第1218話 三度寝の正直
「俺はたしか……そうだよジ・アビスにまた眠らされたんだよ。夢の世界だよここは」
三度目だからか、さすがの日向も状況把握が早い。
しかし今回はマモノ対策室十字市支部が舞台ではないようだ。ここは日向の家、日向の私室のようである。ここもまた今となっては懐かしい場所だ。もう何か月も帰っていない。
そして日向は、あることに気づく。その自分の部屋のど真ん中に、山ほどのゲームソフトが積まれているのだ。
「え、なんだこれ、全部ゲーム?」
「そうだよ、全部ゲームだよ」
日向の背後から声がかけられる。やはりというか、声の主は狭山誠だった。日向の部屋に入ってきて、目の前のゲームソフトの山から数本のゲームソフトを手に取って日向に見せびらかす。
「日向くんの夢を叶えてあげようと思って用意したんだ。ここなら君は誰に邪魔されることもなく、将来さえ気にせず、ずっと遊び続けることができるよ。働く必要さえない。君だけの快適空間だ」
「ぐぁ……ほ、本当に一回目二回目とは別のパターン用意してきやがった……! しかも非常によく俺に効くタイプ……!」
「ほら、このゲームソフトは発売日前日に自分が”最後の災害”を起こしたせいでついぞ発売されなかった、今となっては幻となったゲームだ。日向くんもマモノ災害を解決したらコレで遊ぼうと密かに楽しみにしていたのだろう? 現実に戻っても、電気すらロクに供給できない今の世界じゃ二度と遊べないよ?」
「くぉぉ……その謳い文句も俺に効く……! なんつう生殺し! この人は鬼か!」
「さぁどうする日向くん? この機会を逃したら、もう二度とないであろうチャンスだよ?」
「ぬぐぐ……ぬおお……!」
理性と欲望の間で揺れ動く日向。いや、欲望の方にがっつりと傾きつつあるが、理性が全力でそれを阻止している。
「あの……えっと、ちょっとだけ……いや、俺はやっぱり用事がありますのでこれにて!」
欲望に落ちそうになった意識を全力で引っ張り上げるように、日向はこの部屋から逃げ出した。
「おや、また逃げられてしまった。つれないねぇ」
日向がいなくなった日向の部屋で、狭山は一人、肩をすくめた。
◆ ◆ ◆
「……はっ!?」
夢の中で壮絶な死闘を繰り広げた日向は、どうにか現実世界に帰還することができた。
現状を確認するために日向が周囲を見回そうとすると、すぐ隣に北園がいた。日向は北園に現状を確認することにする。
「北園さん! 今の状況は!?」
「あ、起きたんだね日向くん! 日向くんが眠った後、ジ・アビスが日向くんを仕留めようとして、どうにかみんなで食い止めたところだよ。眠っていた時間は一分くらいかな。さっきよりちょっと遅かったね」
「了解。また負担をかけちゃったか……しっかりしないと」
次はこうはいかない。
そんな気持ちを込めて、日向はジ・アビスの方を見る。
現在、島そのものな巨大クラゲのマモノのアイランドが本格参戦し、ジ・アビスと殴り合いを繰り広げているようだ。アイランドは豪華客船さえ一撃で叩き壊せそうな大きく長い触手でジ・アビスを殴りつけている。
『えいえいえーい!!」
「coooooonn...coooooonn...」
ジ・アビスも負けじと”怨気”を纏わせた両腕や頭部の触手を振るい、アイランドの触手を叩き落とし、アイランド本体に強烈なジェット水流を浴びせて攻撃している。両者のサイズも相まって、まるで怪獣大決戦だ。
この正面激突では、アイランドの方に分があるようだ。アイランドはジ・アビス以上に大きな体格と、島と化した外殻によって、もはや生物の域を超えた耐久力を誇る。真正面からの攻防でアイランドに勝てる生物など皆無だろう。
だがしかし、ジ・アビスには”催眠能力”がある。聞かせた者を眠りへといざなう音波を、アイランドめがけて発射する。
「naaaaaaaa...!!!」
『うあ……なんですかこの音は……眠くなるぅ……いや寝ちゃダメだぁ……!』
