第1220話 生存と苦境の記憶
弾けた灰色の光に、日向の視界が塗り潰される。
そして日向の視界が戻ると、そこは大嵐の中だった。
(うわ、すごい嵐……。でも風の強さや雨の冷たさは感じないな。今までの狭山さんの記憶と同じで、俺はこの世界に干渉もできないし干渉されもしないってことか)
状況を確認したところで、日向は改めて周囲を見回す。
黒い岩肌が剥き出しの荒れた大地。空は不気味なほどに濃い灰色だ。分厚い雲が天を覆い尽くしている。その灰色の空から降る激しい雨が、黒い大地を濡らし続ける。
(ここはどこなんだろう? この嵐も、狭山さんにとっての重要な記憶なのか?)
そういえば、と日向は思う。
ここに狭山の姿が無い。
日向はこの場から歩き出し、狭山を探し始める。
すると、ほどなくして日向は人間の集団を見つけた。非常に大規模な集団だ。数百人はいるだろうか。全員が寄り添うように一か所に固まっている。彼らは皆そろって宇宙服のような服装に身を包んでおり、日向から見ると何処の文化圏の人間かも分からない変わった格好をしていた。
集団の端にいる人間は、なにやら天に向かって手をかざしている。その手から放出されるエネルギーが壁を作り出し、この集団を雨風から守るドーム状のバリアーを生成していた。
(これは……”念動力”のバリアー? じゃあこの集団はアーリアの民?)
だんだんと、日向は状況が掴めてきた。この集団はアーリアの民で、ここは恐らく原初の地球。日向たちが生きる時代から何十億年以上も前の時代だ。これはアーリアの民たちが地球に移住してきて間もない頃の映像だろうか。
そうなると、このバリアドームは宇宙から降り注ぐ紫外線を防ぐ役割も持っているのかもしれない。原初の地球にはまだオゾン層が無く、地表は紫外線を直接照射されている状態だ。
試しに日向はアーリアの民たちのバリアードームの中に入ってみる。バリアーは日向の侵入を防がず、日向は幽霊のようにバリアーを無視して内側へ。
アーリアの民たちは密集しているため、本来なら日向が歩くスペースさえほとんど無い。しかし今の日向はアーリアの民たちさえも透過するので、日向はそのまま前進し狭山を探す。
しばらく日向が狭山を探し回っていると、ようやく見つけた。まだ少年の姿をした狭山誠だ。ここではまだ狭山誠ではなく、アーリア王家の長子であるゼス・ターゼット王子なのだろう。
多くのアーリアの民が不安そうにジッとしていたり、他の民たちと会話をしている中、ゼスはジッと空を見上げていた。激しい雨が降り続ける真っ暗な灰色の空を。
そのゼス少年に、一人の女性が話しかけてきた。
青いツインテールの、活発そうな女性だ。
「王子さま! ずっとお空を見上げてますけど、どうしたんですか? お空に何かあります?」
「べつになにかあるわけじゃないよ、ネネミエネ。ちょっとかんがえごとを」
「考え事?」
「いつかこのあらしがやんで、きれいなそらをみれるのかなって」
「きっと見れますよ! このネネミエネが保証します! まぁ、まだあと何億年かかるかは分かんないですけどね……」
「さきはながいね……」
「そうですねぇ……。アーリア遊星がこの星に呑み込まれて、はや六億年。マグマに溢れていた環境よりはまだマシですけど、これはこれで気が滅入っちゃいますよねぇ……」
(いやサラリと言ったけど六億年ってどんなスケールだよ)
聞こえないと分かってはいるが、ツッコまずにはいられなかった日向。アーリアの民は一億や二億程度の年月を軽々と消費するから始末に負えない。
その時、不意に日向の視界がブレる。
いま目の前にあった光景が、別の光景に変わっていく。
次に映し出されたのは、安全な場所を求めて移動するアーリアの民たちの様子。彼らは原初の地球で起こる天変地異に合わせて、その天変地異を避けるように移動する。時には岩山に洞窟を掘って。時には複数の民がバリアーを張って即席のシェルターにして。
その次に映し出されたのは、原初の海の水を飲むアーリアの民たちの姿。この時代の海は人間にとって有害な成分が多く含まれた猛毒の海なのだが、アーリアの民たちの消化器官は人間の何十倍も頑強で、原初の海の水くらいならそのまま飲める。海は民たちにとっての貴重な栄養源だった。
災害で命を落としたり、はぐれてしまったりする民たちもいた。特に小惑星の衝突は地球全土に影響を及ぼす大災害で、一度で大勢の民が犠牲になってしまう。犠牲になった民はゼス王子が”霊魂保存”の能力で己の魂の中に匿った。
過酷極まりないサバイバルだ。
これが普通の人類なら、一日だって生きていけないだろう。
しかしアーリアの民たちは持ち前の身体性能と超能力、それから民たちのチームワークによって危機を乗り越え、絶望的状況を何度も乗り越え続けた。
そしてまた、場面が切り替わる。
真っ暗な空間の中に、アーリアの民たちが寄り添うように横たわっていた。
(し、死んでる……? いや生きてるな。呼吸してる。寝てるのか。でも皆、ちょっとホコリが積もってるじゃん。ホコリ積もるくらい長く寝てるのか?)
民たちが全滅してしまったのかと思った日向は、ひとまず安心して胸をなでおろした。もっとも、彼らが後に人類の敵となることを考えると、この場面における彼らの無事を喜んでいいのかどうかは分からない。
ここはどこかの洞窟のようで、入口は雨風を防ぐためか塞がれている。アーリアの民たちはひどく数を減らし、最初は三百人ほどいたのが、いまや十数人ほどになってしまっている。
生き残った民たちの中にはゼス王子と、先ほど登場したネネミエネの姿もある。また、ミオンと思われるふわりとした茶色の髪の女性や、スピカと思われる赤みがかったロングヘアーの女性の姿もある。
ここでゼス王子が起きて、洞窟の出口の方を見た。
岩で塞がれた出口の隙間から、少し光が見える。
「ひかり……?」
ゼス少年は立ち上がり、フラフラと、ゆっくりと出口の方へと向かう。そしてアーリアの民の武術である”地の練気法”を使用し、素手で岩をどかした。
「よいしょっと……」
(うわすげぇ、まだ子供なのにあんなデカい岩を)
そして洞窟の外を見てみれば、そこは緑が溢れる世界だった。
背の高い木が立ち並び、空を見上げれば鳥や虫が飛んでいる、古代の生命が溢れる地球となっていた。
「わぁ……! わぁぁ……!」
目を輝かせるゼス少年。
夢にまで見た光景が現実になった。そんな様子だった。
それからゼスは、弾かれたように民たちのもとへ。
スピカと思われる女性を揺さぶりながら、他の民たちにも声をかける。
「スピカ! 師匠! ネネミエネ! ほかのみんなもおきて!」
「んんー……なんですか王子ー……? ワタシたち、いま休眠中なのにー……」
「すごいよ! おそとがみどりでいっぱいだよ! そらもきれいだよ! はやく! はやく!」
「へぇー……お外が緑で……え、ホントに? それホント?」
アーリアの民たちはゾロゾロと洞窟の中から外へと出る。そして何十億年も待ち望んでいた穏やかな光景を目の当たりにして、誰しもがその目を輝かせていた。