今、ここにはいないの……」
「それは分かったけれど、ネネミエネちゃん、あなたは何をそんなに怖がってるの? 王子さまを見失ってしまって怒られると思ってる?」
「ち、違うんですミオンクヌリフェ様。目をお覚ましになった王子さまから、鈍感なあたしでも分かるくらいの不気味な気配を感じたんです……」
その言葉を聞いて、スピカとミオンの二人は顔を合わせる。
いったい、王子に何が起こったというのか。