アイランドはジ・アビスの催眠音波に耐えてくれているが、いつまで保つか分からない。アイランドが眠らされてしまったら、日向たちは一時的にだが大きな戦力を一つ失うことになる。
ここで日向は勝負に出ることにする。アイランドがジ・アビスの”催眠能力”に耐えて気を引いてくれている間、今度こそ”星殺閃光”を直撃させてジ・アビスを倒し切るつもりだ。
「北園さん、離れてて。三度目の正直、今度こそジ・アビスを焼き尽くす」
「でも日向くん、また眠らされるかもしれないよ? 私が耳を塞いでおいてあげようか?」
「いや気持ちは嬉しいけれど、準備段階ですごい火力を周囲にまき散らしちゃうから北園さんまで消し飛ばしかねない」
「あ、そっか……。それじゃあ大人しく下がっておくね。がんばって!」
日向に声援を送って、北園はその場を離れた。
微笑みながら北園を見送った日向は、さっそく攻撃の準備。
「太陽の牙……”最大火力”ッ!!」
日向の掛け声とともに『太陽の牙』から緋色の光の刀身が生成される。尋常ならざる熱を放つこの光剣は、周囲の海水を瞬時に蒸発させて大量の泡を発生させる。
日向が攻撃の準備を始めた瞬間、アイランドに催眠音波を浴びせていたジ・アビスがすぐさま日向の方を向いた。やはり日向に”星殺閃光”を撃たせないつもりだ。
それでもお構いなく、日向は攻撃準備を続けている。
ジ・アビスも日向に四度目の催眠音波を放つ用意。
しかし、日向も無策で、二度も失敗した攻撃を繰り出そうとしているわけではない。
仲間たちがジ・アビスの妨害を阻止してくれればいいのだが、ジ・アビスはあの巨体と打たれ強さだ。生半可な攻撃ではビクともしない。他の仲間たちがジ・アビスを一撃で怯ませるような攻撃を繰り出すのは難しい。エヴァなら可能かもしれないが、彼女は”オトヒメの加護”の維持のため戦闘に参加できない。
だが、ジ・アビスを一撃で怯ませることができるような火力は、現在の日向たちは保有している。アイランドがここに来た時、ついでに持ってきてくれた戦艦エクスキャリバーだ。
この艦は極めて高い防水性能を誇っており、ただ海に沈められたくらいでは全ての機能は停止しない。艦の機構はまだ生きている。
ただ、この機構を動かすための電力が不足していた。
そこで日向は、外付けのバッテリーを使って艦を動かすことにした。
外付けのバッテリーとは、すなわちポメラニアンのポメ。すでに艦の内部に潜り込み、自身の電気の異能で艦を稼働させ、主砲の充電を完了してくれていた。
そしてエクスキャリバーの主砲であるプラズマランチャーは、ヘイタイヤドカリの群れが砲台となってうまく固定し、うち一体が爪の先端で器用に引き金を引いた。
爆発したかのような雷音が鳴り響き、青白い閃光がジ・アビスに向かってまっすぐ飛んで行く。そしてそのまま、放たれたレーザービームはジ・アビスの喉を貫いた。
「aaaaaaaaaaaa...!?」
発声器官である喉に大ダメージを受けて、ジ・アビスは”催眠能力”の使用をキャンセルさせられた。
この隙は絶対に見逃さない。
日向は渾身の力を込めて『太陽の牙』を振り下ろした。
「太陽の牙……”星殺閃光”ッ!!」
振り下ろされた『太陽の牙』から眩い灼熱の光線が放たれる。先ほどのプラズマランチャーのレーザービームよりも何倍も大きく力強い熱線が。
日向が放った熱線は、ジ・アビスの胴体ど真ん中に直撃。ゼリーにスプーンを突き刺すかのように軽々と、その胴体に風穴を開けた。
「a...aa...aaaa......」
これまでと比べるとひどく弱々しい声を上げるジ・アビス。
それがジ・アビスの断末魔の叫びとなった。
ジ・アビスはついに力尽き、黒煙を上げながら海の底へと沈んでいった。
実に一か月以上の期間を費やして、日向たちはついに四体目の『星殺し』を……大西洋を支配した恐るべき怪物の討伐に成功した。